3月だというのに台風は接近してきた。







台風の










さくらが消えたのは、よく考えれば昨日の夕食後すぐのことだった。それまでは、ほんの前までは気がつかなかった。だがそんな事はしょうがないことにしておこう。和樹は朝食のパンを皿から半ば奪い取るようにして口に放り投げてそんなことを思った。1日の最後の食事を終えれば生徒は大半が自分の部屋に帰ることが多い。帰ったらもう、その後の女子寮にいるさくらの行動範囲なんて分かるはずもない。しかし、朝一に、しかも男子寮に何かを確認するかのような面持ちでやって来た麻那が「さくらがいない」と言ったのだった。さくらは麻那と同室なはず。どうやって抜け出したかは後にして、この箱の中でいくら隠れても、さくらなんてあっさり、簡単に見つかると思っていた。が、それは何の根拠もなかったのだ。見つからないということは、さくらはこの高校の学生寮に、いないということになってしまう。昨日までは至って普通だったさくらがどうして急に・・・そう思った途端、昨日自分がさくらと言い争いになったことを思い出した。別に言い争いというほどのものではなかったが、一方的にさくらが訳の分からない事を和樹に言ってきたのが始まりだ。そう、和樹に他の女の子と話さないで、と。そんなことを言われてOKという奴なんていない。嫉妬心なら、素直にそう告げればいいものを聞いてもさくらは黙ったままで、本当に突然どうしたのか。今でも分からない。



考え出して数分、和樹はふと気づく。手元の握り締めていたパンは原型がなくぺちゃんこになっていた。ふっくらふわふわのパンだったのにな・・・溜息をついて周りを見渡せば、自分と同様に溜息をついている麻那の姿があった。その麻那の横でどうしたの?と聞いている女子生徒がいた。怪しまれないよう辺りを見渡す。自分は、さくらから何も言われていない。教師は何か知っているのだろうか。もしくは、これは単なるさくらの家出なのか。




「麻那、さくらはそのうち帰ってくるだろ」
「どうかしら・・・」
「?・・・なんかあったのか?」



いっそう、深くため息をついた麻那から引っかかる言葉が出てきて思わず聞き返す。





「実は、昨日さくらと雑誌を見ていたの」
「雑誌・・・?」




どうしたものか、と頭を抱えだすように目を膝に落とした麻那の言葉はまたもや引っかかるもので、それでいて趣旨を言わない。遠まわしすぎる。

昨日、麻那とさくらが雑誌を読んでいたとするなら、それは至って普通で咎める事柄とはならない。そして、それが何故、さくらの失踪に関与するのか全くつながらない。
和樹はイライラが増して、麻那に向かって「どういうことだ」と、舌打ちをして問う。
舌打ちが気に障ったのだろう、ギンと麻那の睨みが返ってくる。
だが、今の俺に彼女を労わる余裕などない

「麻那・・・」
「分かった、話すわ」

と頷いて、今度は短いため息をついた。そして、麻那の言葉を待つ。
きっと何か、麻那はさくらが失踪した訳を知っているのだ。それを聞かなければいけない。


「占い」
「は?」

「占い特集のあった雑誌を見ていたのよ」


それを聞いた和樹の顔は呆然としていた。頭の中は真っ白だ。ふう、と朝から何度目だろうと溜息をつきまくっている麻那から発せられた言葉は、全くの想像もつかないものだった。いや、和樹は頭のどこか隅っこで分かっていたのかもしれないが。さくらならありえる。くだらないことに全力投球して突き進む彼女のもつ理由など対外が一般的な想像の範囲を大幅にずれている。

いくらなんでも占いなんて馬鹿馬鹿しすぎる、と和樹はテーブルに頬杖を着いて麻那からふっと目を逸らし、空っぽの食器を冷ややかに見つめた。近くで女子生徒が麻那に問いかけている声がして再び耳が麻那の方向へと傾く。ガヤガヤと周りから雑音が聞こえると思えば、朝食を終えた生徒が立ち上がり食堂から出て行っていた。



