めしあがれ | ナノ




#蟲姦注意



 暗い、とても暗い穴蔵であった。数十分前、臨也から呼び出しを受け、新宿のマンションまでわざわざ足を運んできたことが遠い昔の出来事のように思える。ここは確かに、臨也の住まう部屋に違いなかった。静雄自身ももう指で数えることができなくなってきたくらいには、ここへやってきたことがあるのだからはっきりと理解できる。
 なぜだろう。自分と彼とは絶対に相容れることのない宿敵同士であるはずだ。それなのに、学生時代の頃からそうではあったが、どうやらあれとは切っても切れない腐れ縁で結ばれているらしい。こうした未来を静雄は望んだわけではない。願うことならばこの男とは同じ空気を吸うことも避けたいほどだ。それほどまでに静雄は臨也を嫌悪している。
 今もそうだ。ならばなぜ、自分は彼の隣に立ち尽くしているのか。動くことができないからだ。暗闇の中、目の前に広がる光景を静雄はどうしても理解することができない。それを脳が拒絶している。シズちゃん、名前を呼んだ臨也の指がねっとりと腕に絡みついてきた。ぞくり、背筋が震える。がちがちと音を立てて小刻みに振動する唇では何も言葉を紡ぐことなどできない。

「どう、なかなかかわいいでしょう?」
「あ、……っ……」

 臨也の暮らす高級マンション。その一室には、長年の付き合いがある静雄でさえも決して足を踏み入れることのない場所があった。というと語弊があるかもしれない。彼は知ることなどなかったのだ。世にもおそろしい、現世からは隔離された空間の存在を。そして今まさに、その場所へと案内され、見てはいけないものを見てしまったことを即座に後悔した。
 もしも時間を巻き戻せるとしたら、静雄はきっと臨也に出会う前まで時を遡りたいと切に願うことだろう。この男は危険すぎる。そもそも巡り会ってしまったことが、それさえも運命だというのなら、いや、そうだとしても。
 太腿の付け根を這うものにじっと目を凝らし、そうして静雄は恐怖に表情を引き攣らせた。先ほどから彼の全身を這い回るそれが、臨也の手であったのならまだ幾分かよかったかもしれない。救いがあったかもしれない。けれど。
 大きさは、たとえるならばネズミほど。胴体から生えた無数の足、おそらく口であると思われる部分から吐き出される粘り気のある奇妙な液体、フローリングを、壁を、埋め尽くすまでの蟲の大群。そのすべてに吐き気をもよおし、ここで気を失ってしまえればどんなによかっただろうと、いまだ理性を保ち続けている自身を静雄は呪った。
 この蟲たちの存在が何を意味しているのか、そんなことは知ったことではない。聞きたくもないし、知ろうとも思わない。ただこの場から逃げ出したいのに、新しい獲物を見つけた蟲たちが足元から静雄に近寄って、あっという間に身体を呑み込んでいき、それは叶わなくなった。

「や、だ……何だよ、これっ……!」
「何って、うーん……ペットみたいなものかな」
「やめろ、こんなの、いやだ、あっ、ひ」
「シズちゃんのことだいぶ気に入ったみたいだね。まあ、そうだな……殺さない程度になら嬲ってくれて構わないよ。好きにするといい」

 懇願する静雄の言葉は聞こえていないのか、それとも無視を決め込むつもりなのか。臨也はいつもと変わらない笑みを口元に湛えつつ、独り言を呟くかのように静かにそう言った。するとどうであろう。突然身体を這う蟲たちの動きが活発化し、そのあまりのおぞましさに堪えられなくなった静雄は、とうとうバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。
 あ、息を吐く間もなく四肢を縛り付けられる。実際にそれはたいした力ではなかったかもしれない。静雄の力をもってすれば簡単にはねのけられるものだったかもしれない。しかしどうしても恐怖と嫌悪が先行して思うように身体を動かせないのだ。いつもそうするように、臨也に殴りかかるように、拳を振るうことができたならば、あるいは。
 そうはいってももうすべてが遅い。迫りくる蟲の大群を前に、静雄はあまりにも無力だった。口を開いて叫び声を上げようとするも、そこへすかさず蟲がその丸いフォルムを捩じ込ませる。息が詰まりそうだった。嫌だ、首を振り、できるだけそれが奥へ入り込んでいかぬよう懸命に舌で追い出そうと試みたところで無駄に終わる。逃げたくとも逃げることは許されない、叶わない。
 蟲の吐き出す粘液が静雄の纏う衣服の繊維を溶かしていく。気づいたときには彼は生まれたままの姿で大量の蟲の海の中に放り出されたようなかたちになっており、もはや抵抗の余地などなかった。
 涙で滲む視界にぼんやりとこちらを見下す臨也が映る。間違いなくその男は自らの飼う蟲に犯されていく静雄を見て嗤っていた。その笑顔がやけに脳にこびりついて離れなくて、悔しくて哀しくて苦しくて。
 ついに股の間に入り込んできたそれに思わずえづいて今まで以上に拒絶を示す静雄ではあった。だが、彼を救ってくれるものなどこの場にはただの一人も存在しない。ぐぷり、狭い後孔を押し広げるよう頭を捩じ込まれ、いよいよ蟲により体内までも侵食されてしまうどうしようもなく信じられない現実を前にして、静雄の意識が霞んでいく。

「っ、う、ぐ、んんっ、あ、ああ」
「ふふ……可哀想なシズちゃん」
「か、はっ……ひぎ、ぃ……」
「でも、その顔。俺は好きだな」

 ぎちぎちと無理矢理に下肢への侵入を試みる蟲の動きと、相変わらず口内を蹂躙するそれ、裸体を舐め回すように這う粘り気のある感触。何をどう足掻いたところで静雄には成す術もない。ただ目の前の男が憎くてたまらなくて、それなのに指の一本すら動かすことも儘ならない己が。奇形の蟲たちに犯されながらも臨也を呪い、やがて静雄の視界はゆっくりとホワイトアウトした。


(111117)





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