夢の世界に消えた君の、







もう少し、もう少しで 夜が明ける

そして、私は、来るときを思って誰に向かってでもなく「バカ野郎」と呟くのだ






外が明るくなるにつれて、そわそわして、じれったくて体の底から焦りが出てきてしまっていた。今この瞬間に、こんなことになっているのはきっと世界に私だけなんだと思ってしまうほど孤独だった。孤独が押し寄せてくる。世界は面白いほど、ぐっすりと眠っていて、だけど、私は全く眠れなくて一晩中何もせず、ぼーっとふとんの中に入り込んで丸まって、時計の音を聞きながら早く夜が明ける事を望んでいた。この世は気持ちよさそうに寝ているというのに。現実だ。そう、あの鬱陶しい満月が消えてくれますようにと。途切れることのない真っ暗の夜を明るく灯す月。空を睨みながら願い続けた。無意味なことなのだが必死で願っている。自分でも馬鹿なことだと分かっている。当たり前なことだけど、何も変わらない。こんな事をしても、やっぱりあの満月は消えてはくれない。それよりも、私が夜を明かして、目の下に醜いクマを作っているとしたらば、彼を悲しませ困らせるだけとなってしまう。それでも私は彼のために何かしたくて仕方がなくて、これは私のエゴで自己満足で、意味などないことだと知っているけれど、あの満月を殺せるのなら何だってするんだろうと思う。ああ、どうしよう。こんな顔見られたらまた彼が悲しんでしまう。苦しめてしまう。私は彼に笑顔でいて欲しいのに。でも、眠れないのだからどうしようもないじゃないか。


消えろ、消えろ
どうか、彼の目にもう入ってこないで。
これ以上彼を苦しませないでよ。


涙が出てきそうになるけど、今1番辛いのは彼で私じゃないから涙は出さない。いつも1人で頑張って孤独を感じて自分を傷つけているんだ。それなのに悲しい顔を見せない彼は強いのだと思ったけど、それは違ってた。全て1人で抱え込んで溜め込んでパンクしてしまうまでその辛さに耐えて限界が来ていることに気づかず過ごしている。弱音を吐いたり助けを求める術を知らないだけだ。私がそれを彼の代わりに背負ってあげたいと何度も思った。だけど、そんなものは出来るはずがない。私に出来るのは彼の傍に居ることだけで、無力な私にはそれしかできない。私には何をすべきか分からないから何時までも足場が定まらない場所で足掻き続けるしかない。何かしなければという焦りが日に日に表情に表れて、足掻いているだけの私を止めてくれたのは紛れもない彼だった。彼は苦笑いをして「大丈夫だよ」と言って私の頬にキスをしてくれた。その時、私は何をやっているんだろうと自分を殴りたくなっていて、私は弱くて情けなくて世界で一番非力な人間だと思えてしまった。
同時に、涙が溢れて優しくその涙を拭ってくれた彼にまた愛しくなったのだ。



カチカチ、と鳴る時計の音が鳴り続けている。
今日もきっとあちこちに傷をつけて苦笑いをして帰ってくるのだろう。
それだけが、その繰り返される場面だけが、私の閉じた瞳の中に鮮やかに映し出されていた。


私が願った幸せは私が目を閉じたときにだけ現れる。

お願いだから、彼を苦しませないで



彼は、心の底から笑っていて、私はその彼の笑顔にドキドキしながら横で笑っている。そして、どちらともなく手を繋ぐ。「行こう」と言って、彼はどこまでも私と一緒で導いてくれる。そして、辿り着いた先には、幸福が遅いよ、という表情で待っていてくれるのだ。ここには暗闇も悲しみもない。ただ、笑顔とあたたかさと幸せで出来ていて、満月の夜には空を見上げて他愛もない会話をして過ごしていくんだ。彼は自分を傷つけたりもしないし、無理に笑うことも、他人と距離を作ることもないし、満月におびえることもないのだ。満月を見て「綺麗だね」と言うのだ。そんな些細な事を何で出来ないのだろう。どうして満月はこんなにも残酷になるのだろう。




