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「好きだ」
瞬間、それは落雷までとはいわないと思うけれども、というか比べる方が可笑しいのだと思うのだけれども、そうだ、あたしは今頭の中が可笑しいのだと真っ白な頭の中に答えを無理やりにでも作ろうとする。だけど、今この現状はあたしとしにとっては雷が頭めがけて猛スペードで落ちたことと全く持って変わりはしないのだからしょうがない。それほどに、シュウが発した言葉は恐ろしくありえないもので信じがたいもので、きっとあたしをこの男は今まさに陥れようとしているのだと結論付ける方が正しいんだ。正しいんだってば。だって「プレイボーイ」なんて悪名高き通名の人間が、あたしに向かって「好き」なんて誰が思えようか。いやいや、思えるはずがない。思えたらどんだけあたしの頭の中めでたいんだよ。とにかく1週間に1回に必ず彼女と言うものを変わるに変えている男なんか信じられるはずがないじゃないか。バカ。ふふ、あたしはシュウなんかのうそに騙されたりしないんだから。平気で好きでもない子に「好き」って言って抱く男なんてあたしは彼と「友達」はやっていても、絶対に彼女なんて言う立場なんかにならない。好きになんて、ならないんだからさ。相手が悪かったなと、あたしはシュウに向かって高笑いをすることだろう。
だけど、どこかどこか奥の方が何だか胸騒ぎがするのは何だ。何なんだよ、一体。意味が分からない。異常なほどに痛くて、気持ち悪くて。
「聞こえてる?」
上の方から声がして気がついたら、あたしより背が高いため必然的に見下ろしている様子になっているシュウの表情がこれまたよろしくないようで。何故かすごく不機嫌な顔だった。いや、別にいつもこういう顔だった気がするけど今日はまた一段とピリピリとしていて、なんか近づいたらまる焦げにさせられてしまうような威圧感だった。今この男に笑顔で近づけるのは太郎かユウぐらいしかいないのだと悟る。そういう、今ご機嫌が悪いシュウを目の前にしているあたしは、いつも思うがシュウがこの上なく苦手だったのだ。だから少しだけどこか心の中では遠ざけていた。別に嫌いと言うわけではなくて、それは友達としてだから嫌いになろうとは思わないし、離れないのだ。だけど、女としたら多分きっと嫌いというのだろうと思う。最低だ、最低です。この男は。だから苦手なんだ。近くにいると無性に落ち着かなくなってしまうのは。ああ、もう近づかないでよ。何だか無性にシュウの仕草の1つ1つに反応している自分が露骨で嫌だ。
「おい」
「うぎゃ!」
「何で逃げるんだよ」
「シュウが近づいてくるからに決まってるし!」
「離れる理由あるわけ?」
渋い顔で嫌味なほどに返してきた言葉にあたしは言葉を詰まらせて、近寄ってくるシュウに頭の中が真っ白になっていって何なんだろう、この状況派とかなんであたしが追い詰められているのだろうとか苦しい空気の中酸素不足に陥りながらそんな事を意味もなく考えていたけれど、とうとう限界が来たようでというか、数秒間の間だったのだと思うけれどあたしは覚悟を決めて、あたしはこの場から逃れるために足を奮い立たせていた。走りが自分より遥かに速いシュウから逃げられるはずがないけれど、今は自分の足しか頼れる人はいないので仕方がなかったのだ。とにかく安全な場所に、と考えていたけれどふと急に疑問が降りかかってきた。何故、ここが安全じゃないのか安全ではないと思ってしまっているのはどうしてかが分からなかったのだ。シュウの最低の嘘なんかにおびえる必要もないくせに、近づいてくるシュウなんか跳ね飛ばせば良いのに、そんな事出来なくてただただビクビクしているだけだった。残された選択は逃げるしかなくて。
掴まれた腕を「離して」と言いつつ勢いよく振って、そうするとは思わなかったのか吃驚したような顔のシュウの表情が見えてきたけれど、そんな事に心痛めている場合じゃないのであたしは、やっとのことでその場から走り逃れた。不思議なことにシュウは追ってこなかった。そのことで分かったのはやはり先ほどの告白は嘘で、少なからずシュウにはダメージを与えられたようだ。その時、ついにあたしはシュウに勝った!と笑みを漏らして(これがどういう勝ちなのかは分からなかったけれどとにかく勝ったと思ったのだから仕方がなくて)痛いほど脈を打っている鼓動を(これは今しがた全力疾走をしてきたから速いんだ)落ち着かせていた。だけど、シュウに掴まれた腕が心臓の速さよりも痛くて痛くて仕方がなかった。これから、どんな顔をしてシュウと会えば良いのかという不安に溜息も出ていた。別に普段通りでいい、普段通りで良いんだよ。そんなもの。
それでも、どこか胸の普段隠れているどん底ら辺の部分が気持ち悪いほど渦を巻いている気がしたのは、きっと嘘だ。あたしは見て見ぬフリをしていた。
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