「ここはどこ、私はだれー」
「知らん」
ヤツの顔は呆れまくっているというか、私が現実逃避し始めると現実に無理やり戻すが、なんと言うかヤツはムカつくほど頭が良い訳で、この状況をすでに私とは反対に把握してしまっている上で諦めているという顔だった。いや、マジでそんな早く諦めた顔しないでよ!って突っ込みたいところだけけれど今は自分の頭の中でいろんな事がこんがらんがってしまっていて、そこまで頭が回らなかったのだ。一時間前、たった一時間前まではちゃんとした自分の知っている場所にいて、笑いながら、話しながら女友達と一緒にいたはずなんだ。それなのになんだろう。この今の状況は。まるで天と地が逆転したかのような差だ。外の声さえ聞こえないのだ。そう、私たちは穴に落ちた。深くて深くて暗くて狭い狭い穴の中に落ちたのだ。
誰に笑われようともかまわない。私は間抜けだと宣言できてしまうだろう。あははは。私。ああ、どうか笑ってくださいよ。こいつ、バカだってね。ヤツに言ったらきっとまたバカにされるんだろうなぁ、って思ったら頭の中が何故か痛くなってしまった。頭が痛くて手が冷たくて、そういや真冬なのに、こんなところにいたら風を引く。不安ばかりが募っていく気がした。
それでも、まだどこか余裕があって安心できているのはヤツがいるからでヤツがどうにかしてしてくれると思っているからで。それと思い返せば、最近は滅多にヤツと一緒にいる時間が少なかった気がしたのだ。大変なことになったという気持ちと、突然のハプニングに嬉しい気持ちが、ズンズンと食い込んでくるように感情が襲ってきた。意味が分からない状況だった。
「ねー」
「あ?」
「ここから出して」
「無理」
「何で!」
薄暗くて薄暗くて、追い討ちをかけるようにここは暗くて、もし閉所恐怖症とか暗礁恐怖症とかだったら100%暴れまくっているだろうと考えてしまうぐらいだった。そうでなくても、普通に暗い所とか狭いところが好きな自分だとしても、やっぱりこの状況はいただけない。ハッキリ言えば我慢の限界になってしまう。こんなにヤツが目と鼻の先にいて、自分の体がどういう状態になっているのかすらも分からなくて、だから早々にここから出たいという願望をヤツに託してみた。それなのに無理と返されることに憤りを感じる。ヤツにかかれば、大抵のことがちょちょいのちょいで、ここからも簡単に出してくれるばすだ。
「携帯使えばいいじゃん!」
「俺、今、持ってないわ」
「なっ!」
「お前こそ持ってないんだろ」
「ぐッ・・・」
人の事言えないだろうという感じの目で(いや、暗くてそこら辺は分からないけど何か突き刺さる視線があったわけで)私はヤツだけを攻めることなど全く持って出来なかったわけだった。だって、ヤツが携帯を持っていないとか信じられないだろう。ありえなさ過ぎて恐ろしい。まあ、それでもきっとなんとかしてくれる。頭はムカつくほどに良いし、カッコいいし、あー!もう考え出したら止まらない。ムカつくー。何でこんなやつ好きになってしまったんだよ。この際、自分は他力本願。他人任せだ
ああ、数時間前までは、普通の暮らしをしていたのになぁ。懐かしいなぁ。
どういうわけか私たちは、誰かの手によってここに突っ込まれたわけで。いや、ここに連れられて来た前に何者かによって記憶を吹っ飛ばされたらしく、気がついたら目を開けたら、真っ暗闇で狭くて狭くて呼吸をするのも一苦労。そんなこの場所にやって来ていて、何でなのか意味が分からなくて泣きそうになったとき、私以外に誰かがいることに気がついて、というか、ぶっちゃけ思いっきりその人物の上にのっかてひとり混乱していた状態だったのだ。私は。
そして、未だにヤツの上に乗ったまま、私は唸る。
「なんかさー」
「つーか、お前重い」
「・・・(死ね!)」
「あー、何(てめーが死ね)」
「あのね(重くて悪かったな!)」
「おお(だいたい、お前食いすぎ)」
「あのさ、ここどこですか(えへ)」
「知らん(気持ち悪いからやめろ)」
「ここどこー(ぐへへ)」
「あー(完全に逝ってる)」
ぐずぐず、鼻水でそうでヤバイ。だけど手は全く動かないし、というか寒くて死にそうだし、鼻水で手不細工顔になっているところヤツに見られるのかなり嫌だし、早くここから出たいよ。お母さーん。助けてください。
そういえば、昨日の夜はあんまり眠れなくて一晩中、羊を数えていた気がする。退屈な夜を過ごして、つまらない朝日を見たのだ。寂しかったんだろうか。全く眠れなくて疲れた。私は1人でも平気なはずなのに。思ったら悲しくなった。うがー、と思いながら目を閉じてみた。真っ暗で真っ暗だった。そして目を開く。少しずつ慣れてきたのか、目は馴染んできた。辺りを把握することが容易になってきた。
目を開けたからと言って、電気の明かりが見えるわけでもない。傷心している心が痛い。だけど、何だかさっきからもぞもぞと下から服の擦れる音が嫌に耳に入ってきて・・・
「ギャー!」
「うるせー」
何かと思えば、もぞもぞゴソゴソ動き回っていたのはヤツの手だった。私とは全くの真逆。ヤツの手はあったかくてしかも動き回れるほどの余裕があったらしく。しかし何だ。
