feeling as if in a dream | ナノ




 最近になって、悪い夢を見るようになった。そもそもその悪い、といった曖昧な定義付けも、世間一般のそれに当て嵌めただけであるため、私自身の主観でそう感じたわけでもないのだが。とにかくこれは悪い夢なのであると思う。
 実際の内容は一概に同様であるともいえず、規則性も皆無だ。しかし、そのどれもが最悪なものであることは一目瞭然といっても過言ではないだろう。―――いや、つい先ほど規則性がないと言ったばかりだが、一つだけそれらの夢に共通する点があったことを思い出した。私が数年前から師事している直接の魔術の師、遠坂時臣。夢の中には必ずといっていいほど彼が登場し、そして、そこで悲惨な末路を遂げていった。他でもない私の手によって、だ。
 元々私は夢というものを見ない性質の人間であった。眠りが深くとも浅くとも、一切そういうものと関わりを持たなかった過去。だから、これが俗に呼ばれる夢というものなのであるのか、ということについても実は確信を持てていない。だが、私が手にかけたはずの時臣師は、未だ変わらぬ姿で健在している。それが夢の中の出来事である唯一の証拠でもあった。
 そこで生まれる次の疑問は、なぜそうまでして同じような夢を繰り返し見るのか、ということである。しかも、殺めているのは実の師だ。彼にとって私は利用価値のある人間でしかないかもしれない。それでも、それでも私は彼をもう一人の親のように慕ってすらいたのだから、いくら夢の中とはいえそのような蛮行に及ぶ理由が判然としない。
 夢は「無意識の王道」であり、「願望充足の場」でもあると、彼の有名な心理学者は言った。ともすれば、それこそが私自身の心の奥底に眠る本音だとでもいうのか。信じたくもない。吐き気がするほどの悪徳である。握ったナイフで彼の柔らかい肉を蹂躙したときの感覚は、まるで現実であるかのように今も鮮明に思い出すことができるのだから、余計に。
 そうして日がな一日、益体もなく物思いに耽り、気づくと眠りに落ち、また夢を見ている。どこから現実でどこまでが夢であったか、もはや私には判別がつかなくなっているのかもしれない。敬愛する時臣師の衣服を裂き、しなやかな肉体を思うがままに犯し尽くしたのちに、自らの手で命を奪うことへの愚かしいまでの快感。恐らく自分はどうにかなってしまったのだと、そう思うことにしてゆっくりと眠りから目覚めた。
 開けた視界に最初に飛び込んできたのは、美しいワインレッドのスーツ。一瞬それが血に濡れているのだと錯覚すらしてしまい、思わず自分の眼を疑った。時臣師がこちらへ向ける、少しはにかんだような笑みは普段と何ら変わることはない。宝石のように輝く瞳が、転寝を決め込んでいた弟子を笑うのも。成熟した男性のそれとは思えないほどに華奢な指が、からかうように頬をなぞるのも。そう、何も。何もかも。

「またこんなところで眠っていたのか、君らしくもない。……疲れているようだね」
「ええ、申し訳ありません。―――時臣師、一体私はいつからこうして」
「さて、私が見かけたときにはもう。あまりに気持ちよさそうであったから起こすのも気が引けてしまってな。申し訳ないことをした」

 苦笑し、肩を落として謝罪の言葉を述べる彼をやんわりと制止し、その必要はないと身を起こした。物腰も丁寧で、年下の私にもそれなりの態度をもって接しているところについては、流石であると称える他にない。そうした前提の上に、つい先ほどまでその表情を私のこの手が歪めていたという夢の中の真実を加えれば、自然と胸の内に湧き上がってくるものがあるのだから不思議だ。
 ふと、考えてもみる。私は師をどうしたいのか、その末にどのような終わりを望んでいるのか。答えはとうに出ているはずだ。彼の願いどおり、聖杯戦争の勝利へと導く。私という矮小な人間が彼にしてやれることなどそのくらいのものであって、だからこそ、今まで受けてきた数々の施しに対する謝礼の意味も込めて、私は必ずや時臣師に聖杯を献上しなければならないというのに。
 にもかかわらず、私は、今、一体何を考えて、いた?
 思い起こすだけで寒気がして肌が粟立った。こんな、このようなことはあってはならない、断じて。私が時臣師に抱く感情などせいぜい親愛の情くらいなものであって、それ以上の、何もかもを超越してしまったかのような感情は、そんなものは、今すぐに捨ててしまわなければならない。私自身がそれを肯定してしまう前に、早く、早く。
 振り払うように目を背けてみても、しかし、彼は心配そうな表情を浮かべて私の額へとそっと手を伸ばしてくるのだからあまりにも残酷な仕打ちだ。暖かい指先に触れられて、思う。時臣師は私という人間をそもそも根本から誤解しているのではないかと。そうでなければ、そんなふうに慈愛に満ちた目で私を見やることもないはずなのに。
 黙って腕を引き、驚きに見開かれた瞳も無視して唇を掠め取る。それは特に意味のない行為であり、そうしたことにより何かが生まれるということも有り得はしなかった。なのに、何故だか。私の中に突如として湧き起こった黒い衝動は、あっさりと頭の中を埋め尽くしていく始末で。思わず笑みが毀れた。

「私は、どうしようもなく卑しい人間です。本当は神父の名を騙っているだけの、外道で」
「綺礼……けれど私は、君に感謝しているよ。ここまで順当に勝ち進んでこれたのも、君の助力があってこそだと思っている。ありがとう」
「……、何故、貴方はそんなにも」

 過ちばかり繰り返しているのかと尋ねようとして、それが自分自身にも言えることだと気付いた瞬間にそのまま口を閉じた。
 ひどく、喉が渇いた。己の唇の皮を舐めてみるが、潤されるわけもなく。が、今の私を癒せるものといえば、ただ一つそれ以外にないことも既に判明している。ふたたびゆっくりと口を開き、ずっと声に出すことを望んでいたその言葉を吐き出す。夢か現実か、自分が今どこに立っているのか、それすらもわからないままに。
 きっと私はこの上なく歪な表情をして笑っているに違いない。



(120405)





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