「トム・ブライアンさんにお手紙です」
「お前、いい加減さ、いきなり現れて目の前に突き出してくるのやめろ」


間髪をいれず、目の前の携帯ゲームから目を離さず、長い足を組んで、どっかりと座り続けているトムは、真っ白い手紙をつき出した私にひと睨み返した。






L O V E  L E T T E R*
さあ、さあ、わたくしが何でもお届けしますよ





「ほほほ、モテル男は辛いねぇ」
「ババアみてーなこと言うな」
「(ばばーじゃねーよ!)ほれ、受け取ってよ」



















再度、トムの目の前に白い手紙(小さく、トム・ブライアン、と書かれた文字の方を向けて)を突き出す。にっこり、と微笑むのも忘れずに。自分でも性質が悪いなと思ってしまうほど笑顔で、それと反対に嫌になるくらい心の中はどす黒いのに。


外は、今にも雨が降り出しそうな感じだった。

何で、どうして私が、トムへのラブレターを渡さなければいけないのか。もう、そんな事を意味もなく考えるのも嫌だ。私はただ単にトムと仲がいいのだ。それだけ。その仲の良さと、頼みごとをしやすい日本人気質が合わさって私はよく彼のファンの女の子から声をかけられる。始めのころは、女子から嫌がらせの数々を受けたのだけど、私が恋敵ではないと理解すると彼女たちの切り替えの早さは目を見張るものだった。それ以降、彼の友だちである私は、利用される立場となった。女の子がしたためたラブレター。それをトムへ渡してくれと頼まれたり、待ち合わせやデートの取り付けなど、私を介して行われた。
初めの時に、ハッキリ断ればよかったのに、と後悔しても遅くて。だって、「トムとは友達なんでしょう」と言われた事を否定できなかったから受けるしか道がなかった。私はトムが好きで、でもトムはきっと、いや100%私のことなんて好きじゃない。友として、くだらないことで喧嘩をしたり時には一緒に寝転がったり、共に追試を受け、遊び、悪戯を計画しあう、ただの友達。ムカつくけど、そのポジションだけは誰にも取られたくないんだよ。ちくしょう、文句あるか。


破ってやりたいよ、こんな手紙。トムになんか届けたくないのに。



「ったく」


携帯ゲームから目を離したトムは、笑顔過ぎる私に恐れをなしたのか(いや、そんな事はないんだろうなと思うけど、今日はいつもより素直だから。)正直、吃驚してしまったのだ

私の手の中からするりはなれていった白い手紙。裏面を見てトムは少し驚いたようにも見えた。裏面には何も記載されていなかったはずだ。なのに何故?

そして、ビリビリと必要以上に音を響かせながら真っ白い手紙を開けていた。うっすらと透けて見えた中身。たった1行だけの短い文だった。内容までは見えない。一体、この手紙はどれだけトムを動かすことが出来るのだろう。今まで無関心だった彼だけに、このいまの食いつきようは、本当に分かりやすい変化だった。無性に悲しくなってきて意味もなく笑えてきて、こんな他人の恋路を応援など、バカな事を繰り返している自分自身が情けなく思えてきた。


「マジか」


そう呟いたトムの言葉に何となく、いや間違いなく私の脳天は、何者かによってライフルで撃ち抜かれたようなそんな気になってしまった。衝撃が強すぎるのだ。トムがラブレターと言うものを貰ってこういう反応をしたのは、私が知る限りで、初めてなのだろうから。



しかし、これを自分に託したのは一体だれなのだろう。私は、これをトムに渡すように言伝を第三者から賜っただけだった。気になる子なの?と、今すぐトムに突っ込みたいけれど、やっぱり何かが邪魔をしていて「てめーに関係ないだろ」とかそんな言葉をつき返される気がして怖かったのだ。というか、間違いなくトムならそう言うに違いないし、そもそもこの手紙を届けた私自身が誰からのラブレターかも知らないなんてありえない。ありえないだろうけれども、本気で知らないのだから仕方がなかった。だって、私は差出人を見ていない。



今朝、私がまだ夢と現実世界をさまよいながらも、口だけはもぐもぐと動いてパンを頬張る私の前に手紙は現れた。友に貸して帰ってきたまま放置していた本の中に挟まっていた手紙。最初は何だ、麻薬取引か!とか悪戯か!とか思って、迂闊にそれに触れなかったけれど(おかげで目が覚めた)よく見ればそれは手紙で、しかもトム・ブライアンへと書かれている文字が目に入った。その時、あたしは持っているパンと一緒に食べてやろうかと思ってしまったけれどお腹を壊しそうなのでやめておいたのだ。

しかし、何度、裏返しても、またひっくり返しても、その手紙には差出人の名前がなくて、きっと書き忘れたんだと思うけれど受け取ってしまった以上は渡さなければいけない。自然と溜息が流れ出てしまう。兎に角、この手紙はきっと内気で健気な女の子が、トムへの手紙を私に託したのだ。


しかも、その子は私にさえ直接渡せない程に小心者なのだ。保護すべき対象だと強く思ってしまう。ああ、私という人間は、何て良い奴なんだろう。(違う。本当は誰よりも臆病で自分の気持ちを隠して、トムに何食わぬ顔でラブレターを渡している私は大ばかで卑怯者なんだ)




