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#綺礼が時臣のサーヴァント



 じっとり、こちらへ注がれる視線の正体を時臣は知っている。知った上で敢えて気づかないふりを決め込んでいるのだが、しかしそれにしても無視をしているこちらの方がどうにかなってしまいそうな眼力である。ついに堪えきれなくなり、伏せていた顔をゆっくりと上げた。
 自分を見つめる男の曇った瞳に映るものは優雅に腰かけ、長い脚を組んでティーカップを片手に休息をとる時臣の姿以外にありはしない。視線がぶつかり合えばそれはそれでまた気まずい空気が流れるのだが、彼にそのようなものは理解できていないのだろう。それがまるで己に与えられた重要な使命とでもいうかのように、時臣を視界から一時たりとも外そうとはしない。
 その男は、英霊と呼べるかどうかも危うい奇妙なサーヴァントであった。

「……あまり、見ないでもらえるかな」
「申し訳ありません、マスター。しかしサーヴァントたる者、常に主の観察を怠るわけには参りませんので」
「だからといって、そう見張られていては……」

 ぶつぶつと文句を垂れる主の表情を、相変わらずまじまじと見つめる彼には、だが覇気というものが感じられない。これが、悠久の時を経て令呪を得たマスターによりサーヴァントとして現代に召喚される英霊だとでもいうのか。時臣はいまだに己のサーヴァントを、言峰綺礼を信用しようとはしていなかった。由緒正しい魔術師の血を受け継ぐ遠坂ともなれば、尚更のことである。
 まさか此度の聖杯戦争を、この得体の知れないサーヴァントを駆使して勝ち抜かなければならない事態に陥るとはさすがの時臣も予想などできまい。なるほど、アサシンのクラスを得て現界したこともあり、隠密行動には長けているようにも思えるが。いざ他のサーヴァントと刃を交えることになれば真っ先に脱落することは目に見えている。
 しかし何にせよ、召喚されてしまった以上はどうしようもないことだ。それに実際はこの男を利用するだけ利用して、用済みとなった瞬間にさっさと聖杯戦争から脱落させてしまえばいいだけのことである。始まりの御三家の人間ともなれば、仮にサーヴァントと令呪を失ったとして、聖杯よりまた新たな力を授けられる可能性もあるのだ。まだ完全に望みが失われたわけではない。
 遠坂には敗北など決して許されはしない。聖杯を勝ち取るはずが、戦争が始まる前から弱腰でどうする。それこそ家訓の名折れである。時臣は己を叱咤した。そうしてあらためて、変わらずこちらへ視線をやる綺礼に眼差しを送る。彼には勝ってもらわねばならない、いや、勝利に至らずともそれなりの貢献はしてもらわねば。

「……では、アサシン。他のマスターの動向を把握して、」
「真名を呼んではくださらないのですか」
「その必要性があるのか?」
「私にとっては意味のあることです。我がマスターよ」

 僅かに唇を噛み、時臣は躊躇った。綺礼の望みなどほんの些細なことで、取るには足らない。だが、この状況下である。いくら厳重な結界を張り巡らせたこの敷地内でも、いつどこで誰が聞き耳を立てているかなどわかりはしない。
 サーヴァントにとって真名を晒すことは弱点を晒すことに等しいのだ。たとえ時臣にはそう見えなくとも、もしかすればこの目の前の一見聖職者のような外見をした男は偉大な英霊であるのかもしれない。なればこそ、その名を簡単には口に出してはいけないような気がした。ただでさえ時臣に与えられたハンディキャップは大きい。ほんの少しの余裕が大惨事を生むことにもなりかねないのだ、ここは慎重にいかなければ。
 ごくり、小さく息を呑む。綺礼は静かに時臣の口から己の名が紡がれるのを待ち侘びていた。それが彼にとってどんなにか特別であるか、易々と決断に至れない当の本人が知る由もない。やがて優雅な貴族は、彼には不釣り合いなほど大きな溜息を吐き出して重い腰を上げた。そうして僅かに顔を上げてマスターの動向を窺うサーヴァントのすぐ手前まで移動したものの、まだ思案している様子である。
 漂う空気に堪えかねて、綺礼が口を開く。しかし喉から声を振り絞る前に、時臣の腕が綺礼の頭部をゆっくりと包み込み、一呼吸の間もなく耳元で囁いたのだ。

「お願いだ、……綺礼」
「……我ながら、不安になります。どうしようもなく」
「……?」
「サーヴァントの前とはいえ、それほどの隙を見せるとは」

 ぱっ、と瞬間的に離された腕を逆に捕らえ、くい、流れるような動作で首元のリボンタイを引く。しゅるりと高級な絹の擦れる音がしてあっさりと地に落下したそれを見やる暇も与えられず、時臣の無防備な身体は綺礼の腕の中へと吸い込まれた。心臓の脈打つ音がいやにうるさい。これだから自分の思い通りにならないサーヴァントなど。ちらりと手の甲に光る真紅の令呪に視線をやり、ふたたび時臣は溜息をつく。拘束する力はやはり強く、とても逃れられそうにはなかった。



(111207)





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