獣は無邪気に笑う | ナノ




 王と呼ばれる存在は、いつの時代も等しく孤高である。それは時にひどく傲岸不遜であるが、纏う王気が紛れもない本物であるのだとすれば、仕方のないことなのであろうと時臣は考えている。要は、己の召喚したサーヴァントがどんなに気難しい英雄王であったとしても、どうしようもないことだと諦観しているということだ。
 ギルガメッシュが無性に苛立っているそもそもの原因はそこにあった。元々、聖杯を勝ち取るためのあらゆる画策を企てているくせに、自分は陣地に立て籠もるだけという彼のやり方は、歓迎されたものではなかったのだ。
 だがしかし、召喚されてしまった身としては、形式上だけでもマスターに従っておく必要がある。現界するための魔力供給のパスを絶たれてしまえば、このまま何を遂げることもなく消滅する末路しか残されていないのだ。それはそれで、彼が万物の頂点に君臨する王であればこそ、尚のこと許せることなどできるはずもない。そういった事由もあって、今は形だけの主従関係を築いているわけなのだが。果たしてその実態はといえば、マスターとサーヴァントの立場から考えてみればまったく正反対のものであった。

「腹が減ったぞ、時臣。そうだな、まずは食前酒に芳醇な赤ワインと前菜にチーズの三種盛り。メインディッシュはやはり牛フィレ肉のステーキが良い」
「え、……ええ、と。申し訳ありません、もう一度最初から……」
「……貴様、よもやこの程度の横文字ですら理解できぬとは言わせんぞ」

 呆れて物も言えぬ、といった有様でいつものように溜息を吐き出し、もう良い、静かに首を振る。机の上に開かれた書物には、先ほどギルガメッシュの述べた料理の写真が並べられていたが、次の瞬間には何事もなかったかのようにそれは閉じられていた。
 聖杯より与えられた知識と、頭の回転の良さ、呑み込みの速さもあって、今や彼がこの世界において知らぬ事象はないと言えよう。それが時臣にはまた、悔しくもあった。確かに彼は努力でここまで上り詰めてきた優秀な魔術師といえるが、逆に言えば魔術以外のことについて知っていることは少ないのである。貴族の出自ということもあり、特に世俗的な事柄に関しては割と疎い。
 といって教養がないわけでもないのだが、何せ、時臣は一見完璧なように見えて実は穴だらけの、謂わば欠陥品のようなものであった。これはギルガメッシュが好き勝手に言っているだけで、言われた本人からしてみれば自尊心を傷つけられるような罵倒にも近いそれである。だとしても、時臣がそうした本心を告げることはなかったのだが。
 また、ここで一つ付け加えておくべきは、ギルガメッシュの言葉は一種の愛情表現のようなものであるといった点である。辛辣な言い回しで罵っておいてそのような言い分など、本来ならば簡単に許されることではない。しかし、相手が相手である。それに、彼の英雄王ともあろう偉大な英霊から愛を囁かれたとあっては、黙って言葉を呑み込むしかあるまい。といったように、時臣は己の立ち位置を良く弁えていたりもする。

「それより。お前はいつになったらこれを所持するようになるつもりだ? 我が携帯しているのだから、マスターである貴様の手元にないのは些か可笑しな話だろう」
「……はい、そのことなのですが、王よ……やはり私には無理があるかと。王のお手を煩わせるわけにも参りませんゆえ」
「む、……随分な物言いだな、時臣。他でもない我の命令であるぞ。何も手を貸してやらんなどとは一言も言っておらんだろうが。貴様がその気ならば如何様にもしてくれる。無論、それに見合う報酬は必要だがな?」

 ころころと掌の中で何やら近代的な小型機械を転がしつつ、上機嫌に笑っていたギルガメッシュは、ふと思い立ったように立ち上がり、自らの眼前で忠僕よろしく頭を下げている時臣の腕を半ば乱暴に掴んだ。
 逆立った眩い金の髪に、吸い込まれそうなほどに深い真紅の瞳。その奥に妖しい光を秘めていながらも、さながら遊戯に興じるあどけない子供のような笑顔を見せる。掴まれた勢いで反射的に顔を上げた時臣は、あらためてまじまじと彼を見つめた。武装を解いた今のギルガメッシュは、学生服にも似た私服に身を包んでいるため、ここが学び舎であったならば自分たちは教師と生徒のように見えてしまうような気がする。だからといって何があるわけでもないが、なぜだかそれはとても非道徳的であるようにも思える。いや、元を辿ればこの関係自体が不純極まりないのだろうが。
 何はともあれ、このような至近距離から彼を見つめる行為そのものがいけない。心臓に負担がかかって仕方がないのだ。その外見の良し悪しに関わらず、ギルガメッシュの存在は時臣にとって眩しく、そして偉大である。まるで毒のように歩みを縫いつけ、落雷のように命を絶つ。まさに全能の神が成し得るような奇跡にも似た御業を、彼ならば容易にやってのけるのであろうと。視線を外せないままに、呆然と時臣は考えた。

「そんなにもこれが嫌か。……まあ、確かにこのような玩具で縛りつける行為は我の好みとするところでもないが」
「……はあ、左様で」
「おい。何だその、よくも心にもないことを平然と言ってのけたものだとでも言わんばかりの表情は? 王に対する狼藉と見做すぞ」

 たかがそれだけのことで臍を曲げるとは、言ってみれば何と単純なことであるか。思わず微笑を零せば、それが琴線に触れたのか、ますます眉を顰めて機嫌の悪さを顕著に表す有様だ。まるで自分の子供の姿を見ているかのようで、時臣の眼には微笑ましいものに映って見える。
 ギルガメッシュはそれにやはり不服そうではあったが、たまにはマスターの新鮮な笑顔を見てやるのも悪くはないと、やがて整えられた己の髪を無造作にくしゃりと撫でつけ、いまだ掴んだままであった時臣の腕を力強く引いた。白い歯を覗かせて豪快に笑ったかと思えば、次の瞬間にはころりと表情を変えて。

「不躾な犬に教育を施すのも飼い主に課せられた重大な義務だと。そうは思わんか?」



(120222)





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