裏返し








「シュウー」



私は朝から不機嫌そうだった、今は本を読んでいる、(多分。寝起きに太郎辺りに何かされたと私は見込んでいたりして)シュウにわざと偉そうに足を組んで優雅に声をかけた。(ふふふ、私はどこかのお嬢様、なんて思っちゃいないわよ!)瞬間、グサッと言う視線に私の肩はぶるっと震え、シュウに喧嘩にふっかけたらヤバイと思ったけど、私はそんな事に恐怖する人間ではないので、というか喧嘩になってもシュウに構ってもらえるなら本望だ。話したいと思っているのだ。そう、いわゆる私とシュウは喧嘩友達みたいな感じ。


シュウの家のリビングにあったソファーに体を沈めていきながら、私は睨み返す。
シュウとの視線が交わった。




「その本とって」


こう言ってしまえばまた口喧嘩に発展してしまう事は目に見えているけれど、素直になれないところが私の悪いところであり、個性なのである。そして右手の人差し指で指した先には1冊のうすい本。テーブルにちょこんと乗っているその本は私とシュウの間にあって、つまり私とシュウは向き合っている形と言うわけで(だって隣になんか座ったら心臓の音がばれるじゃない!)私がとってほしい本は、シュウの方が近かった。まあ、私は手を伸ばせば届く距離だと思うが、あえてそれはやめておいた。シュウと話すときはいつも私からちょっかいをかけてしまう。これは、あれだ。好きな子ほどいじめたくなるというやつだ。でもシュウだって黙ってはいない。シュウにとって、嫌がらせにしかなっていないのだろう。

遥かかなたまで思考をめぐらせていると「ほらよ」と言う声が聞え、顔を上げると私が指差したうすい本が顔面めがけて、ビュウンビュウン回転しながら(一体どんな技なんだ、と突っ込んでしまった)飛んできて避ける暇も泣く私のチャーミングな額にゴンッと音を立ててヒットした。声にならない声が出て、もはやこの本がうすっぺらかったことに感謝する。厚みがあれば私は再起不能だった。

シュウに、口元を引き攣りながら「ありがとう」と何とか返した。薄い本は、自分の隣の空いているスペースに置いておいた。「せっかくとってやったのに読まないのかよ」というシュウの突込みがくると思ったけどこなかった。シュウはすでに自分の本へと目を戻していて。その様子に今の行動も言動も無意味だった、と自然と溜め息が出た。痛みだけが残った。同時に、少し悲しくなってしまった。きっとこれは額が痛いからだ。そうだ。シュウに相手にされないからって悲しくなんかはないんだ。



ズズっとわざと音をたてて鼻をすする。シュウは本を読んでいるとき雑音とか周りがうるさいと機嫌を悪くする事を知っている。そうじゃなくても今は機嫌が悪いけど。シュウなんてどうでもいい、と思っていても心のどこかしら構って欲しい、こっちを見て欲しいなんて思っていて、だから、あらゆることを試してきた。だけどいつも話しかけるのは私のほうで、しかも憎まれ口を叩いてシュウには可愛くないヤツとか死ねとか嫌われていく一方。
ズズ、ズズ、鼻をすすっている音。スカートで足を組んでいるため、隙間ができ、スースーして寒い。私には、やっぱり、大人を気取るなんて出来ないらしい。あえなく足を元に戻した。夏なのに手が冷たい。
もしかしたら、夏風邪を引いたかもしれない。夜眠るときは、おなかを出して眠るなよ、とお母さんみたいな発言をしたシュウを笑ったけど、実際におなかを出して眠ってしまって風邪をひいた私がいるとしたら、シュウは呆れて溜め息さえついてくれないだろうと思う。頭が痛くなってきて、温かい紅茶をズズッと飲みたくなった。「あー」という何とも情けない声が出てしまった。すぐにシュウの顔を見たけど、奴はこっちを見もしないでというか私の存在自体忘れられている気がして無償に腹が立った。
だから、手のひらをテーブルにバン!と叩きつけたけど、シュウはこっちを見てくれない。



「喉かわいた」


違う、求めているのは紅茶じゃない。シュウの温もりが欲しい。


誰も振り向いてくれなくて、私の独り言で終わった。でも私はここで引き下がらない。もうこうなれば最悪のところまで落ちてやる。もうこんな関係が続くくらいなら完全に嫌われてしまった方が良いかもしれないと。ああ、額が痛い。自然に額を撫でる。



