道化の恋 | ナノ




#来神時代



「臨也ー、教室移動しなくていいのー? 遅刻するよー」
「ああ新羅、シズちゃん知らない? まだ戻ってきてないみたいなんだけど」
「静雄なら休み時間に三年の先輩に呼び出されて……ってちょっと臨也! もう……」

 嫌な予感がした。それが当たらなければいいのになんて無駄な希望を抱きつつ俺は教室を飛び出す。授業はとっくに始まっていた。通り過ぎる教室からは熱弁を奮う教師の声が聞こえてくるだけ。俺にはシズちゃんの居場所くらい掴めている。ふつうの人間なら気味悪がって近寄らないであろう理科準備室。人体模型やら怪しい薬品やらが置いてあって興味本位で足を踏み入れようとする一般生徒も本来ならば立ち入りが禁止されているのだが。
 やっぱり。鍵は開いていた。ドア越しに聞こえるのは普段からは想像もつかないが間違いない、シズちゃんの喘ぎ声だ。痛む胸を押さえながら俺はそっと中を覗き込んだ。ああ。肢体をくねらせながらまるで女の子みたいに絶えず息を漏らすシズちゃんがそこにいる。俺だって知ってた。彼が男相手に身体を売ってるんだってこと。出会ったときから知ってた。それなのにどうして。こんなにも胸が、苦しい。
 セックスは終盤を迎えていたらしくシズちゃんの腹の上にびゅくびゅくと相手の汚い精液がぶち撒けられた。先輩と思しきその男はぐったりとしたシズちゃんの脇に何枚かお金を置いて後処理もせずにさっさと立ち上がる。そして今さら入口で微動だにしない俺に気づき逃げるように走り去っていった。後に残されたのはいまだ動けないでいる俺と荒い呼吸を繰り返すシズちゃんだけだ。

「っ、は、趣味悪すぎなんだよ、手前は」
「……ごめん」
「別に、どうでもいい」

 投げ捨てられた鞄からティッシュを取り出し慣れた手つきで白濁を拭き取っていくシズちゃんを俺はずっと眺めている。実際に目にしたのは今日が初めてだった。乱暴で俺なんかより全然男らしいシズちゃんが人目も憚らず乱れる姿にたぶん俺はショックを受けたんだと思う。言いたいことはたくさんあるのに喉の奥で突っかかって出てこない。一歩ずつシズちゃんに近づいていく。ボタンの外れたワイシャツの下から覗く肌は驚くほど白い。そうして俺は無意識のうちにその線の細い身体に馬乗りになっていた。

「お前も俺としたいの?」
「……わかんない」
「んだよ、それ。まあ金くれるんだったら誰だろうが構わねえけどな」

 やるなら早くしろ。吐き捨てるようにシズちゃんは呟く。何とも思ってないんだ。彼はセックスに愛なんて求めちゃいないんだ。最初から身体だけの関係と割り切って行為に臨んでる。だからそんな態度がとれる。俺からしたら信じられないけどシズちゃんにはもうそれが当たり前なんだ。苦しい。苦しいよシズちゃん。俺はきっとシズちゃんが好きなんだ。でもこの想いを伝えたところで叶うはずなんてない。めんどくさいと撥ね付けて呆気なく砕かれるだろう。だったらせめて身体だけでも繋がっていたいと思う俺はとても醜い人間だ。

「なに、泣いてんだよ」
「え……」
「ほんと、意味わかんねえ」

 指摘されるまで気づかなかった。ぼろぼろと頬を伝って流れていく水滴を自分の指で拭う。そうか。悲しいのか。好きな人に振り向いてもらえなくて。どうしようもなく辛い。でもシズちゃんはそんな俺にも平等に己の身体を売りさばく。幸福の定義はその人によってまったく違う。だから、もしかしたら俺の幸福は。

「シズちゃん、」
「ん」
「抱かせて」

 すべてを遮断した世界で俺たちは獣のように激しく身体を重ね合わせる。貪欲で、あさましい。いつかこの虚しいセックスすらただの悦びに変わってしまうかもしれない。それでも俺は忘れたくないと願う。君に決して叶わない恋をしている憐れで愚かな男の姿を。



(100410)





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