殺すだけの行為 | ナノ




 はあ、はあ、肩で息をする。心臓が痛い。肺が軋む。殴られた部分が今さらになって内側から悲鳴を上げている。満身創痍だ。けれどベッドに無様に転がったシズちゃんを見下ろして少しだけ優越感に浸った。ぼろぼろに傷ついているのは何も俺だけという話ではない。声を押し殺してひゅうひゅうと喉を鳴らしている彼もまた、深い傷を負っているのだ。高校の頃からずっと目の敵にしてきた俺に、自身がノミ蟲とまで蔑んでいる俺に、心の底から殺したくてたまらないと思っている俺に、今まさに犯されているという事実が。何よりもシズちゃんの傷を抉っているのだと思う。
 些細なことだった。あの化け物のプライドをずたずたに引き裂いてへし折ってやりたい、そんなところだっただろうか。彼の弟を利用する手も考えたが、もっと手っ取り早い方法はないものかと試行錯誤し、結局行き着いたのがこの方法。しかし正直なところ、正面から彼と殴り合いをして捩じ伏せるという俺らしくもないいかにも馬鹿らしいやり方で、これは失敗だったかもしれないとも思っていたりする。シズちゃんとまともにやりあって凡人の俺が勝てるわけがないから、多少はその、非合法な薬品に頼った部分もあるけれど。それでも肉体はすでに半分機能を失っている状態であり、セックスどころではない。骨も何本か折れているだろう。視界がぼやけて、彼がどんな顔をしているかもはっきりとしない。
 俺は一体何をしているんだ。そうまでしてシズちゃんをレイプしなくちゃならない理由でもあったのかと聞かれたらよくわからないし、今となっては何を考えて自分がこのような行動を起こしたのかまったくもって不明である。だけど。こんな呼吸もつらいような状況で、彼の生身の肌に触れて、慈しむように撫で、まるでそこに愛があるかのような錯覚を覚えてしまうセックスは、意外にも心地がよかった。もっとも犯されている彼の方は最悪な気分なのだろうが。
 それは確かにレイプでしかなかった。ほとんど言葉も交わさずに問答無用で組み伏せ、抵抗も無視して、衣服を剥ぎ、当然慣らすこともせずに。こんなことをされたのは初めてだったのだろう、当然だ。最初のうちは怒りで我を忘れていたシズちゃんも俺が本気で犯そうとしていることを理解した途端に表情を変え、肌の色を青くしてがたがたと震えはじめて、なんだそんな顔もできるんじゃない、笑いながら突っ込めばついには声を失った。可哀想に。シズちゃんみたいな化け物、女の子とセックスすることもなかったんでしょう。それが男の、しかも俺に、無理矢理こんなことされて。ショック受けないはずなんてないよね。知ってる。知っててやったんだもの。
 たぶん俺は彼のそういう顔が見たくて強姦などという非人道的な行為に走って、それで悦に浸っている。我ながら最低な人間だ。だけどそれでいい。お互いに傷だらけで、呼吸もままならなくて、汗と血が肌にこびりついて、さながらそれは獣の交尾のようで。ねえ、ほら。しっかりと脳裏に焼きつけられただろ?

「うっ、あ、あっ、ふ、……や、やだっ、んっ、ああ……」
「……隠してないでさ、もっとよく顔見せてよ」

 服の裾を噛み締め、顔を背けてできるだけ声を殺すシズちゃんの奥の方を突き上げながら耳元でそっと囁く。いやだいやだ、うわごとのようにそればかり呟いて、子供の駄々じゃないんだからそんなの俺が許してやるわけないのに馬鹿だな、そう思って、うまく力の入らない腕でそれを振り払った。隠されていた彼の表情は涙に濡れてぐしゃぐしゃで、ひどく人間味を帯びていて、思わず愛しさが込み上げてくる。露になった唇に吸いついて恋人がするような甘いキスを与えてやると頬を叩かれて拒絶された。ああそう、強姦魔にキスなんてされてもうれしくもなんともないか。そりゃあそうか。特に気にもせずにもう一度口付けたら今度は抵抗されなかった。
 シズちゃんは今、何を思っているんだろう。俺にレイプされて、かと思えば甘ったるいキスをされて、混乱しているのだろうか。というより、俺は経験したことがないからわからないけど、やっぱり痛いのかな。こんなところに突っ込まれて腰掴まれて揺すられて、でもたまにきゅっと締めつけられて。レイプされても感じるとか、ちょっとそれってどうなの。もしかして俺以外に同じことされても今みたいな反応するの。少し、苛立った。そんなのただの憶測でしかないのに、考えはじめたら無性に苛々しだしてがつがつと乱暴に腰を進めた。半ば悲鳴のような喘ぎ声を響かせ深くシーツに沈む。ぎしっ、ぎしっ、スプリングが軋んで今にも壊れそうだ。それは俺の心の叫びにも似ていて。

「いざっ、あ、やめ、っうああ」
「例えば、さあ、俺がシズちゃんのこと好きだっていったら、信じる?」
「ひ、……っ、だれ、が……あ、ああっ!」
「そう……だよ、ね」

 わかっていたはずじゃないか。自分の気持ちに嘘までついて、それでも俺は彼との繋がりがほしかった。何を今さら。純粋な愛なんて求めて、それに何の意味がある。俺は彼を愛せないし、彼も俺を愛せない。最初から決まっていたことだ。だからこの行為も。ただのレイプでしかない、それ以上でも以下でもない、何の感情がうまれることもない。なのに今どうして俺の心はこんなにも空っぽで、虚しいのだろう。考えることすら傷に堪えて、何も知らないふりをして俺はまたシズちゃんを犯す。



(110819)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -