「あのさー」 「なにー」 「あのねー」 「だから、なんだー」 私は「うーん」と重い腕を持ち上げて全身の力を全て出し切るように背伸びをした。眩しい眩しい日差しが一番高いところに高らかと昇りつめてきていて。大地を眩しいほどに熱く、まるで恋をしているときの熱みたいに熱くて、でもこれでは大地を嫌味なほどに照りつけてしまっている空は雲ひとつなくて真っ白なさわやかで爽快な青色。まさに快晴という空にふさわしい日だった。それなのに、この世界のどこか遠くで、近くで雨が降っているとか、雲が広がっているとか、思えないほどに溜息が出るほどに綺麗だったのだ。この見上げた空が。溜息が自然と喉の奥から流れるように出てきて、別に疲れているとかそんなんじゃなくて、ただ感嘆としてしまっていた。驚くほどに。世界中の全ての空が私が今見上げている空と当たり前に繋がっているから、同じ色をしていて同じ匂いをしているのだと勘違いしてしまいそうになるんだ。全ての空に幸せが広がっていたらどんなに良いんだろう。いつの間にか疲れていた体が、心地よく穏やかになっていた。 ごろん、と寝転ぶと夏独特の青っぽい匂いと生ぬるい風が鼻をかすめて髪を少しだけ揺らして通り抜けていった。その風が妙に生きてきた中で不思議な感覚だったせいか、何だかどこか違う世界に来てしまったみたいな妄想をしてしまって、ああ良いなぁって思えて、ひっそりとシュウにばれないように、別にばれたとしても良いんだけど何となくひっそりと、そっとりと目を閉じた。どこか遠くの深い深い森にやってきたように。不思議な感覚とわくわくする衝動。 「さくらー」 「なーにー」 高校生活も半分を過ぎ、とうとう夏休みを直前に控えてしまっていて、時間など早く過ぎていってしまうこの忙しいこの時期にこうしていられる時間があるなんて思ってもいなくて、だからこそこんな時が、一握りでしかないであろうシュウとともに居られるかけがえのない時間が皆と居られる限りない時間が大切でどんな風に過ごしたとしても一生忘れられないものになるのだと知っている。ふと、そう思ったら悲しくなってきたのだけれども、それでもそれに勝るのは喜びで、嫌なこと全てが忘れていけるようなのびやかな、優しい時間。最近思う、どれだけ自分は恵まれていたのかと。どれだけ自分は気がついていなかったのだろう。どれだけ鈍かったのだろう。シュウが好きなことに。 隣から鈍い音が響いて、青いにおいのする草が一目散に倒れていって、その姿が痛々しいなぁって同情してみるもののどうでもよくて、何故ならすぐ横にはシュウが居て、自分と同じようにバカみたいにいつもなら絶対しないだろうと思っていたのに、一緒に寝転がっていたのだから。それだけに嬉しくなった。 「今日は怒らないのー」 「何がー」 「女がスカートで寝転ぶなって」 「あー」 「なに、あーって」 「別にー」 「答えなってなーい」 「あー、さくらだし、まあいいかって思ったわけ」 何だそれ!と思わず突っ込んでしまったのは無理なくて、今までの素晴らしくいい雰囲気が(まあ、実際は私だけがそう思っていたのだと思うけれど)とてもじゃないがぶち壊しにされた気分で、ガバリと勢いよく起き上がってシュウの腹の上に乗ってやろうかと企んだのがいけなかったのか、ビュウと夏風が攻撃してくるかのように吹いてきてヒラヒラ冬よりも薄っぺらいスカーとを勢いよく小学生が悪戯しているときのように捲れ上がった。思わず「ぎゃあ!」という自分でも濁った悲鳴が出たと思えるほどに吃驚していて、というか風の変態とか思いながら悪態をついていたけれど、気になるのはそこじゃなくて。見えていませんようにと、願いつつ腹の上に載ろうとしていた人物の顔を見た。 「(そろり)」 「・・つー、今の風で目に砂が入ったんだけど」 「(え、マジで!)よ、良かったぁー」 「あ?」 「やや、ななんでもないのでございますよ!