「実はね、今月のさくらの運勢が最悪なのよ」
「へ、へー・・・」


そんな事ぐらいで姿を消すバカがどこにいるのか。
そんな自分勝手な行動されればこちらとしたら、溜まったものじゃない。さくらという少女は和樹が思っていた以上にバカな人間だった。

溜息さえも出てくれない、あほらしいこの状況が息苦しい。和樹は緩めていたネクタイをさらに緩め、最終的に、ネクタイは乱雑にポケットの中へ放り込まれるのだが。

「さくらって蠍座だよな」
「ええ、そうよ?」


麻那の吃驚したような「よく知っているわね」と言った言葉に「さくらの占い好きには日々手を焼いているんだよ」と和樹は返した。
「お互い大変ね」と2人は苦笑し合う。だけど和樹はまったくもって不機嫌気回りなく、さくらの占い好きがここまで悪影響を及ぼすなんて、これは考えものだ。今後、対策が必要だと思うと課題を前にしているかのように憂うつだ。イライラしている自分にそれがまた重くのしかかりさらに悪化していった。



「運勢が悪いからって、ふつー姿を消すか」
「でも・・・」
「はっきり言って、ありえねー」



占い踊らされるなんて、馬鹿か。
その雑誌を見た蠍座の人たちが今月の運勢が悪いからという理由で姿をくらましたりなんてしたら、とんだ珍事件だ。考えただけで恐ろしい。ああ、それ以前にどんな占いの特集なんだ、と意味もなく突っ込む。
別に占いを信じるな、なんて言わない。が、他人に迷惑をかけるなとさくらに言いたい。まあ、きっとさくらは迷惑をかけているなんて微塵も思っていないと思うが。



「違うのよ」
「え?」
「姿をくらませなんて一言も書いていなかったわ」
「え、じゃあ・・・なんで?」


会話は一端途切れる。ふと見れば麻那は何か考え事をしていたようだった。そして、数秒



「一番、運勢が悪かったのは恋愛運よ」




何となく、答えが出てくるころだ。さくらが何故、失踪したのか。



「あー・・・そういう事」
「もしかして、好きな人と別れちゃったり、険悪な仲になっちゃったりする、とか書いてあった?」
「ええ、しかもあまり会わないほうが良いとも」


和樹の考えは正しく、全ては占いだったのだ。


「そう言えば、昨日さくらと和樹言い合ってたよね。」
「ああ」
「だから、さくらは失踪にまで至ったということか」


占いを盲目的に信じており、同時期に恋人と険悪なムードになりかけた事実があるとすれば、早とちりのさくらなら不安になるのも無理はないのかもしれない。
はあ、と誰が溜息をついたのか分からない空気の中、「さくらには吃驚させられっぱなしね」という意見に全員が賛成する。
が、和樹は会話が聞こえていたのであろう、状況を察した周辺の生徒たちに同情の目を向けられてイライラしていた。



「和樹、お気の毒に」



さくらが姿を消した理由は、全体的に運勢が悪い日と知り、それも恋愛がことさら最悪だったこと。
だけど占いをそこまで信じるのかと不思議だった。確かに昨日は言い合いになったが、一方的にさくらから始まったことだ。和樹はそんなさくらに呆れる。



「まあ、さくらはそれほど和樹が好きだって言うことなんだよ」


苦笑して言う麻那のフォローは耳から入ってまた耳から出て行った。麻那を横目で見やり、全員の目を浴びながら和樹は立ち上がる。授業はもうすぐ始まるころだろう。立ち去ろうとする和樹の足音に誰かのエールが重なる。



「まぁ、がんばれ」


それに返事はなかった。
















(あたしの恋愛運は恐ろしいほど悪いのです)













「ふざけんな」

「ゲ、和樹」


感動の再会なんてものではない。



あのあと、和樹は数々の思い当たる場所に行ってみたが、さくらは見つからず。探すのも嫌になって、かといって今から授業に言っても遅刻。ああ、何もかもどうでもよくなってしまって、和樹は自分の部屋に帰ってきたのだった。そして、ドアを開けた途端。視界が捕らえたのは1人の少女で、しかも今まさに探していた少女。何を間違ったか、この少女は自分のベットの上に寝転がりながらのんきで読書をしていた。
まさか、ここにいようとは。もしかすると一番敵に回してはいけない奴なのかもしれない。



