孤影のエゴイズム | ナノ




#Steins;Gateパロ



 夢を見た。ひどく恐ろしい夢だ。その夢の中ではまるで現実のようにゆるやかな日常が流れているのに、あるとき唐突にひびが入って壊れてしまう。シズちゃんの死によって。悪の組織に追い回され、撃ち殺され、刺し殺され、それらから逃げられたかと思えばまったく関係のない場所で事故に遭って死ぬ。彼の死は避けられなかった。俺がどう足掻いても、助けようと全力を尽くしても。そのたびに過去をやり直した。シズちゃんがまだ生きている瞬間まで時空を跳躍し、何度も何度も非情な運命に抗った。でも、だめだった。こんな言葉で済ましたくはないのに、シズちゃんが死ぬことは世界によって決定づけられていたのだ。そして同時に俺は理解している。これが夢であったならばどんなにかよかっただろう、と。

「はあっ、はあっ、……」

 脳髄が揺すぶられて胃液が逆流しそうになるのを何とか堪え、荒い息を吐き出した。見慣れた光景。俺の自宅兼、小さな研究所としても使用している、通称ラボの開発室。そこに俺はひとり、立ち尽くしていた。目の奥がちかちかとして視界がぼやける。呼吸をするのはまだ苦しい。
 俺は、ちょうど24時間後の未来から過去へと遡ってきた。その副作用とも呼べるような現象が自身の身体を襲うのにもだいぶ慣れてはきたものの、あまりいい気持ちのするものではない。などと考えを廻らす自分の傲慢さに腹が立った。慣れって、何だよ。なんでこんなことに慣れてるんだよ、俺は。シズちゃんが死ぬ未来を何とかして変えるため、幾度となくタイムリープを繰り返してきた。でも、いつも。決まって俺を待ち受けるのはシズちゃんを殺す世界の残酷な姿でしかない。
 正直、わからなくなりつつある。俺が何のためにこんなことをしているのか。今ここに立っている理由も。生きている意味も。それが運命として決定されたことならば、俺みたいなちっぽけな人間がどう足掻こうと未来を変えることなど不可能。そんなことはわかっている。だけど、きっと。理屈じゃないんだ。俺は、どうしたって、何を犠牲にしたって、この幼なじみを助けたい。
 たくさんの仲間たちを傷つけてきた。全部、シズちゃんを救うため。でもまだ助けられない。死ぬ時間が一日や二日ずれるというだけの話で、結果的に彼が死ぬことに変わりはなかった。なんで、シズちゃんなんだよ。どうしてシズちゃんを殺さないといけないんだよ。見えない神様に向かって呪いの言葉を吐き出しても、そんな俺を嘲笑うかのように世界は俺の大切な人を殺し続ける。何回も、何回も。

「……臨也?」

 不意に名を呼ばれて振り返ると、普段と何ら変わらない幼なじみの姿があった。手にはコンビニのビニール袋を提げており、その中から一本、ドクターペッパーを取り出してそれが当たり前であるかのようにこちらへ差し出してくる。無言で受け取り、一口呷って喉を潤した。シズちゃんは満足そうに少し笑って、ソファに腰かけからあげを頬張りはじめる。変わらない、何も。
 不自然なくらいに自然な、かつてそこにあった日常が俺の脳を駆け巡っていく。過ぎ去り、なかったことにされてきたいくつかの思い出も。鼻の奥がつんとして涙腺が緩んだ。今日は8月15日。あと24時間以内に、シズちゃんは間違いなく死ぬ。この平穏が偽りであったかのように音を立てて崩れて。俺の精神はもう限界に近かった。今こうして目の前でおいしそうにからあげを食べるシズちゃんの姿をずっと目に焼きつけていたくて、何か声をかけるわけでもなく、ただじっと見つめた。この光景だって、もう何度目になるかわからない。俺はもう、どのくらい同じ時間を過ごしているのだろう。数えるのも億劫になってしまった。
 ふと、思うことがある。明日になってシズちゃんが死んで、俺がタイムリープしなかったとしたら。シズちゃんは二度と帰ってこない。俺の名前を呼ぶこともない。でも、考えてみたらそれが当たり前のことなんだ。過去はやり直せない。時間を遡るだなんて、人間ごときが手を出していいことじゃなかった。罰が、当たったのかな。俺の一番大切な人を奪うことで、世界は俺に天罰を下したのかもしれない。そんなの、あんまりだ。ふざけるな。ふざけるなよ。ぎりり、唇をきつく噛むと口の中に鉄の味が広がった。血に濡れて冷たくなり、動かなくなっていくシズちゃんの死に際の姿を思い出す自分を殺してしまいたい。

「なあ。何かあったのか? ……泣きそうな顔してる」
「……なにも。なにも、ない、よ」

 声が震えた。馬鹿だな。泣いたって解決にならないのに。未来が変わるわけでもないのに。シズちゃんを困らせてしまうかもしれないのに。なぜだか泣きたくてたまらなくなった。どうしてだろう。痛くて苦しい思いをしているのはいつだって彼の方なのに。俺なんかがつらいなんて、思うべきじゃないのに。そっと手を重ねてくるシズちゃんの体温が心にやさしく染み渡っていく。生きてる。確かに生きて、呼吸をして。ねえ、やっぱりこんなのっておかしいよ。そうだろ。心の内で呟いても誰の耳にもそれは届かない。この世界には、俺ひとりきりだ。

「……俺、臨也の重荷になりたくない」
「え……?」
「今までたくさん迷惑かけて、心配かけて、……だから、お前がなんでそんな顔してんのかわかんねえけど、……もう、いいんだよ。俺のことで苦しまなくて、いいんだ」

 まるで最初からすべてをわかりきっていたかのように。どこか吹っ切れたような表情で。シズちゃんは驚くほど穏やかだった。彼にそれまでの記憶があるとは思えない。もし覚えていたとしても、それは夢のような淡いものでしかないはずだ。だから、そういう意味で言った言葉ではないのだと思う。でもなぜか。そのたったひとつの単語で、俺のしてきたことがすべて無意味になってしまったような気がして。俺の想いまで否定されたような気がして。何よりそれがつらくてたまらなくて。気づけば乱暴に引き寄せて腕の中に閉じ込めていた。シズちゃんが息を呑む気配がして、きつく、きつく。存在を確かめるように抱きしめる。俺の行動の真意など彼にはわからないだろう。これから自分が死ぬことだってわかりはしないのだから。
 やや不安そうにこちらに視線を向け、戸惑いつつもおとなしく身を任せてくる。愛しい人。失いたくない。どれだけの犠牲を払っても助けたい。俺にとっての世界は、シズちゃんなのだから。

「そんなわけ、ねえだろ……! 重荷なんて、二度と言うな!」
「……っ、……ごめ、ん」
「……俺の方こそ……いきなりびっくりしたよね」
「臨也……」
「ねえ、シズちゃん。どこか遠くへ行こう。誰にも行き先を告げずに、ふたりだけで」

 これ以上誰を傷つけることもなく、彼を救うことができるのだとしたら。俺は何度だってこの数日間をやり直してやる。もう見たくないんだ。目の前でシズちゃんが屍となって朽ち果てていくこの世の終わりの光景なんて。弱い人間で、ごめんね。堪えきれず流れた一筋の涙が頬を伝って落ちていく。俺はまた、彼を殺すのだ。



(110805)





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