魅せられたのはどっち | ナノ




 今日も綺礼の部屋を根城に、王らしく長い脚を伸ばして寛ぐギルガメッシュは何やらいつも以上に機嫌がいいらしかった。手に持ったグラスの中のワインを波立たせるように揺らし、チェス盤の上の駒たちを愉しげに弄ぶ様子は、一見普段と変わらないようにも見えるが。
 綺礼が彼の異変に気づいたのは、飲み散らかされたワインボトルを片付けていた折のことだ。一口飲めばもう飽きたとでも言うかのように、次から次へ新しい酒を手に取るのが英雄王のやり方である。部屋の主である彼からしてみれば、居座られるだけでも迷惑なのに、それに輪をかけるような真似をするこの英霊が苛立ちの対象でしかない。しかし皮肉なことに、そうして不本意ながらも普段から彼の観察を行ってきたことで、その些細な違いに気づくことができたともいえよう。
 転がった瓶の数はいつもよりずっと少ない。手に持って拾い上げてみると、既に空になったものがほとんどである。まさかこれを綺礼が部屋を空けていた僅か数時間のうちにすべて飲み干したとでもいうのか。その割に当の本人は顔色ひとつ変えず、強いていうならば室内を満たす強烈なアルコールの匂いが、つんと鼻をつくだけである。なるほど、英霊ともなればいくら飲んだところで酔うこともないのだろうか。綺礼も酒には強い方であったが、この男と競うとなると話は別かもしれない、そう思った。

「それにしてもどこで油を売っていたのだ、貴様は。我を待たせるとは雑種風情がいい身分だな? あと数刻遅ければその首の皮も繋がってはいなかっただろうに」
「貴様には関係なかろう。私とて暇を持て余しているわけでもない。どこぞのサーヴァントとは違ってな」
「ふん……我の機嫌を損ねて後悔しても知らんぞ」

 そう言いつつも既に眉を顰めているあたり、綺礼の言葉が癪に障ったのだろう。まったく、単純といえば単純な男だ。その考えは実にわかりやすく、まるで頭の中を切り開いて眺めているような気分にさえなる。
 ギルガメッシュはもう何十杯目かもわからないワインを水のように呷っては、透明なグラスへ新たにそれを注ぐ行為を繰り返していた。もはや一種の麻薬とも化しているのだろうか。それが義務であるかのような懸命ささえ窺わせる彼の不可解な行動に、しかし綺礼は相変わらず一定の距離を保ったままである。散らかった酒瓶はすべて片付け、片隅に除けておいた。明日にでもまとめて捨ててしまわねば、この調子ではすぐに彼の部屋は空き瓶で溢れてしまうことだろう。
 嘆息し、疲弊した様子で椅子に背を預けた綺礼は、そこで英雄王が打って変わって何やら愉しそうにこちらを見つめているのに気づき、しかし次の瞬間には素知らぬふりをした。この男は一度調子に乗ると黙るということを知らない性質である。酒が入れば尚のこと、寡黙な綺礼にとって饒舌なギルガメッシュが苦手な部類に入るのも頷ける話だった。そうであるからこそ、なるべくならば無関心を装って遠ざけたいのが本音なのだ。
 正確には、彼らはマスターとサーヴァントの主従関係を築いているわけでも何でもない。この自由奔放で傲岸な英雄王を従えるのは他でもない、彼の師なのである。実際のところ、王である彼にはサーヴァントなどという枠に収まる気などさらさらないのであろう。時臣の苦労を窺い知りながらも、こうして師の与り知らぬところでそれとはまた違った苦労を強いられている綺礼からしてみれば、そう大差はなかったが。
 などと考えつつ視線を逸らしたはいいものの、確実に今まさにこちらへと向けられている蛇のような眼差しに、綺礼はどうにも落ち着かないでいる。珍しく絡ませた指を何度も忙しなく組み直しているあたり、その心情にはいくらかの察しもつく。すべて自らの思い通りに事が進んでいくとは、なんと都合のいい話か。人知れず唇が美しく弧を描いた。

「綺礼よ。こちらへ寄れ」
「……果たして何の理由があってそうする必要があるのかわからんな」
「理由? そのようなものはない。だが王の命令に背くことが貴様に許されるわけでもあるまいて、お前ならば理解できよう」

 これがただの権力を振り翳すだけの脆弱な王であったのなら、綺礼とてみすみす黙ってはいられなかったはずだ。しかし、ギルガメッシュの何者にも勝る自慢の宝具を知ってなお、それ以上口を開いて抵抗の意を示す気にもならなかった。もちろん彼が本気でそのような脅迫めいた言葉を並べているわけでないことくらい、綺礼にも理解はできている。こう言ってしまうのもどうかとは思うが、彼にはギルガメッシュに殺されない絶対の自信があったからだ。それも言い切ってしまえるほどの確実性をもってはいないかもしれない、だが、現段階で英雄王の興味の対象のひとつとして脚光を浴びている限りは、命の保証くらいされていると考えても問題はないだろう。
 つまり要約すると、綺礼は王に逆らうのも面倒で仕方がないだけなのだ。それに、自分がおとなしく追従しておけば彼とて機嫌を損ね、師に八つ当たりすることもないはずである。小さく息を吐き出し、ゆっくりと重い腰を上げた。まるでそこが玉座であるかのように我が物顔でソファへと踏ん反り返り、グラスをちょうど空にした王の前へ言われたとおりに立った綺礼は、確かにあらゆる事態に備えて気を張り詰めていたはずだったのだが。

「ッ、……何のつもりだ、アーチャー。戯れなら余所でやれ」
「何だ、我が手ずから貴様の生まれた日に祝福を送ってやろうというのにその不服そうな顔は。気に入らんな」
「……飲みすぎだ。どうせ酔ったのだろう。もういいから離せ、」
「なるほど、酒に嫉妬とは……なかなか愛いところがあったものだな、綺礼?」

 腕を引かれ、ソファに片膝をついたところで肩を引き寄せられ、目の前ににんまりと意地の悪い笑みを浮かべたギルガメッシュを目の当たりにする。唇の隙間から吐き出される息がどうにもアルコールの匂いを帯びていて気に入らない。いや、本来はそんなもの気にもかけないというのに。
 必死に隠し通そうとする本心を見破られたようで何ともいえず悔しくてたまらなかったが、今日くらいは大目に見てやってもいいかもしれない、と。綺礼は頬をなぞる火照った指の感触に目を細め、触れた唇の温度にまたも嘆息した。



(120105)
綺礼様ハッピーバースデー!





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