ふたりぼっちの宴 | ナノ




 私と衛宮切嗣とが夜毎、人目を盗むように逢瀬を交わし、あろうことか肉体関係を結んでいるなどという事実を知りえる者は、私の知る限りではおそらく存在しない。表向きは敵対するマスター同士なのだ、そもそもこうして直接顔を突き合わせるなど普通に考えれば有り得てはならない大事である。彼の妻も、助手の女も。時臣師も、英雄王も。私たちに関わる身近な人間でさえ知ることのない密会。なるほど秘め事と呼ぶには十分にふさわしい。
 安物のベッドに縫いつけた身体はしっかりと筋肉もついているが、私のそれに比べればだいぶ細い。薄い皮膚の表面を、つう、指でなぞるとぴくりと身を捩ってわずかに反応した。切嗣はひどく快感に弱い男だった。今まで何度か身体を重ねてきた私には、それが手に取るようにわかる。痛みには鈍感なくせに、快楽に誘われれば素直に応じるなど。そうして今までも私以外の男を惑わせてきたのだろうか。妻と娘をもつ身でありながら? 神の御許に仕える私からしてみれば、なんと罰当たりであろうかといったところだ。
 ちらほらと見え隠れする顎の無精髭を軽く撫で、その唇へと食らいつく。彼は身体を許しはするものの、口付けを交わすことをあまり良しとはしない。それは家族への罪悪感からなのであろうか。真意など私には掴めなかったが、眉を寄せて嫌悪を露わにする切嗣の表情を見ると自分の胸の内が、すうっと満たされていく感覚を味わうことができた。

「っ、ん、んぅ……ぁ、もう、いいだろ……やめろ……」
「主導権は私が握っているのだ。貴様が逆らうことは認められない」
「おい、っ……ひ、ぃ、あ! く……」

 唇を解放したのも束の間、つんと立っていやらしくも主張する桃色の突起を舌先で軽く突いてやると、咄嗟のことに声を抑えることも儘ならず、甲高い悲鳴が上がった。令呪の浮かび上がった掌が、ぎゅう、頼りなくシーツを手繰り寄せ快感に悶える様を眺めていると、これが本当にあの衛宮切嗣であるのかと私にはわからなくなる。
 天敵である私を前にしてこのようなあられもない姿を堂々と曝け出すとは。それは命を投げ出す行為にも等しい。無防備な今の切嗣の心臓の音を止めることなど私には造作もない。彼とてその程度のことは理解しているはずであろう。それでもなお、唇の隙間から絶え間なく息を洩らし、次々と全身を襲う快感を甘んじて受け入れている。彼は私が自分を絶対に殺すはずがないと心の内で確信しているのだ。そうでなくてはこうしておとなしく私に身を任せるわけがない。
 一体どこからその自信が湧いてくるのだろう。確かに私はここで彼を殺そうとは決して思わない。私たちが命のやり取りをする場所はこのような辛気臭い退廃的なホテルではなく、血の匂いに満ちた絶望的な戦場でなくてはならないからだ。戦いに美学を求めるほど私はよくできた人間ではなかったが、しかし、宿命の相手と相まみえる時と場所くらいはそれ相応のものでありたいと願ってしまうのが常である。切嗣もその点においては私と同じ考えなのであろう。互いに語り合うことはなくとも、それが両者の暗黙の了解であった。

「ことみ、ね……ふっ、あ、うぅ、……」
「そうではないと何度教えた?」
「……綺礼……きれ、っ……ひぁっ、あ、」

 譫言のように名を呼んで縋りつくようにこちらを見上げる眼差しは、まるで母親に救いを求める幼子に似ている。私は聖職者だが決して慈悲深い人間などではない。掌の中に収めたぐずぐずの性器の根本を強く握りしめ、今すぐにでも達したいのにそうすることができない哀れなこの男を冷静に見下し、もっとその歪み、涙をとめどなく流す表情を瞳に焼きつけたいと思った。尿道を抉るように爪を立てれば悲痛な叫び声が脳内にいつまでも反響し、まだまだこの遊戯を愉しみ足りないと本能が訴えかけてくる。
 あのアインツベルンの女の柔らかい腹を刺し貫いたときさえ湧き上がらなかった猟奇的な感情が、今の私を支配するすべてであった。



(111123)





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