えへ」 「気持ち悪」 見ればシュウは腕の袖で目を覆っていて、ああ良かった今の私のパンツがシュウに見られていなかったと思ったら先ほどの心地よい楽な体が戻ってきて心臓の音は正常に戻って、痛そうになみだ目になって目をこするシュウが未だかつて見たことのないほどに可愛くて、何だか気持ち悪い、とか言われた気がしたけれど聞こえないフリをしていた。 上をまた見上げれば太陽の光で反射していて、眩しくてだけどお家が恋しくなってしまった。ああ、今頃お母さんやお父さんは何しているのかなぁとか、猫のゴン太は元気にしているかなぁとか思っちゃったわけで。思えば人一倍寂しがり屋だといわれ続けていた私が実家からこんなはるばる離れ1人でよくやっていけたのは皆が居たからで、特別頭もいいわけじゃないし運動神経だって良いとは言えない、だから試験でも勿論素晴らしいと思える点数はとったことがなくて、さすがにそんな自分には嫌気がさして人生嫌だーとか死んでしまいたいーとか軽はずみに言っていたときとか泣いてしまった時とか、いつも皆は傍に居て慰めてくれて怒ってくれて、笑顔を向けてくれた。 「私さー」 「うん」 横で空気が動いた気がしたら、シュウも起き上がって頭に付いた緑色の葉っぱを落としていて、その落ちた葉っぱから微かに漂ってくるのは夏の匂いで。 「何か今死んでも良いかもしれない」 「良くない」 「は、何でさ」 本気でそう思えたのは間違いなくて、間違っていなくてきっと今死んでしまっても私は後悔しないと思えるし、今このときが最高に幸せだと思えるのだから今死んでいけたらそれはとても幸せなことだと思えるのだと、シュウに伝われーと念じながら私はじーっと睨んでいるつもりはないが見つめ続けていた。そうしている内に、溜息がシュウの喉から出てきた。それも呆れたような表情つきで。 「お前は将来に夢を描いていないのか」 「シュウに言われたくないなー、それ」 「(てめぇ、殺されたいのか。あぁ?)」 「ぎゃー!マジやめて!(こんな所でキレられても、誰も助けになんて来てくれないんだよ!米神押さえて押さえて!)」 思い出せば今は授業中で、授業中でつまり私たちはサボってしまっているわけで、だから周りには誰も居なくてというか居たら自分たちを同じでサボって居ることになって、だからそんな人間居なくてもしここでシュウがキレて殺されかけようとしても私は到底かなわないだろうと分かっているし、だからと言って助けになんて誰も呼べないこの状況が恐ろしかった。たちまちいい雰囲気だったこの場所が悪夢と化した気がしたのはきっと、気のせいじゃない。ああ、現実を見るんだ。 だけど、フル回転させている頭を(フル回転していても、シュウのナイスな天才頭脳に比べたら天と地の差で比べようにならないぐらい私の考えは遅いんだろうと分かっているけれど)バカなりに考えて考えていたら、シュウが何か張り巡らされていた糸がピンと音を立てて鋭く切れていったように笑い出した。噴出したのだから、もう何が何だか分からなくて。そうだ、ただただ太陽が眩しいことだけが分かったのだ。 「は、嘘に決まってるだろ(誰か殺すかよ)」 「へ・・・(なーなんだ、シュウなら殺しかねないから本気で吃驚したよ)」 「(絶対コイツ、今疑った)・・・んで?」 「は、何?」 「おまえの将来の夢って聞いてんだよ」 「あー(その話まだ続いていたんだ)」 「やっぱ、さくらに夢なんかないか」 「ぎゃ、待って!い、今考えてるから!そんな悲しい人間を見るような目で見ないでよ!」 不思議なことに、こんな頭でよく自分は進級できたな、とつくづく思う。最後の試験ではハッキリ言えば手ごたえは全くなくて、試験前夜、試験後は何かと精神的に老いていて体調不良に悩まされ続けていたのだ。全てはこのアホな頭が元凶だ。一体何だろう。そんな自分が持っている夢とは。 温い風が吹き付ける空気は海の香りに少し似ていて、すっぱかった。シュウが遥か頭上に高らかに存在している太陽を見つめていたのだろうが睨んでいるようにしか私には見えなかった。 「じゃあ、夏休み俺、さくらの家に行くわ」 「あー、うん。