ゆめのはなし | ナノ




#BLOOD-Cパロ



 目を覚ましたのは自室に敷かれた薄い布団の上であった。視界に広がるのは天井一色で他には何もない。窓から差し込んでくる光に長い夜がようやく明けたような感覚がする。静雄は思い出そうとしていた。つい数時間前にあった惨劇を。だが思い返すことを躊躇った。脳が、それをやめるようにと指令を送ってくるかのようで。気だるい身体をゆっくりと起こす。身につけていたはずの制服はそこにはなく、普段眠るときに着用している寝巻きを確認し、自分以外の誰かが服を取り替えたのだろうということに気づく。あの忌々しい記憶と一緒に、何もなかったことにして。ふと鈍い痛みを覚えズボンの裾を捲る。そこには確かに覚えのある、しかし引きずり出したくはない傷が存在しており、静雄は息を呑んだ。夢なんかじゃなかった。あれは。紛れもない現実だったのだ。
 偶然この神社に立ち寄っていた双子の片割れ、舞流が。突然現れた「古きもの」によって惨殺されたという、目を背けたくなるような真実。それはひどく静雄の胸を苦しめた。守ると誓ったはずだった。この街の平穏、クラスメイトたちの笑顔、すべてを。それなのに、守れなかった。守るべき命を絶やしてしまった。自分はのうのうと生きていて、現実から逃げようとして、何が。何が守る、だ。何も守れないくせに。自分にしかできない使命すら全うできないなんて、どうしてこんなにも無力なのだろう。ぎゅう、布をきつく握り締めて唇を噛む。けれど涙を流すことは許されないような気がしてひたすらに堪えた。
 目を伏せて思案に耽る静雄の耳に、とんとん、襖を小さく叩く音が届く。父かもしれない、蚊の鳴くような声で返事をするも、そこに姿を現したのは彼にとって意外な人物だった。

「シズちゃん、大丈夫? ……じゃあ、ないよね」
「……臨也……」

 毎朝学校へ向かう前に彼の経営するこじんまりとした、しかし温かい雰囲気の漂うカフェで一杯のコーヒーを飲み朝食をごちそうになる、それが静雄の日課であり、つまるところ、よく見知った顔ではある。だからこそ少しだけ驚いた。臨也と会うのはいつもあのカフェであって、彼がわざわざ静雄の家まで足を運ぶことはあまりなかったものだから。もっとも、父と臨也とは親しい知人のようであったから、父に会いにくることはあるのかもしれないけれど。それにしてもなぜ臨也がここへ。父はどうしたのだろうか。ぼんやりと考えつつ、店から持ってきたのだろうか、小さなポットに入れられたコーヒーを流れるような仕草でカップに注ぐ臨也の手元を眺め、それでも焦点が定まらない。
 「古きもの」のことは、彼には話していない。これは父と自分だけの抱える重大な秘密であるから、いくら親しい間柄とはいっても簡単に打ち明けられるような内容ではないし。おそらく臨也も静雄に何があったのかなど理解はしていないのだろう。ここへやってきたということは父から何かしら聞いているのだと思うが、どうせ息子が風邪をひいて倒れたから見舞いにきてやってほしい、などといった偽りの情報でしかないはずだ。余計な心配は、かけたくはない。臨也が会いにきてくれたことは静雄にとって救いではあるけれど。何も関係ない彼を巻き込むわけにはいかない。これ以上の犠牲を出すわけにはいかないのだ。今度こそ、守ってみせる。絶対に。
 渡されたカップを会釈して受け取り、そっと口に含む。いつもあのカフェで飲む、芳醇な豆の香りが口いっぱいに広がって。苦手だったコーヒーも臨也のおかげで飲めるようになった。朝、彼が自分のために淹れてくれるコーヒーを飲むのが毎日楽しみで仕方がなくて。これもいつもどおり、日常の光景のはずなのに。壊れていく。守りたかった安穏が、音を立てて崩れ落ちていく。それはとても恐ろしいことだった。カップを持つ手が自然と震え、思わず落としそうになったところで横から臨也の手が伸び、それを支えた。こちらを見やるその表情は不安に満ちており、静雄はどうしていいかわからなくなる。すべて打ち明けてしまえれば楽なのに。この胸の苦しみを誰かに取り除いてほしい、何度そう思ったことか。

「悪い、……手間かけさせて」
「手間なんかじゃないよ。シズちゃんは俺にとって特別だから。何よりも大切な子だから。……ね?」

 ぽん、頭にのせられた掌の温度にひどく安心する。今この瞬間だけは何もかもを忘れても許されるだろうか。彼の温もりに触れることを赦されるだろうか。やさしい彼は、自分のしたことをすべて笑って赦してくれるだろうか。馬鹿馬鹿しいと思った。許しを請うなど、そのような行為そのものが決して赦されはしない。それを自分はよく知っているはずだというのに。なぜか、臨也の前ではごく普通の高校生でいたいと願ってしまう。
 食事の支度してくるからちょっと待っててね、言い残して立ち上がり部屋を後にするその背中を見送り、もう一度倒れ込む。視界が揺れて脳が回る。何も考えられない。この現実さえ夢なのではないかと錯覚してしまうほどに。眠い。ゆっくりと意識を手離していく。夢の世界へ、溺れていく。

「……でも、大切なものほど傷つけてやりたくなるのが人間の困った本質だよねえ」



(110826)





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