フラフラ、フワフワする心

どうにも出来ない今の自分に

どうしようもなく泣きたくなってしまった




だけど、空を見上げたら涙と鼻水が流れ出しそうで





「お前、何してんの」
「あ゛ー、私もう、死ぬかもしれない。ていうか、どっか逃げたいよ」



ほんの少し前までの、あの冷たい風、寒い季節が嘘のように、快晴と言えるぐらいの透き通る青空の下、春の陽気に包まれているようだと感じてしまった。静かに季節の変化を知る。温かな午後の昼下がり。これからバラ色の人生が始まるであろう若者が、断じて言う言葉ではないことを口走った彼女の横に彼は、溜息をわざとついて腰をどかりと下ろした。けれど、その腰が下されたところは、少しばかり湿っていた小さな草がボーボーと生えていて、彼の重みで、それはくしゃ、っと小さく悲鳴をあげたかのように、倒れていった。それを、彼女は不思議だなぁと思いながら見ていた。不意に、心地よい季節の到来に、嬉しさと寂しさが溢れだしてしまって、何故だか鼻の奥がツーンと痛くなってしまった。寒さにやられた人間たちは、この季節を待ち望んでいたかのように外へ飛び出して、楽しそうに笑うのだろう。そんな姿がちらつく。だけど今、小さな草たちの悲鳴を聞いた彼女は違った。誰も気がつかなくて当然。そんなことは、ハッキリ言えば、どうでも良く、未だにうだうだ考え込みすぎて暗くなっていることが嫌だった。ついでに、彼はそんな彼女を見てまた溜息をついていた。負のオーラを鬱陶しいほど流れ出す、ボサボサの黒い髪の彼女。その頭を不器用にかき回し始めるとボサボサが余計にボッサボサになってしまって、さすがに彼女から抵抗される。彼女は、「うぎゃー」とか力ない、やる気のない悲鳴をそこらじゅうに響き渡らせた。必死に、彼から既にボッサボサの髪の毛を守ろうとしている姿は何ともちっぽけに見えた。



「何するの!」
「何となく」
「何となくで人の髪ボサボサにしないでください」
「元からボサボサだったくせに」
「ひどっ!」
「あー、眠い」
「・・・(こんちきしょう)」


彼の余裕たっぷりの横顔。ザワザワと世界に音を立てながら、悠遊と自由に旅する風が、彼女には、羨ましく見えた。それにしても、頭が割れるように痛い気がするのは気のせいなんだろうか。もしかして昨日お腹を出したまま眠ってしまったせいかも知れない。風邪でも引いてしまったら本当に最悪だ。こんな事ならば、お母さんの言う事をちゃんと聞いておけばよかった、と後悔する。彼女は、一晩の間に、ベットから何度も落ちるし、寝相はいい方ではない。なので今更、後悔しても長年の慣れと癖というものは簡単には治ってはくれない。ポカーンと意味もなく、口を大きく力なく開けていた。ああ、まったくもって気が抜けた。妙に肩が重い。遠くか近くかは分からないけれど、楽しげな女子の笑い声が聞こえてきて、優しい風が吹いていて、青春だなぁって思わせてくれる匂いがツーンと痛くなった鼻を掠めていった。やっと、寒さから解放されて、明るさを取り戻せる季節なのに、何故か今回だけは来て欲しくなかった。現実を容赦なく突きつけられた気分だ。というか、本気で風邪引いていたらどうしよう。


「あのさ」
「あー?」


途切れ途切れ繋がっている会話。
ぐるりと半回転して、どさりと勢いよく寝転がった彼女は、ぼうーっと青い青い澄んだ空を睨みつけて、間抜け顔で空を見上げていた。その、彼女の様子を彼は先ほどから、何も言わないでずっと無表情で見ていた。ついでに、ぺちゃんこにつぶれた雑草も見ていた。



「何か寂しいなぁ」



呟くように、独り言のように出た彼女の声は、小さかったけれど、ちゃんと彼の耳に届いていた。そして、彼は何故、彼女がそんな事を思うのかと不思議に思ったが、別にどうでもいいか・・・と思ってしまって、そこから何も考えなくなった。こんな日に、意味もないことなんて考えたくはない。今にも眠りそうになる体がそう言っていた。彼女の、突飛な発言は、毎度のことで、もう慣れてしまっていて、あえて返事をすることもなかったのだ。


