歯車は壊れてしまいまして | ナノ




 試合終了を告げるブザーが会場に鳴り響く。スコアボードに表示された数字の差は、誰が見ても理解できるほどに大きく開いており、両者の実力のほどを顕著に示していた。
 漆黒のユニフォームを風にはためかせ、コートから帰還したエリート軍団の中でも一際異彩を放つ金髪は、夏に咲く向日葵のように眩しく、直視することはできない。監督から激励の言葉を投げかけられ、しかし素直に喜ぶ素振りも見せない彼はきっと、もうあの頃の彼には戻れないのだろうと。こちらに視線を向け、唇をいびつに歪める黄瀬の表情を一瞥して、そう、青峰は思った。





 他の部員たちは先に着替えを済ませ、今やもぬけの殻となったロッカールームに、二人はそれを脱ぐこともなく立ち尽くしている。
 全身に光る汗の粒を浮かべる黄瀬とは正反対に、今回一度も試合に出ることのなかった青峰は涼しい顔をしていたが、どこか息が詰まったように眉間に皺を寄せていた。先ほどから何かを言いたそうに、だが何も言うことなく、ただ黙ってこちらを見つめているだけの視線に、そろそろ我慢の限界を迎えるところなのであろう。
 最近はずっとそうだ。普段通り、圧倒的大差をつけて試合に勝利した折は、特に。流れる沈黙と、重苦しい空気を生み出しているのは他でもない、目の前のまだ幼さが残る少年だ。だが、それも一年前と比べて随分変わった。帝光中学でともにバスケをしていた頃の面影は、今の彼には一切残されていないといっても過言ではない。
 もともと整った顔立ちをしているのも相まって、細められた瞳の眼光は鋭く、笑みの一つも溢さない黄瀬の表情は冷たい。それはまるで感情のない人形のようにも見え、どこか不気味だ。過去のことを思い返せば、今目の前に立つ人間は自分の知る黄瀬涼太ではないのかもしれないと、つい現実から目を背けてしまいたくなるほどに。
 しかし、青峰がどんなに心の奥底で否定を繰り返しても、転がっているのは覆しようのない真実だけだ。

「今回の相手もお話にならないレベルの人間ばっかりで、正直退屈だったっス」
「……仕方ねえだろ。オレたちが強すぎるだけの話だ」
「まあ、そのとおりなんスけど。……でもよかったぁ、ちゃんと立ち直れないくらいにボロボロに負かしてやれて」

 嬉々とした口調でそう語る黄瀬の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいる。それまでロッカーに背を預けていた青峰はようやく顔を上げ、黄瀬の姿を視界に捉えると、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
 滴る汗を引っ張り上げたユニフォームの裾で拭い、さらりと前髪を掻き上げる。癖だけは、まるで変わることはない。きっとあの日の黄瀬は、そのままの姿でそこに鎮座しているのかもしれなかった。
 中学を卒業し、桐皇学園高校への進学を決めた青峰の後を追ってきた黄瀬の心情は、誰にも推し量ることはできない。ただ、そこには純粋な強さへの憧れがあったのだろうと。それぞれが散り散りになった現在、こうして同じチームで肩を並べている自分たちを見て、かつての仲間はそう思うのだろうかと青峰は考える。
 その解答に間違いはないはずだ。黄瀬は今でも自らがバスケを始めるきっかけとなった青峰大輝という存在に強い憧れを抱いているし、高校に入ってからもその彼の隣に立っていられることで、異様なまでの優越感に浸っているのだから。結論から述べれば、たったそれだけの話とも言える。だからこそ、戦慄もするのだ。

「だってあいつら、青峰っちの陰口叩いてたんスよ。許せるわけないでしょ……だからもうあんなこと言えないように、オレが直接制裁を加えてやったってこと。わざわざ青峰っちの手ェ煩わせるような真似、したくなかったから」
「黄瀬……前にも言っただろ、そういうのは」
「止めても無駄だって、わかってるくせに」

 それまで申し訳程度に歪められていた唇が、きゅっと真一文字を結んで、またいつもの絶対零度の眼差しに戻る。まずい、焦りを浮かべた瞬間にはすでに遅く、こちらへ伸ばされた黄瀬の長い指が青峰の頬を撫で、色を失くした瞳と視線が合った。
 彼はいつでも冗談で物事を言うようなことをしない。青峰に対してなら尚更で、それを否定でもしようものなら、途端に目の色が変わるのもまた、以前からわかっていたことだというのに。
 身に纏った黒衣は驚くほど彼の白い肌になじんで、悪魔の羽根を生やした天使にも似ていると、青峰は背中を冷たい汗が伝っていくのを感じながら、どうでもいい思考を巡らせることで意識を逸らした。

「オレの青峰っちに手出したらどうなるか、身をもって実感してもらわないと……ねえ?」



(120625)





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