「その手紙、誰からだったの?」


喉元から絞り出す声だった。


不思議そうな、だけど何かを含んだような意味深な顔で、トムはその手紙から目線を離して私を見つめた。



「返事も届けてくれんの?」
「返事?」
「そ、返事」


私の質問は全くの無視で、トムはヒラヒラとラブレターを見せびらかしていた。
私はというと、初めてだった。トムが返事をお願いしてくることに。そのことに、頭の中はもう既に死んでいる絶望状態だった。そうだ、トムはこの手紙の女の子が好きなんだ。でも一体、誰だ?封筒には名前は書いていなかったはずだけど、トムは封筒を見たときから気がついていた様子だった。


「あ、あのさー、私、この手紙の差出人知らないんだよね」



逃げ道がなくて、目のやり場がなくて、トムを見るわけにもいかないし。ラブレターなんか、今この世で一番憎い存在で、抹殺したいものだったから睨みつけていた。




「だから、トム自分で言ってよ」
「俺も好き」
「・・・・・・・・・・は、?」
「これが返事」


走って逃げてやると言う、固い決意に手を握り締めていた私も空しく、トムはそのラブレターへの返事を告げた。
聞きたくなかったのに無理やり聞かされてしまって、というかさっきからトムは私の発言を全く持って、気持ちいいくらいに無視していて悲しかった。その上に、またどすんと悲しみが溢れてきた。やばい、泣きそうだ。






「は、はは。そっか、そっか」


よかったね、両思いですか!もう、どうにでもなればいい。バシバシとトムの肩をオバサンのように叩いて私は笑っていた。


「でも、残念。私は返事を届けられないからさ」


今度こそ逃げてやるという変な意気込み、気合を入れた私は後ずさっていく。トムの前から一歩一歩はなれていった。きっと、今の私はマイ○ルジャクソンのようにコミカルに華麗にステップを踏んでいた。・・・・はずなのに、うまく歩けなくて足がもつれそうで仕方がなかったわけで。だけど、そんな私を見て、トムはダンッと言う音を立てて組んでいた足をほどいて、すっと立ち上がった。


「あのさ」
「な、な、何ですか!?」
「お前、挙動不審なんだけど」
「ほっといて!(泣きそうだよ!)」


もう、早くここから逃げたい。それだけが私の頭の中にあって、立ち上がったトムの意図など分かるはずもなく考える余裕もなかった。




「返事は?」
「だから、届けられないってば!」
「いや、もう届いてるんだけど」
「・・・・は?何言って」


不意に、ヒラヒラとトムによって宙を浮かぶその便箋。それに目が奪われた。
そして、私が見たその真っ白いラブレターの便箋の中央に小さくだけどハッキリと書かれていた1行の文。

その文章が、頭の中を猛スピードで駆け巡っていった。


『私は、トムが好き』


目が点になる、ということとはこういう事なのか。私は今身をもってそれを体感してしまった。

そう、それは紛れない。よく知っている人物の字で、というか私自身の字だった。いつだったか、ずっと昔のこと。私はトムに告白しようと決意して面と向き合って言うのも出来なくて悩んでいたとき、真っ白い手紙に向かって一言、トムへのラブレターを書いていた事をふと、脳内を未だに駆け巡っている字によって思い立たされた。まあ、結局その手紙はトムに渡すことが出来ずにその時読んでいた簡単で面白くもない小説に挟んだままだった。そして時間が経って、ついに今の今まで忘れてしまっていたと言うわけで。

その本を友に貸してしまったのが運の付きか。

「ぎゃー、か、返して!」
「やだ」

きっぱり、手紙を奪い取ろうとして伸びた手は宙を掴み悪戯っぽい笑みでトムが私を見下ろした。


「なんで、この手紙がこんな所に・・・!」


確かに、封筒には名前は書いていなかったしどこにも書いていなかった。それなのに、何でトムは私の書いたものだと分かったのか。そもそも、いつものトムなら読むこともせず、捨ててしまっているというのに。



「さて、お届けご苦労さん」


にやり、笑ったトムに私の顔は赤くなっていくのを嫌でも感じてしまって、それと同時に3日前の友のあの笑顔を思い出した。

そうだ、確かあの簡単で面白くもない小説を確かに、友に貸してしまったという事実。
そして、3日前、友は本を返しながら何故か不敵に笑っていた。
私に向かってにやりと笑った気がする。そして、他の友たちも、にやっと笑った気がする。その時は、何なんだこの人たちはと変に思っていただけだったが、今となっては全ては繋がってしまっていた。



「恥ずかしくて死にそう」


そう呟く私の頭をコツンと意味もなくトムは叩いて「バカ」と一言言った。

ヒラヒラ、トムの携帯ゲームの上に便箋が置かれた。その便箋の下に置かれた封筒のはしっこがはみ出て見えた。、そこには、私が見たときには何も書いていなかったはずなのに、今ハッキリと文字が書いてあった。封筒の裏面のはしっこにあった字。それは私の字ではなかった。どこかで見たような字。たぶんおせっかいな友のものであろう字。









トム・ブライアンへ


『さくら・七瀬より』













彼にしか読めないラブレター






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