ダブル・ミーニング | ナノ




「シズちゃん、ねえ」
「……、……」
「シズちゃんってば、起きてよ」

 物音ひとつしない、静寂が支配する空間に二人きり。呼吸音すら耳に届かないほど、瞳を閉じて安らかに眠る静雄の頬を乾いた音が叩く。それが銃声に似ていたのは、あまりにもこの場が閉塞されていたせいもあっただろう。実際に彼を打った掌にはそこまで力も込められていない。ただ、腹が立つほどによく眠っていたから少しだけ戒めてやろうと思っただけのことであり、そこに深い意味などなかった。
 ぴくり、僅かに指先が動いて徐々に目蓋が開いていく。覗かせた瞳はまだ焦点も合わず、覚醒しきっていない脳ではどうやら思考も覚束ないようだ。嘘偽りない真実を述べれば、静雄は眠っているわけでも何でもなかった。正確には意識を失っていただけといえよう。
 彼の化け物じみた怪力を封じるために用意された数々の拘束具に混じって周囲に散らばっていたのは、スタンガン、注射器、ナイフ、その他用途もわからぬ奇妙な液体など。もちろん静雄にも気を失う瞬間までの記憶は残っていたが、そうでなくとも辺りの惨状を見ただけで、言葉ではとても説明できないような悪事が働かれていたのだと理解することはできる。
 臨也は趣味の悪い男であった。とうに範疇を超えた、一握りの良心もない非道行為が趣味の。と、常日頃から静雄は感じていたのであったが、その当事者といえばまるでそれが当然であるかのように振る舞うものだったから、一体どちらが正しいのかもよくわからない。つまるところ、静雄は臨也の犯行を赦す気はなかったが、すでに心のどこかで諦めて容認してしまっているというわけである。自分のそうした判断が、彼をよくない方向へ導いていることは重々承知していた。けれど気づいたときにはもう手遅れだったし、何より叱ったり窘めたりすることに静雄の方が疲れてしまったということもあって、今は言葉を交わすこともなるべくなら避けたいと考えている所存である。
 が、それこそ臨也にしてみれば許されざる反逆に他ならない。静雄は実に利口で都合のいい玩具であったが、そもそも会話が成立しない時点で条件から外れているようなものだ。最近では反応も鈍くなってきたようだし、そろそろ潮時かもしれないと思うこともある。それでも臨也が静雄を手離そうとしないのは、純粋にそれが恋であったからだ。どんなに気に入らないことがあろうと、奥底でしっかりと愛情が根を張っていれば、結局のところどのような要素も無効化されるのである。というのが臨也の持論でもあった。

「今日、誕生日だったね」
「……覚えてたのか」
「あ、久しぶりに口利いてくれた。そうだよ、だって愛するシズちゃんの誕生日じゃない。忘れるわけないし、忘れようとも思わないって。俺、何か変なこと言ってる?」
「いや、……でも、あらためてそういうこと言われるとすげえ気持ち悪い。俺は手前の誕生日なんて記憶してないのに」

 気持ち悪い、などという暴言は見逃せるはずもなかったが、臨也はどこか胸の内で納得もしていた。元より彼は、静雄に関する以外のすべての記憶を擲った身である。そうする必要があったかなかったかでいえば、もちろん答えは後者であるのだが。単に、無駄な情報は必要ないと考えただけのことだ。仮にも情報屋という職業に就いていた時代があったというのに、こんなことを言うのは矛盾が生じるとも理解している。けれど今は自分と彼、それら二つの要素のみで生き長らえているわけであるからして、不必要なものは処分して当然というのが臨也の見解であった。
 静雄はそんな臨也を愚かだと罵倒もしたが、それに対して彼が憤ることはなかった。ただ、至極冷静に、馬鹿なのは君だよ、笑って頬を叩いただけであった。あの表情の裏に隠されていた感情は一体どういったものだったのか、静雄には考えも及ばない。思えば臨也とはもう長い付き合いになるが、一度たりとも彼を理解できた例はなかったのだ。おそらくこの先も、この関係が永久であったとしても、それが覆されることはないのだろう。
 赤く、僅かに腫れた頬を、今度は労わるようにしてやさしく撫でる。触れた指先の温度がじんじんと熱い肌にはちょうどよく、心地がいい。そうして時が止まったかのように、随分と長いこと黙っているものだから、ゆっくり顔を持ち上げて相手の表情を窺ってみた。沈んでいるような、浮き足立っているような、どっちつかずで曖昧で。

「俺たちの関係って、何なんだろうね」
「……クソガキとオモチャ」
「ああ、それ。しっくりくるなあ」

 ていうかシズちゃん、玩具って自覚あったんだ、などと乾いた笑みを浮かべる臨也を不服そうな静雄の視線が睨みつける。それは何か言いたそうでもあったが、結局何も言うことはなくそのまま押し黙った。その反応が嬉しかったのか哀しかったのか、臨也は表情の色を一切変えることなく机上のバースデーケーキを手繰り寄せ、無造作に五指で掴み取ると、静雄の口内まで丁寧に運んでやった。
 それはこの日のために用意された、特別な意味を持つものであった。


(120128)
しじゅおハッピーバースデー!





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