神様のいうとおり | ナノ




 それは噎せ返るような暑い夏の日の出来事であった。
 学校の帰り道、いつものように他愛ないおしゃべりを繰り返す二人。突き刺す太陽の陽射しに立ち眩みそうになりながらも、コンビニで買ったアイスを口に頬張って。溶けたそれが木の棒を伝い、ぽたり、アスファルトに染みを作った。また今日もハズレか。空に掲げ、目を細めてつまらなさそうに呟く。
 どこからともなくやってきた野良猫が、甘い匂いに誘われて彼に擦り寄ってきた。その小さくて真っ黒な、ふわふわとした塊を、壊さないようそっと抱き上げて瞳にやさしい笑みを浮かべる。そうして彼は決まってこう言うのだ。こいつ、お前に似てるな、と。
 静雄の腕の中で丸くなってごろごろと喉を鳴らす猫を見るのも、もう何度目になるだろう。繰り返される八月。通学路。とびっきりの笑顔をふりまく静雄。逃げる猫。警報。衝突音。赤。赤。赤。見渡す限りの赤。鉄の匂い。もう二度と言葉を発することのない抜け殻。臨也は震える己の身体を抱きしめた。遅れて周囲から上がった悲鳴がどこか遠くの方から聞こえてくるような気がする。現実味がない。これは夢だ。夢なのだ。そうでなければこんな身の引き裂かれるような悪夢をなぜ何十回も繰り返し見る必要があるというのだろう。早く目を覚まさなくては。
 アラームが耳を劈く。携帯を開いた。また、同じ日がやってくる。
 臨也がどう足掻いたところで静雄の死は回避できない。それが定められた運命だとでもいうように。雲の上から神様が見下ろしてほくそ笑んでいるのを見て、中指を突き立てる。死ねばいい。くそったれの世界などさっさと滅びてしまえばいい。涙すら流れなくなってしまったのだ。この現実を受け入れようとしている自分に吐き気がした。
 隣で笑っている静雄はあと数時間後にはこの世からいなくなる。その儚い命は塵と化し、彼の存在は抹消されてしまう。車に撥ねられるか、落下物に身体を貫かれるか、通り魔に刺し殺されるか、川で溺れるか。彼がどんな死に方をするかなど、臨也には大体のパターンが読めていたから深く考えなくとも何となく理解してしまう。そして自分は静雄を救うことができない。目の前で失われていく命の前で人間はあまりにも無力だ。
 なぜ、繰り返すのか。この歯車の輪に終わりはないのだろうか。先が見えない。未来などない。そこには絶望だけ。

「死んだら、変わるのかな」
「……臨也?」
「シズちゃんのいない世界なんて、俺には」

 クラクションが鳴り響き、鈍い衝撃が全身に走る。これでようやく終わることができるのだと、倒れたまま動かない静雄の指を握ろうと手を伸ばした。あと少し、あと少しで触れられるのに。通行人がざわめく声と、サイレンの音。届かない。最後まで交わることを許されることはなかった、赤く濡れた金糸を瞳にしっかりと焼きつける。すべてがお前の思いどおりになんてなると思うな。振り回されるのはもう御免だ。臨也の口角が上がり、晴れ渡る空を見上げて拳を突き上げる。ざまあみろ、そう唇が紡いだのを最後に、繋がれた糸は音を立てて切れた。



 きゅるきゅるきゅる。テープが巻き取られるような音とともに、いつか見た映像が走馬灯のようにすさまじい速度で脳を走り去っていく。高く昇った太陽が嘲るかのごとく燦々と輝いている。目を細め、うずくまって皿の上のミルクに舌を伸ばす黒猫の頭をやさしく撫でた。八月は終わらない。

「また、だめだったよ」

 それは噎せ返るような暑い夏の日の出来事であった。


(111018)
BGM:カゲロウデイズ





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