蛇と蛙 | ナノ




#教師×生徒



「はい、じゃあこの前のテストを返しまーす。伊藤さん」

 眉目秀麗の数学教師、折原臨也は透き通るような声で次々と生徒の名を呼んでいく。その容姿と紳士的な態度が相まって着任してまだ間もないにも関わらず校内では大人気だ。クラスの女子たちがキャアキャアと黄色い悲鳴を上げながら答案と折原を見比べているそんな中、金髪で長身の一際目立つ少年、平和島静雄はただ一人難しい顔をしていた。震える手で握りしめた薄い紙の右上に赤ペンでくっきりと書かれた7の数字。静雄にとってそれはアンラッキー以外の何物でもない。

「あれ、静雄……もしかしてまた赤点だったの?」
「…………」
「なんていうか、君って数学には壊滅的に弱いよね。え、僕? もちろん満点ブフアッ」
「殺すぞ、新羅」

 君に殴られた時点ですでに生きた心地がしないよという親友の言葉は耳に入れず、静雄はひたすらに大きく主張する数字を見つめた。今回はかなり力を入れて勉強したはずだったのに。どうしてこうなった。このまま赤点を取り続ければ留年の危険性もありえるだろう。さてどうしたものか。ああ。頭が痛くなってきた。

「平和島くん」

 ふと顔を上げるといつの間にか静雄の席の前で、美しい数学教師が眼鏡の位置を直しながら爽やかに微笑んでいた。ここだけの話だったが静雄は折原をあまりよく思っていない。苦手科目の担当だからということ以外に何やらその完璧すぎる笑顔を胡散臭く感じていたからだ。しかし相手は教師。あまり反抗的な態度をとるのも考えものだろう。それに静雄自身、争うことは昔から好きではない。できるだけ穏便に済ませなければ。

「……なんすか」
「放課後、数学準備室ね」

 にっこりと人のいい笑みを浮かべそれだけ告げると折原はさっさと踵を返し教卓へ戻っていく。あまりに呆気ないやり取りに静雄はぽかんと口を開けたままにしていたが、不意にはっと覚醒する。ついに直々に呼び出しを食らった。これが何を意味するのか、悲しいが静雄には何となくわかってしまう。いよいよ留年決定だろうか。そう考えたら目の前が真っ暗になったような感覚に陥った。

「元気出しなよ」
「手前はいいよな……はあ」
「何なら僕が勉強教えてあげてもいいんだけどね。静雄に時間を費やすくらいならセルティともっと愛を育みたあああっ!」
「うっせえ黙れ」



 そうして結局静雄は今数学準備室の扉の前で立ち往生している。本当は折原と顔を合わせるのも嫌だが文句を言ったところで担当が変わるわけでもなく。しかしガラリと軋んだ音を立てて中から折原が現れた瞬間、やはり静雄は心の中で盛大に舌を打った。

「ごめんね、こんな時間まで待たせちゃって」
「別に。気にしてません」
「平和島くんとは一度ゆっくり話してみたくてさ。ああ、でもまずは君が留年の危機にあるって事実を伝えておかないとね」

 淡々と話し出す目の前の数学教師に背中を冷や汗が伝っていくのを確かに感じた。やっぱり予想したとおりだ。このままだと間違いなく留年してしまう。それだけは何としても阻止しなければならない。だが不安そうに俯く静雄を前にしても折原は長い脚を組み換え、何も心配などしていないかのような至って清々しい面持ちである。余計に腹立たしく思い静雄は唇を噛んで必死に怒りを抑え込んだ。

「ねえ平和島くん。君も留年なんてしたくはないよね」
「……そりゃあ」
「だったらさ、取引をしよう」
「取引……」
「そう。君が留年しないよう俺が何とかうまくやるよ。約束する。そのかわりお願いがあるんだ。大丈夫、難しいことじゃない」

 勢いよく椅子から立ち上がり満面の笑みで彼は言う。眼鏡の奥の瞳はよく見えない。ただ静雄は直感で何かよくないことが起こるのではないかと思った。折原が背後に回り肩にそっと指が触れる。なぜだか妙に緊張して静雄は固まったまま動けない。そうしているうちにすぐ真横に顔が移動してきてふっと首筋に吐息がかかる。そのまま生温い舌がべろりと耳朶を舐め上げ、瞬間的に静雄の身体がどうしようもなく熱を帯びた。

「セックスさせて」
「はっ……?」

 何を言われたか理解する前に肩に置かれていた手が静雄の後頭部を押さえ込み、折原のものが唇を塞いだ。それは一般にキスと呼ばれる行為であったが今の静雄には制する術がない。ぼうっとした頭では口内を蹂躙されていることはわかっても、だからどうすればいいかはわからない。熱い。苦しい。激しく舌を絡め求めてくる折原に静雄は小さく喘ぐ。その間にもぷちぷちと制服のボタンが外されていき掌が素肌をいやらしく撫でてくる。なぜこの手は動いてくれないのか。静雄はぼんやりと考えてみたが答えは見つからなかった。

「すごくえっちな顔してる……かわいいなあ、」
「お、りはらせんせい……」
「あは、これから静雄くんの中に先生の精液いっぱいぶち込んであげるからねえ」

 熱に浮かされた静雄の思考回路はもはや正常に機能していない。あんなに嫌っていた教師が今まさに自分を犯そうとしていることさえ理解などしてはいないのだ。



(100327)





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