分かったー、ははは、・・・って」 「オッケーな」 「なぜに!」 ニヤニヤ不適に笑うシュウが何を考えているいるのか分からなかったけれど、よくよく考えてみればシュウが私の家にやってくるということはものすごく大チャンスではないのか。この機会を見逃せばきっと関係が変わらない気がして来てしまったのだ。その瞬間、目の中に太陽の光が真っ向に入っきて目がつぶれるかと思った。 「そうだ」 「あー?」 「思いついた!」 「何を」 「だーかーら、私の夢!」 「あー(まだ考えてたんだ)」 「私の夢は」 「うん(眠いな)」 「好きな人のお嫁さんになること!」 「ブハッ」 「うわ、なに。シュウ汚い」 睨み続けた太陽からすばやく移動して、ゲホゲホと何も飲んでいないのにむせ返るシュウが心臓辺りを痛そうに鷲づかんで、またもや目を涙目にさせていた。何故か自分がおかしな事を言ってしまったのではないのかと。 「今時、そんな夢言う人間いたとはな」 「何さ、悪いわけ」 「いや、別に(さくらがお嫁さんかよ)」 バカにされたような気がして腹が立つ。私だって別に恥ずかしくないとか思っていないわけではないし。シュウに少しでもいいから自分の事を気にして欲しいという願望だ。と、それも勿論あるけれどやっぱり輝かしき将来の夢が思いつかなかったからこの答えに逃げたんです。良いじゃないか!好きな人のお嫁さんになるって言うのは立派な素敵な夢じゃないか!私は世の中全てのバカにする奴らにこう叫んでやるのさ。勿論、未だ笑いをこらえているシュウにも。だけど、好きな人本人にバカにされるのはそれなりに傷つく。あー、ムカムカする。 それじゃあ、シュウの夢は何なんだ。人に言わせておいてまさか言わない気なのだろか。 「シュウの将来の夢を答えなさい!」 「ああ?」 「夢は何ですか」 「夢かー」 緩みっぱなしの顔が、全て受け入れてくれそうなほどにやさしそうでかっこよくて悪戯っぽくて、大好きで、バカにされたのも腹立つけれどシュウのいろんな表情が見れたことに太陽にひっそりと感謝した。 どこかで聞いたことあるが、シュウは家を嫌っているとか、家を継がないだとか聞いた。シュウは家が嫌いなのだと太郎はさも分かりきっているような口調で「彼も大変なんだよ」と話してくれたこともあった。名家が何だとかシュウには関係ないし、私にも関係ない。シュウはシュウの将来があるわけだし、そんなものは蹴散らしてしまえばいい。そう思ったけど口に出来ないのがやっぱり名家という中で生まれた世界なんだろうか。 「そうだな」 「なに、なに!」 「俺の将来の夢は」 「夢は・・・?」 「好きな女を嫁にすること」 「ぐはッ」 「お前こそ汚ねーよ」 「だ、だだだって・・・!(そんなん有りかよ!)」 期待していただけに、答えがあっさりし過ぎていてひねりの使用の減ったくりもないぐらいに面白くなくて、まるで適当に流されたような気がしただけだった。 「まあ、お前と同じつーことで」 「何か納得できないんですけど」 「納得しとけ」 「ムリ」 もうすぐ卒業する私たちは変わらないでいつまでも、今みたいに過ごしてバカやって、笑ってくだらない話をして将来を夢見て、それでいいじゃんか! 夏はまだ入り口に差し掛かったばかり。 試験も終わって進級できて、のんびり過ごして、このあとすぐにリリーに会いに行って怒られてノート見せて!って頼んだらきっと「しょうがないわね」って言いながらも見せてくれて、夏休みには実家に帰ってシュウを家に呼んで。そして、また始まるんだね。 風船を後すこし膨らませたら割れるといえるぐらいにまで膨らませていたら、シュウがはぁとわざと大きな溜息をついて少しばかり伸びきった前髪を掻き揚げて、言った。 「俺の嫁は水色のパンツの女」 おいおい、それは何ですか。プロポーズ、プロポーズ。いやいや、ありえないありえない。つーかどうしてパンツの色知ってるの。あは、やっぱりさっき見えていたんだ。真っ赤になる顔を見てシュウがまたもや言った。「鬱陶しい風も役に立つんだなと」 光り輝き青春時代 |