とある幕間 | ナノ




 大晦日の夜、遠坂邸の客間には世にも奇妙な光景を前にして呆然と立ち尽くす時臣の姿があった。常時鎮座している豪勢なアンティーク調のテーブルよりもそこで異様な存在感を放っているのは、いまだかつて彼が見たこともない物体だ。見たところでは座卓と布団が合わさったような何ともいえず不思議なそれであったのだが、さらに驚くべきはその中へ当然のように身体を滑り込ませている英雄王と弟子の姿である。
 普段と何ら変わらぬ様子でグラスを片手にワインを呷る王は、しかし至極ご機嫌なようにも見えた。綺礼はといえば、時臣に一瞥をくれた後、何事もなかったかのように器用にみかんの皮を剥く作業に戻っている。マスターとサーヴァントの関係でもない彼らがなぜ行動を共にしているのか、そういった疑問などまったく頭に思い浮かべる間もなく、この家の主は眼前の違和感に硬直してしまっているらしい。
 口を開いたはいいものの、何も言葉が浮かばずに視線を彷徨わせて明らかに動揺している時臣を見兼ねたのか、めずらしく上機嫌のギルガメッシュが手招きをした。しかしこの王の笑顔ほど怖ろしいものはないと理解している彼だからこそ、余計に距離を縮めることを躊躇って扉の前から動くことができない。命令に背けばそれはそれで考えるのも嫌になるほどの酷い仕打ちが待ち受けているのだろうが。

「何をしている、時臣。こちらへ寄れ」
「……はい、いえ、しかし王よ……」
「ご安心ください、導師。危険なものではありませんので」
「き、綺礼、何も私はそれに恐怖心を抱いているわけでは」
「ほう、身を震わせながらよくもそのような虚言を吐けるものだな」

 くつくつと喉を鳴らして嘲笑を浮かべる英雄王には、これは寒さのせいだと言い訳したところで無意味なのであろう。しかし、あろうことか弟子の前でこのような失態を晒すとは汚名もいいところである。今さら嘆いても仕方がないことはわかっている、けれど。唇を噛みしめ、覚悟を決めた時臣はゆっくりと待ち構える彼らの方へと歩を進めていく。
 それは存外、何の変哲もない至って普通の炬燵でしかない。だが、生まれながらの貴族である時臣がそれを目にしたことなど今日まで一度もなかったのだ。未知との遭遇に彼が身体を強張らせるのも無理はない話だった。元より名前すら聞いたこともない。その布団の中に入れられた足も、中ではどうなっているかわからない。あの中は異次元への入り口に繋がっているのだと説明されたとして、納得できてしまうことだろう。
 などと、悶々と頭を悩ませる時臣をよそに、ギルガメッシュはすぐそこまで近寄ってきた彼の腕を引き、バランスを崩した身体を炬燵へと押し込んでしまったものだからその後が大変である。思わず悲鳴を上げそうになったのを寸前で何とか堪えたところまではよかったのだが、それと同時に全身を包み込むかのような炬燵の温もりに呆気にとられ、口をぽかんと開けて何とも間の抜けた表情を晒してしまったのだ。もはやそこに弁解の余地などない。

「如何ですか、師よ。なかなか心地よいものでしょう」
「……確かに……っ、王! どこを触って……!」
「我ではない。どうせそこの無関係を装った男が何かしでかしたのであろう」
「はて、何のことやら」
「しかし時臣よ、王に疑いをかけるとは一体どういった了見だ? 説明しろ」

 ぐい、顔を近づけて迫るように回答を求める王からはどう足掻いても逃れることなどできない。それ以前に時臣の足は正面に座った綺礼に炬燵の中でがっちりと固められてしまっているのだ。どのみち身動きをとることは叶わない。かといって怒れる英雄王の前では無駄口を叩くことなど許されるわけもないのであって。
 やはりこうなってしまったかと、どこか諦観してしまっている己を哀れみつつ、時臣は執拗に足を撫でる指の動きに堪えねばならなかった。遠くで鐘の音が響いている。どうやら年明けも近いようだが、感慨に耽っている場合ではなさそうである。



(120102)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -