「怪物の呻き声かと思った」
「あー、太郎」


予想していた通りの人間がいた。








笑う人









早足で自らの用を達すために図書館に向かう。
それは人生を崩壊させる危機に値するに間違いない。

太郎が辿り着いた時には既に図書館からは初めから最後まで奇妙な笑い声とは言えない声が響き渡っていた。
その奇妙な声に導かれるようにして足が進んでいく。
別にそれに導かれたわけではない。
だけど治まる気配を感じさせないその声に少しだけ気になった。
同時に面白いほど気も遠くなっていく。

図書室に太郎の乾いた足音だけが時を刻むように響いた。
使命を果たすため太郎は竦む足を進める。
怪物は目の前に。
武器は生憎出張中だった。

怪物の姿を確認すると自然に溜息が出てきてしまって、そして彼女の腕の中にあるモノに目がいってしまって、一瞬呼吸をする事を忘れてしまったような事態に陥った。



「怪獣の呻き声かと思った」そう言って太郎は、にへら不気味に笑う(たぶん本人にはマリア様のように微笑んでいたのだと思うが)さくらの隣の空いている席へ腰掛けた。



「そんなもの見たらいけないよ」
「どうして」
「そう言われると言い返せないんだけど」
「じゃあ、言い返さなくていいよ」


ニヤニヤ、口元を緩めるさくらが中年の親父に見えたのはここだけの話だ。
太郎は頬杖をついてあさっての方向を見つめ、それから自分が何故ここに来たのかと、先ほどまでの自分の使命を忘れかけてしまっていることに気がついた。

本気で、さくらといると可笑しくなりそうだ。



「うわー、過激」



今にも鼻血を噴出しそうな隣に座る、はたから見れば純粋な少女が持っているものを凝視する。
さくらだって女のはずだ。
いや、女だ。

疑ってしまうのは自分が可笑しいのか、それともそう思わせるさくらが悪いのか。
妙なところで太郎の頭の中は何かと戦っていた。


「それ、どうしたの?」
「うーん?」
「もしかして、・・・さくらのかい?」
「うん」
「・・・」
「何、本気にしないでよ」


爽やかに、聞く方が可笑しいのだと分かっていながらもそのさくらのにやける顔につい質問してしまったのは、もうこのさいどうでもいい。
だけど冗談にもほどがあるだろう。
何せ、さくらが持っているのは世の中の男の必需品である「エロ本」雑誌なのだから。
こんな物、さくらが持っていれば吃驚するだろうし、世間では純粋、か弱い女の子と渡り歩いているさくらがこんなものを持っていれば彼女のマニアックなファンは失神してしまうかもしれない。
いや、まてよ。反対にこれは彼らにいい刺激を与えるのかもしれないじゃないか。

どこからずれだしたのか、変態のような妄想が大きく膨れ上がっていく太郎を目の前にして、裸のお姉さんの姿が飛び出してきた。
慌てて共にずれていた眼鏡を中指で上げる。


「太郎、いる?」
「それは他の人の物だよ」
「欲しくないの?」
「いらない、いらないから、早く目の前からどけてくれるかな?それと、元の場所に戻しておいて」


文句を言いつつも、さくらはテーブルにエロ本をスライディングさせて数メートル離れた場所へと吹っ飛ばした。
彼女から聞けばエロ本は今いる場所からそう遠くない場所に無防備にも置かれていたらしい。
そして、そこへ偶然見つけたさくらによって回収され、ただ今すっ飛ばされていたらしい。





「今頃、困ってるかな」
「誰が」
「エロ本愛用者」


悪戯っぽく笑うさくらの目。語尾にハートマークが見えていた気がする。
その答えは分かっていたが、これからおこるであろう恐怖に太郎は身震いがした。
そして、精密に回ってくれない頭が痛いほど焦っているのを感じた。
きっと、エロ本の持ち主が現れるまで彼女はこの場所から立ち去らないであろう。
そんなに愛用者の顔が見たいのだろうかと不思議に思うが、どうやらエロ本の内容は中でも過激なものだったらしく、さくらは思い出したかのようにニヤニヤ笑っていた。






「そういやさ、太郎は何しにきたの」





そうだ、自分はここになにをしに来たのだろうか。
思い出せない、思い出せない、思い出したくない。


早くここから立ち去らなければ、それだけが真っ白な頭の中に渦巻いていて


「さくら、教室で亜紀が待っているよ」


「戻ろう」と言いかけた瞬間、世界の終わりを告げているかのような足音が図書室に響き渡った。
今ここにいる生徒は太郎とさくらだけで。
ここにくる理由が100%分かっている生徒は太郎の中では1人しかいなかった。




なんて間が悪いんだろう。
それとも、運が悪いのか。



だけど決定的に友の人生はこなごなに崩れ去るに違いない。
最後まで追い込まれたとき、人は神に祈るという事をふと知った。


「太郎!俺の貸したエロ本あったか?」


その瞬間、さくらのまとう空気が変わった気がして
どうやら、シュウからさくらの姿は見えなかったらしく、近づいて来たシュウの目にやっと焦りが見えていたようだ。
だが、すべてはもはや終わっている。


きっと、今ここで全てを知る自分の顔はいつものように爽やかに笑えているだろう。
太郎の眼鏡が窓から差し込む太陽に光にキラっと反射していた。







「シュウ、そこにスライディングさせたよ、さくらが」







青少年の悲劇?












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