「あ、あうー・・・えへ」
「何がえへだよ、ああ?」


さくらはベットから起き上がり、この部屋から出なければ!と身の危険を察知する。しかし、ドアは和樹に遮られたままで出口などない。



「和樹、今授業中だよ」
「お前さー、一体なんなわけ?」


ななな、なんなわけ?って聞かれても答えられないのが悲しいところ。どうしよう、どうしよう、どうしましょうか、と必死で悩んでいる時間も与えられないまま、和樹はズンズンベットのほうへさくらのほうへと歩み寄る。その黒い陰に焦り、さくらはベットから飛び降りる。しかし、何故和樹はこんなにも機嫌が悪いのだろうと1人思った。



「ぎゃー!それ以上近づかないでください!怖い、アンタ怖いよ!」
「・・・」


その場に留まってはくれたが、沈黙の部屋へと化した空気に、さくらの汗はびっしょりだった。


「占いなんて、どこが良いんだよ」
「・・・な、なんで知って」
「つーか、何でここにいるわけ?」


オーマイガー!!なんてこった。ばればれですわ。きっと、麻那が話したのね。友達だと思っていたのに!ノーノー

意味不明なことを言っていることなんてさくらは気がついていない。


「あ、あたしはさ、ただ和樹とケンカしたくなかったわけであってね、だってあの占い本当にあたるって有名でさ、し、しっしかも今日のあたしの運勢どん底のどん底に悪いって言うわけであって、恋愛運が最悪で人間関係崩壊までかかれてたんだよ!?信じられる!?あはははは、まじでさ、このままじゃ終わりだ!って思ってですね、そうは言っても行くあてもなくて、こちらにお邪魔させていただいたわけで 

「いい加減にしろ」


声がいつも異常に低く、本気で和樹が怒っているって初めて分かった気がして、無意識に和樹から一歩退いてしまった。それが気に触ったのか目の前の和樹は目を細める。ああ、あの占いやっぱり当たってるっ!と悟ったさくら。もともと、占い通りにしなければこうなることはなかったと本気で気がついていないのは、アホなところだ。



それにしても、和樹は何故これほどに怒っているのか。今世紀最大の謎だとこの時のさくらは思った。



「勝手に部屋に入ったから怒ってるわけですか?ぎゃー、本当にす、っすすみませんでした!(コンチキショー!!)」



先手必勝、とにかく謝ってしまえと思ったさくらには、土下座一択だった。頭を床に擦り付け、許しを得ようと考えた。しかし、返事はなかった。
ていうか、余計に思い空気になってしまった気がするのは気のせいか。



別に、さくらだって丸1日、姿をくらますことなんてできるはずはないと思っていた。だが、昨日の和樹との言い合いがあってから、何だか和樹と会うのが怖くなってしまったのである。避けることができるならば避けたいと。占い通りに、今日は好きな人に会うことは避けておこう。そして今までどおりに、これからも和樹と恋人として一緒にいたかっただけ。まさかこんな惨事になるとは、予想だにしていなかったし、あたしは自分のことで精一杯だったのだから仕方がない。何せ風の噂で超絶美人の1つ上の先輩が和樹を狙っていると聞いて心臓がドキリと激しくざわめいた。和樹に捨てられると脳裏によぎり、しょぼんと縮こまってしまった心。もし、今、和樹とケンカでもしたら、超絶美人の先輩に隙をつくってしまう。私は、和樹がいなければ、きっと死んでしまうに違いない。


それでも、この高校の狭い学生寮での1日は長い。
和樹に会えないのは嫌だ。だが、かと言って会うのも怖い。だから和樹の部屋に逃げ込んで来てしまったのである。会えないけど、会いたい。そんな矛盾を孕んだ己の感情。それを満たすためには、和樹を感じるこの場所は最適だった。学校が終わるまで、ここに浸っていたかった。そんで、ベットにもぐりこだ訳で。