「どこ触ってんの!」
「あ、どこ?」
「・・・触るな!」
「悪い、暗くて見えない」
「ギャー!また触った!」
何かの罰ゲームみたいに、ヤツの手が服の中に入り込んでいてお腹辺りを撫でていて、それがかなり、こしょばくて仕方がなくてまるで優しい愛撫を受けているという感覚だった。それも、偶然ではなくてわざと触っている気がするのは何故だ。暗闇になれたかといって、まだヤツの顔はまともに見えないけど、きっと悪戯をしているときのようにニヤニヤと笑っているんだと瞬時に何も考えなくても分かった。
「変態!痴漢!死ね!(犯されるー!)」
「言っとけ」
「マジ、やめて下さい!」
「そうだな」
「・・・は?」
気が抜けるような声が出て自分でも本気で意味が分からなくて、何でこんなにもあっさりと引くのだろうかと思ったけれど、その声を聞いた途端ヤツが小さく喉を鳴らして笑った。
ハメられたと今更ながら気がつく。何て可哀想なんだ。自分。
「なに?お前ヤッてほしかった?(マジ面白いんだけど)」
「ウギャー!違う、断じて違う!」
「どうだか」
「(信 じ て よ !)」
何だか涙が出そうになった。これほどにショッキングなことが立て続けに起こる今日というこの日は最悪な1日なんだろうか。その最悪な1日は朝日を見る前から布団に入ったときから始まっていたんだ。そうだ。全てが現況なんだ。寝不足がたたって、だから足元がフラフラとしていた。こうもあっさりと誰かに襲われこんな穴に落とし込まれてしまったのだ。ん?じゃあ、ヤツも同じように拉致られ穴に投げ込まれたんだろうか。んん?もしや、ヤツが私をハメるためにこんな事をしたのか。いいや、違うな。さすがにこんなことしない。首謀者はどれだけ暇人なんだ。私をハメるためにこんなことまでするのか。聞けば、ヤツは部屋で1人寝ているときに襲われたらしい。そして気がついたらここにいて、私が上に乗り上げ唸っていたらしいのだ。
これは立派な犯罪だ。
「ああ、そろそろ来るな」
ヤツは「惜しい」と言いながら(何が惜しいのか聞きそうになったけれど、聞いたらまた笑われそうなので、というか聞くことが恐ろしかったのでやめて)この状態でボサボサとなってしまった髪の毛を指で整えているようだった。いつもなら、その1つ1つの仕草に目を奪われて、ぼーっとしてしまうのに今は気にいらなくて、というか違和感を感じた。
気になるのはヤツの言葉だった。
「だ、誰が来るって!?」
「俺とお前をここに連れ込んだ犯人」
「何で分かるの」
「少し考えれば分かるだろ」
「・・・(そんな事分かるのあんただけだ!)」
「分かんないのかよ」
はぁ、と溜息をついたヤツ。
溜息をつきたいのは私だと思った。
「犯人は俺たちを2人っきりにしたかったわけだ」
「何で」
「まあ、大きなお世話だけど」
「へ、何が」
「つまり、俺がお前を好きだからっつーこと」
暗くて暗くて、眩暈がしそうなほどの閉塞感。よどんだ空気にこれは夢だと思いながら、それか悪戯だと自分の中で言い聞かせながら、そうじゃないと心臓が爆発してしまうほどにタチが悪いほどの衝撃。本当に死んでしまいそうになる。
「・・・い、意味がわかんな」
「分かれ」
「無理!」という言葉は声にならなくて、何故なら、私の口はヤツによって塞がれているのだから。私の首に回ったヤツの手が強引に下へ引き寄せていた。そしてもう一つの手は私の腰に添えられ固定する。
無理な態勢に思わず、拒絶し飛び起きようとするが、ヤツは動くことを許さない。動くことがまったくできない。強い力が首と腰に巻きつく。
まあ当たり前だが、心は本当に落ち着かなくて、ただただ呆然としていて、自分は何をされどうすればいいのかも分からなくて、ただただ、されるがままになっていただけだった。
無駄に近くなってしまった距離が心臓に悪い。
「やぁ、やぁ!2人とも、元気だったかい!」
真っ暗で深くて狭いこの場所に光が差し込んできたのと同時に聞き覚えのある声と笑い声が響いた。目がまぶしくてちゃんと上を見られないが、全力を振り絞ってパッチリと目を開けて、ハッキリと見る。ヤツはいつのまにか私から随分離れてしまっていて頭を押さえるようにして首に巻き付いていた手と腰に添えた手は私から消えていた。ヤツも頭痛がするのか、頭が痛いのを我慢なしているように見えた。そして「来た」と一言発しただけだった。
「おやや、どうやらこの2人まだ友達のままだしいよ」
からかうようにニコニコ笑顔の友の姿。かなり気持ち悪くて、何も言葉が出なくて、その内、ヤツが、下でもぞりと動いて私をはじき落とす。なんて仕打ち。先ほどまで、そっちから強引に密着してきたというのに。
「大きなお世話だっつーの」
「君がもたもたしているから手を貸してあげたんじゃないか」
彼等のやり取りを呆気にとられて見ていただけだった。
だって、一体何が起こったのか、未だに私の中では整理が付かなくて、頭の中はパニック中で大変なのだ。
だけど、顔を上げると友が「良かったね」と微笑んだ。
何が《良かったね》なのかわからない。
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