「シュウ、喉かわいた。あったかい紅茶ほしい」


シュウ、シュウ、とまるで呪文みたいに呟いていたら、やっとこさ、シュウが鬱陶しそうな顔をして私を見た。だけどシュウの指は、相変わらず読んでいた本を1ページめくる。



「自分でやれ」
「シュウが淹れてきてよ」



カチっと時計の針が動くその瞬間を見た。音を聞いた。誰から聞いたか何て、もう忘れてしまったけど、その人は言っていた。時計の秒針が動くその時を見た人には良いことが起きるって。・・・ううん?良いことだったか、悪いことだったか、どっちだっけ?
もしそれが本当ならば、針が動いた時を見た私には、何かが起きるはずなのだ。


だけど、本に目を戻して私をシカトするシュウには何も望んではいけないのかな、と




「ねー、シューウー、シュー」
「だー!もう、うるせー!!」
「じゃあ、淹れてきてよー」
「何でそうなるんだよ」




何でって?

別に紅茶なんてどうでもいいんだってば。私はただシュウに、シュウの心に存在したいだけだ。構って欲しい、なんて我侭すぎるけど
だけど、好きって一言が言えない。言ってしまえばシュウは私を見てくれるかもしれないけれど、私にはそんな勇気なくて、だって、シュウは私に冷たい。多分、きっとシュウは私をどこかしら嫌っていると思う。思ってしまうのだ。他の女の子にだってしない態度だってしてる。シュウは本気で女相手に怒ったりしない。けど、私には本気な気がする。ピリピリ、ピリピリ刺々しい空気が肌に刺さって痛い。

今更言えない。


だからこんな方法しかないんだよ。どうやってシュウに近づけって言うんだ。好きだから気持ちとは裏腹になって我侭な態度をとってシュウを困らせて
こんな裏返しな自分。素直になれない私なんて



「紅茶くらい淹れてくれていいじゃない」


口を開けば思っていることとは違う言葉が出てきて


「そんなら自分でやれ」



ケチ、とかアホとかバカとかヘタレとか、ブーブー好き放題言う。
背中は、だらっとソファーにもたれかかって、もうやる気なし。そしたら、そのうち、ピリピリした空気がほんの少しだけど変わった気がした。何?シュウが何か悪戯を思いついたときのような悪戯っぽい顔をしていた。口の端をニッと上に吊り上げて、だけど額には青筋が立っていて(多分へタレという言葉が効いたのかと)

「なによ、やる気?」と私は腕だけファイティングポーズをとってみる。横に置いていたあの薄い本がソファーに沈めた側の腕に当たる。


そういえば額の痛みがなくなったと、ぼんやり思っていたらシュウが口を開いたことが空気にのって伝わってきて、何を言われるのかヒヤヒヤ。

もうどうでもよくなってきた。なんて無理やり自分に言い聞かす。シュウなんて好きじゃない。好きじゃない。私は最後まで裏返し。裏返しの何が悪いか。あー、素直じゃなくて我侭な態度なんて、最悪じゃん





「キスさせてくれたらいいけど」
「あー、はいはい・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「淹れて欲しいんだろ?」
「ななな、何言ってんのよ、シュウ!」
「俺も我侭なヤツなんでね」


さくらだけ得するのってズルイだろ、と
だけど、何!この展開。ありえない。ていうか何か怖いし!近づいてくる影が怖くて、さっきまでシュウに構ってほしいと思っていたが、こんな急展開は聞いていない。
信じられない。



「ギャ!ギャー!こっち来ないでよ!じ、自分で淹れますから!!」



そう叫んでも後の祭り、シュウは全く動じない。
私は、ただただビクリと体を震わせて焦っていた。キス、キス、どうした、発情期か?恐ろしい・・・!




「さくらって俺には冷たくない?」
「そそそんなん知らん!つか、シュウのが冷たいんだってば!」



もう自分が何を言っているのか、どうすれば、この場を乗り切ることができるのか分からなくて、ちゃんと言葉が見つけられなくて、言えない。

自分の気持ちの表と裏が分からなくなってきた。


と、不意に黒い髪が額に掠って、こしょばくなった。額は忙しい。本がヒットしたところが微かにピリッと痛んだ。
欲しかったのはシュウの温もり、という事はどうやら表の気持ちだったよう。

私は温かさを感じた唇に思わず指で触れ、抗議する間もなくシュウが耳元でなにか言った。

その時になって、ようやく自分の口から悲鳴が出てきた。突然の事だったので私は神経が停止してしまっていた。


ファーストキスは綺麗な夜空の下で好きな人と2人きりという、私の可愛い夢ロマンスは、この時、儚くも砕け散ったという事を理解した。




「俺が冷たいのは」



私はシュウが好きで、だけど我侭になってしまうのは裏返しだから困らせてしまう。



「冷たいのは裏返しだから」






なんだ、シュウもか、と


























裏返し、裏返し
(我侭で困らせて、だけど好きだから)





















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