早急な謝罪を求めます | ナノ




 穏やかに晴れ渡る空の下、賑やかな往来を一人歩く。この地は彼女の生きた時代のそれと比べれば、まるで別世界のように異なっており、新鮮に映って見えるものばかりだ。他愛ない話に花を咲かせる行き交う人々たちの姿を横目に、セイバーは遠い彼方へと想いを馳せる。
 思えば今自分がこうして日夜戦いに明け暮れているのも故国を救うためなのであって、それ以外に理由などはない。ゆえに、マスターと意思の疎通が図れずともこれといって問題はないはずなのだが。己を視界に入れようともしない切嗣の徹底した態度に、少なからずセイバーが理不尽な苛立ちを覚えているのは事実である。
 そんな彼女の心情を理解してか、買い物を頼むついでに、こうして外出する機会を与えてくれたアイリスフィールには感謝してもしきれないだろう。まったく、あの男の妻とは思えぬほどよくできた、聖母のような女性である。表向きは切嗣ではなく彼女がマスターということになっているため、普段は連れ立って歩くことも多いのだが、今日はこの通り、隣にアイリスフィールの姿はない。
 自分の中の何かが欠落したかのような、心にぽっかりと開いた穴を埋めるよう、セイバーは胸ポケットにしまいこんだ小さな紙切れを取り出した。買ってくるように頼まれたものは主に食料品の類である。こうした平穏も、聖杯戦争に参加している以上は束の間のものに過ぎない。いつまた戦闘が始まってもいいように、まずは生きる上で最低限の食料を手元に確保しておく必要があると、そういった所以だ。恵まれない食生活を経験済のセイバーからしてみれば、この時代の料理はとりたてて豪奢ではないが美味で、実によく口に合う。というわけで、こればかりは切嗣の意見に異論を唱えることもなかったのである。
 楽しげな街の風景を眺めながらも、書きとめられた目的のものを一つずつ手に入れていく。両手に抱えた荷物は、いつの間にか背丈の低いセイバーの視界を遮るほどの量にまで膨れ上がっていたが、それを苦とすることもなく彼女は颯爽とした足取りで歩を進めていった。
 まっすぐに伸びた背筋に、まだ幼い少女の痩躯を包む漆黒のスーツが際立ち、周囲の視線は自然とそちらへ集まっていく。後ろで一つに束ねた滑らかな絹のような金糸が揺れ、何ともいえぬ甘い、しかしさっぱりとした爽やかな香りがふんわりと舞った。その蜜に誘われた、彼女に負けず劣らぬ艶やかな黄金を纏った蝶が一匹。

「女一人にその大量の荷では些か心許ない。どれ、手を貸してやろう」
「え、あ、どうもご親切に。感謝しま、……っ、英雄王!」
「久しいな、セイバー。よもやこのような街中で逢瀬を交わすことになるとは。運命とやらも強ち馬鹿にはできぬらしい」

 堆く積み上げられた荷物の山を奪い取られ、徐々に開けていったセイバーの視界へと真っ先に飛び込んできたのは、他でもない宿敵の姿に違いなかった。感謝を告げる言葉も中途に、油断して間の抜けた表情を一瞬晒していた彼女は、すぐさま厳しい視線を相手へと向けたのだったが、ギルガメッシュはといえば、その威圧するような殺気すらも軽く躱して穏やかな笑みを投げかけてくる始末だ。
 確かに彼は武装もしておらず、ここへ訪れたのも偶然であったかのような素振りに見える。その気になれば白昼の街中であろうと、堂々と宝具を展開するであろう英雄王がそのような態度を見せるものだから、当然セイバーも肩透かしを食らった。かといって臨戦態勢に入っていない相手へ刃を向けるような不徳な心を持ち合わせていない彼女は、せいぜい悔しさに唇を噛む程度のことしかできない。
 現代人が身につけるそれとさほど変わらぬ、とても王とは思えない身軽な衣服を纏わせたギルガメッシュは、何やらご機嫌な様子で、鼻歌など口ずさみながら勝手にセイバーの隣を陣取って並んで歩みを進めている。おかしな話もあるものだ。命を賭し、互いの心臓を貫く覚悟を持ち合わせた二人が、まるで恋人同士のように。考えてセイバーはすぐさま首を振ったが、強ち周囲からはそのように見られていてもおかしくはないかもしれないと、つまらぬことを思った。

「貴方は、何をしにここまできたのですか」
「さて、何だったか。忘れてしまうほどだ、特に意味もない些事だったのであろうよ。……そうだな、強いて言うならば我好みの女を探しに、といったところか?」
「……冗談も大概に、」
「それはこちらの台詞だ。我に見初められて尚、拒み続ける女など世界中を探してもお前一人くらいのものだぞ。答えは出たのか、セイバー?」

 相も変わらず、直情的な物の言いようであった。彼ほど己の欲に曇りなく従順で、素直に感情を吐き出せる男はいないだろうと思わせてしまうほどに。しかも、それでいてひどく執着心が強い。この絶対的な王は、欲しいと思ったものを掌中に収め、気が済むまで弄んだところでようやく満たされるのだろう。実に性質が悪い。その標的にされた方からしてみれば迷惑極まりない話でしかない、と、今まさにセイバーは思う。
 半ば彼の言葉を聞き流しながら、振り払うつもりで歩くスピードを速めてみても、まったく効果がないあたり余計に厄介である。さすがは天上天下唯我独尊、自分の上に立つ者の存在など端から認める気もないということか。同じ王を名乗る者の立場からして、セイバーとギルガメッシュとでは似て非なる存在ではあるが、ここまでいくとむしろ尊敬の域にまで達する勢いともなる。だからといって気を許したわけではないので、彼女の態度が変わることには繋がらなかったが、しかし。

「っ、はあ、どこまで追ってくる気だ……目的を言え、ギルガメッシュ」
「ほう、それを我の口から言わせたいと。なるほど、やはり貴様は面白い。こうでなくては我が寵愛には程遠いというもの」
「いいからさっさと……、!」
「王の后を貰い受けにな。我の手を煩わせたこと、身を以て後悔するがいい」

 気づけば大通りから大きく外れた閑静な住宅街の真ん中で、溢れんばかりの王の愛を一身に受けることになってしまった己の不遇を、セイバーはなぜか怒りも悔やみも悲しみもしなかった。同情でも憐憫でもない。ただ、そうすることが当然であるかのように思えた。
 それほどにギルガメッシュの腕の中は心地よく、小さな彼女の身体はそこが定位置であるかのようにすっぽりと収まってしまったのだ。途端に、つい今しがたまで憎まれ口の一つでも叩いてやろうと考えていたこと自体が頭から抜け落ちてしまったらしく、次の言葉が浮かんでこない。
 だが、あ、う、意味もなく会話の成立しない呻き声は、色気すら皆無で彼女にはむしろ相応しいと、ギルガメッシュは小さく微笑む。それは求めていたものが手の中に転がり落ちてきたことを歓喜するわけでは決してなく、かといって嘲笑でもなく。
 いまだかつて見たこともない彼の表情に心臓を鷲掴まれた、などという事実はここだけの話に留めておくとして、ひとまず慢心しきったその身体に拳の一つもお見舞いしてやらねば、こんなにも割に合わないことはないと、小さな騎士王はひどく悔しがった。



(120219)





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