満月の夜は嫌いだ。大嫌いだ。
そして、明けた朝は怖い。彼がいなくなっていないか心配で、死んでしまっていないか不安で、朝一番に彼のもとへ飛び込んだ。
その先に、傷を作った彼がいるのを見て力が抜ける。良かった、彼はいると安心して、私はやっと満月から解放されるのだ。そして、また一月後、満月はやってくるという不安に囚われてゆく。



もしかしたら、いつか彼が帰ってこなくなるかもしれない。

もしかしたら〜、という仮説は、現実にありえた。
次はいなくなってしまうかもしれないと考えてしまう。
神様仏さま。この世の全ての「信じる者は救われる」とか何とか。





ふわぁと、体が浮いている感じがして酷く恐ろしい。まるで、私自身の存在が消えてなくなっていくような感覚だ。ここは、どこだろう。なーんにも見えない。ただ、真っ黒い世界で視界は何も見えないのだ。


ああ、そうか。ここは夢の中なのかもしれない。目を閉じているから何も見えないんだ。真っ暗で視界は何も見えないはずだから、私の目は今は開いていなくて何も見ることがない。こういう暗闇に彼はいつも1人で耐えているのだろうか。

彼は今日も無事だろうか。また会えるだろうか。何故だか知らないけれど、そんな不安が襲ってきて、今すぐ彼の元に走って生きたいのに目は開かなくて体は起き上がれなくて、覚醒できない。ただ動き続けているのは私の心臓と思考だけだった。彼、彼。


どうしよう、私はどうなってしまうのだろうか。ずっと、この暗闇の中から出て行けないのだろうか。




夢?




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「おはよう」



遠い、遠いどこからか聞こえてくる声に耳を傾ければ、それは彼の声だということに気がついた。いつからこの声は聞こえていたのだろうか。ゆっくりと力をこめて目を開ければ、そこには今まで、ずっと私が求めていた人の顔が目の前にあった。じっと、こちらを見ていた。起き上がろうとしても、頭がぼんやりとして体が鉛のように動かなくて、まだ起き抜けで焦点が定まらなくて、その事に私は今まで本当に眠ってしまっていたのだということに気がついた。寝ずの徹夜で彼が帰ってくるのを待つことを決意していたのに、やっと、夜が明けて彼に会えたのに、寝てしまっていたなんて。なんていう失態だ。しかも、こっちが心配していたはずなのに、私の方が今、彼に心配されているようで「大丈夫?」と顔を覗き込まれている状態じゃないか。



「お、おはよう・・・」



やっとの事で、起き上がって無理やりにでも目を覚ます。そして、ふと思うのは今は何時なのかということだ。私の記憶が正しければ、まだ明け方の時には記憶があって眠っていなかったはずだ。けれど、この晴れ渡る頭の具合からして軽く1時間は寝てしまっているかもしれない。ああ、満月が明けた日には、こんな風に過ごしてもいいじゃないかという気持ちにもなって、彼にまた会えたということに幸せを感じて、またまた夢の中に陥ってしまいそうになる。それとも、今この状態さえも夢の中なのかなあ、なんて。ていうか、彼はどうしてここにいるんだろう。どうやって入ってきたんだろう、ああ、やっぱり夢かぁ



彼の顔をうかがえば、心配そうな顔をしてこっちを見ていた。視線をはずせば、彼の腕には大きな絆創膏と包帯があった。やっぱり、夢ではないんだ。満月の日が来るということも、明けたことも苦しみが残っているということも、私が爆睡してしまったということも、未来も、全てが夢ではないんだ。



「ごめん」
「何が、ごめんなの?」
「待ってたのに、寝ちゃったから」



ああ、私はさっきまで一体何の夢を見ていたのだろうか。思い出せない、だけど、どこか幸せであたたかくて心地の良い夢だった気がする。こうやって、彼に呼ばれて起こされても何だか夢がまだ続いている気がするのは何でだろうか。