今、皆は何をしているのだろう。考え出したら無性に皆に合いたくなってしまって、だけど会うのが少し怖かった。今は何とか涙を踏みとどめている。上を向いているおかげで流れてこないけれど、みんなの顔を見てしまったら涙も鼻水も出てきそうだ。涙の理由を聞かれたら、きっと彼女は、ちゃんとした理由を言えないのだろうけれど、寂しくて悲しくて虚しくて、一体何なのだろうか。センチメンタルな気持ちとは、この事を言うのだろうか。彼女は横にいるはずの彼のことを思い出し、空から目をはずして、彼の方を見たけれど、残念ながら彼の背中だけが見えた。



「寂しいなぁ」


確実に、卒業は近づいてきているのだ。皆と出会って、いくつもの季節を笑って楽しく過ごしてきたけれど、今はとてもそんな気持ちにはなれなくて。迫りくる時の別れの季節に、酷く悲しみが溢れていった。


「もう、このまま消えたい」



皆と別れが来る前に、幸せなときに消えてしまえたら、どれだけ幸せなのだろう。そして、悲しい思いをしなくてすむのに。皆と会えない日が、当たり前になってしまうことだけは嫌だった。笑ってバカやって、時には喧嘩して泣いて、怒って・・・そんな毎日が大切で大切で。気がついた。当たり前に過ごしていたのに、今更これを奪われたら、きっと悲しすぎて寂しすぎて死んでしまうのだろう。


ああ、嫌だなぁ



「お前さぁ、何が嫌なんだよ」

背中だけを見せる彼の言葉に、少しだけほっとした。なんだかんだ言って、彼はちゃんと彼女の話を聞いてくれるのだ。


「今の幸せがなくなってしまうのが嫌なんだよー」

このまま、この幸せが続けば良いのに。


「今の幸せって何?」
「何って、そりゃ皆が一緒にいられることじゃん」

何だよ。結局、彼は、私の気持ちなんて全くもって分かっていないんだ。この無神経ガサツ野郎に、センチメンタルな乙女の気持ちなど分かるはずもなかったんだ。ああ、バカヤロー!


「何言ってんだよ」
「・・・何が」
「これから先だってそうだろ」
「え?」

「これから先も皆、一緒なんだよ」


ごく自然に、さも当然の事のように、彼は、確かに言った。



「そんなの無理じゃん」
「何が無理なんだよ」
「だって、皆バラバラになるし」
「そう思ってるのはお前だけ」
「何それ」
「確かに、今の当たり前はなくなってしまうかもしれないけど、ただその当たり前の形が変わるだけだろ。会いたければ会えばいいし、それか一緒に住むとかな」
「なにそれ」
「おまえは難しく考えすぎなんだ」
「だって・・・」
「一緒にいたければ、いればいい。会いたければ会いに行けばいい。簡単なことだ」



「・・・そんなもんかな」
「そんなもん」



彼はそう言ったけど、まだ納得は出来なかった。でも、会いたいのなら毎日でも会いに行けば良いなんて。

そうだった。

自分から行動しようって言う気持ちを忘れていた。この世の中に、永遠の当たり前なんて存在しないことなんて知っていた。、それじゃあ、自分で皆に会える毎日を少しでも長く当たり前にしていけば良いのだと気づかせてくれた。それか本気で、一緒に住んでしまうのとか。案外、かなり良い案かもしれない。



「あのさ・・・」
「あー?」
「空がムカつくくらい綺麗だねー!」
「あー、そうだな」



寝転がって寝転がって、ごろごろ。
彼女の目に、飛び込んでくるのは、透き通る青色。
その青は、輝かしいほどに澄んでいる。
何故か、彼女自身も何かが澄んでいくように、すっきりとしていったのは、きっと気のせいじゃない。



「鼻水垂らしながら泣く私も好きでいてくれる?」


もしかしたら、すでに涙も鼻水も流れているかもしれないけれど。彼は小さく笑っていて、私もつられて笑い出してしまった。




「ブサイクな顔でも、嫌いにならねーよ」





(少し、いやかなり失礼な事を言われたけれど反論はしなかった)

(そうして、私は空に向かって泣いた、笑った)








































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