「いいよ、もう無理して僕を待たなくても」


それは確かに私の耳に届いて、私に向けられた言葉。私にとって、待つということは何の苦でもない。待つことさえゆるしてもらえないとすれば私にはもう安らかな眠りは訪れない。そんな気がするのだ。夢でもう彼には一生会えないとさえ思うのだから、待つことはもう私の心のよりどころなのだ。まぁ、睡魔には結局勝てないこともあるのだけれども、私は満月がこの世界から去る瞬間に起きていたいと思う。でも、それを彼は分かっていない。彼はもう、これ以上周りの人に迷惑をかけたくないと思っていて、申し訳なさそうに、悲しそうに「ごめん」と呟いているのだから、私の気持ちを知るわけがないのだ。私は、彼の事を迷惑だ何て思ってもいないし、負担にもなっていない。彼がいるからこそ私は、今ここに存在する。目を覚ますことが出来て、この世界に感謝が出来るのだから。唯一、私が消えて欲しいのはあいつだけだ。



「待つよ」
「でも」
「いいの、これからも、ずっとずっと先も私は寝ないであなたを待ってる、私は待ってるから。だから」



だから、傍にいて。何があっても、私の傍から離れていかないで、自分が迷惑をかけているからと悲しそうな顔をしてまた私の元から去っていかないで。


伝えたい言葉、それはちゃんとした声と言葉にならなくて彼の耳には届いていないはず。じ、っと彼を見ていた。だけど、目頭が熱くなってきて涙が溢れてきそうになってしまう。


心の中も頭の中も思うことは1つだけで、彼とずっと一緒にいたいということ。何だか分からないけれど恥ずかしくて口に出せない。だけど、彼は少しだけ嬉しそうに微笑んで溜息を吐いて小さい声で「しょうがないなぁ」と呟いた。その瞬間、私は自分のものとは違う温かさを直に感じて、そして一気に目が覚めてしまった。ああ、これは夢!?いや、違う、これは夢なんかじゃない!今、私は彼に抱きしめられているのだ。




「このまま寝ちゃおうか」
「えっ」
「いいよね」
「あ、そ、それは勿論。でも、その前にさ、今、何時?」


一体、私は彼に起こされる前まで何時間寝ていたのだろうか。ああ、恐ろしい。何て睡魔とは恐ろしいんだろうか。寝ようと思っていなくても気がつけば、眠ってしまっていて思い出そうとしても記憶が突然とプツリときれてしまうのだから怖い!


そんな、戸惑っている私を尻目に彼は不適に笑って「さぁ、何時でしょう」と返事をしただけだった。「何、その返事!」という私の抗議の言葉は虚しくも無視されてしまって、今度は2人そろってベットの上に横たわって手を繋いで夢の世界へレッツゴー!という感じだった。



「全く目を覚まさないから心配した」
「え?」
「お願いだから、僕の傍からいなくならないで」


ぎゅ、っと握った手から伝わってくるのは彼の温かさと心細そうに震える体の震えだった。そうか、そうか。彼は私を心配してくれていたんだ。本当ならば、私が待っていて私が彼に会いに行って抱きしめているはずだったのだ。けれど、それは出来なかった。そして、私だけが思っていたことじゃなかった。彼も同じ気持ちだったのかと思うと自然と笑みがこぼれてくる。大丈夫だ。うん、私はお願いされなかったとしても、彼の傍を離れたりなんかしてあげない。

だから、私たちはきっと何があっても、ずっと一緒にいられる。繋いだ手を、強く握り返して彼にも伝われと願った。



「ねぇ」
「んー?」
「好き」


どうやら、私の気持ちは伝わったようで、赤くなる頬を毛布で隠しながら私はまたもや目を閉じた。今度もまた先ほどと同じ夢を見れたらいいなぁと覚えていない夢に夢を見る。そう願ってしまう。きっと、幸せな夢だったに違いない。そして、今度は彼も一緒だから、とても素敵な夢が見られることだろう。

ふいに、夢の世界の扉が開きかけていた私の耳に、彼の声が聞こえてきた。





「君の寝顔ね、3時間見てても見飽きなかったよ」



おかげで、夢の扉は一気に閉じた。一瞬にして目を開くことが出来た。なんてことだ。
繋いだ手から伝わるのは、彼の笑いをこらえているかのような体の震えだった。





















(夢の世界に消えた君の、寝顔は僕を救ってくれた )








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