「占いなんて信じるな」
「でも、当たるんだってば」
「俺は信じられないな」
「あー、そう言えば今日の和樹の運勢は最高に良いらしいよ!」
「お前、一回死ね」
「・・・ひどッ!!」



ピリピリしている空気の中、さくらの手が汗ばんでいる。それに反して和樹のほうは余裕な感じでニヤリと笑う。さくらはもう自分の人生は終わりだと悟る。



「・・・」
「確かにさ、占いを信じるなんてバカバカしいと思うかもしれない。でも、和樹との仲が悪くなるとか嫌だったんだよ、分かれこのヤロー!・・ぎゃー!すすすんません!嘘です。このヤロウ言ってごめんなさい!」


視線が痛くて、ていうか、このままでは息ができなくなるくらい、呼吸は乱れていた。


「あー、うー・・、昨日ずっとさ、考えていたんだよね。でも、朝になっちゃって、そこら辺さまよってたら朝食の時間忘れてて、授業始まったーっと思ったら、この部屋に無意識に来てて、あー、もう何で来んのよ!」
「ここ、俺の部屋」
「ギャー!!すみません、すみません!!」



近づいた和樹の顔は怖いほど笑顔で、もはや怒っているのかも分からず、たぶん和樹はこの状況をあからさまに面白がっているのだと。

はぁという溜息が聞こえた。それは、和樹のものだった。



「あのさぁ、ケンカごときで壊れる関係だと思ってるわけ?」
「でも、超絶美人が」
「は?」
「ぎゃ、オーマイガーガー!口が滑っちまったよ!」


アンタを狙う先輩のこと、なんで言っちゃったんだ!


「・・・あー、そういう事」
「は!?何!そういう事って!?」
「俺は超絶美人なんて、好きじゃない」
「ぶへっ(知ってたんかい!?)」


どうしよう、どうしよう、どうする、どうしたらいいのよ!
恥ずかしくて死んでしまいそう、俯き加減になりながら、ドキドキしすぎて痛い心臓に、本当に今日は命が危ない、と思うさくら。
反対に和樹は冷静だ。何も言わず、さくらとの少しの距離を縮めていく。そして、ぶにっとさくらの頬を掴んで


「イヒャイ」
「これからは、急にいなくなったりすんな。つーか、したら殺す」
「・・・(なんて恐ろしい!)」


反省していない顔のさくらの頬を強くひねると、「ぎゃ」という短い悲鳴が部屋に響いた。


「イライラするんだよ、いなかったら」
「ギャー!(い た い ん で す け ど!)」
「お前に拒否権はないから」


頬をつねった和樹の手は冷たかった。
その手が離れた瞬間、不思議だった。さびしいというかなんと言うか、やっぱり好きだなーって思ってしまったわけで。彼はずっとまだ寒い季節の中、さくらを探しまわって手も体も心も冷たくなってしまったのだ。
俯き加減だった顔は自然と上を向く。和樹のほうを見れば、見えたのは怒ったときの顔でもなく、悪戯をするときの顔でも、嬉しい時の顔でもなく、いつもの顔でもなくて、戸惑うくらいに真剣な表情だったから

見慣れていない、というか初めて見る表情に、つねられたこともあって既に赤いだろうと思われた頬が、それ以上に更に赤くなっていく感じがした。



「もう、俺の側から離れたりすんなよ」


何だか、告白みたいで恥ずかしかった。


「返事しろ」
「えっ!?あー、了解!」



何だか、1人で悩みまくっていた自分はバカだった気がする。でも、やっぱり占いはやめられないし、信じてしまう。だから、その度に不安になったりもするけど、自分だけがそうじゃなくて和樹だって不安なんだって分かった。もう、超絶美人の先輩の存在なんてどうでもよくなった。どんな運勢が悪い日でも、和樹に会えないのなら、その日は最悪なのだ。ケンカできる日も、もしかしたら大事なのかもしれないし、それを分かっていなかったあたしは本当にバカだったのだ。



「一番運勢が悪かったのは俺だろう」
「え?」



「好きな女が突然いなくなるなんて、思わなかった」と言った和樹は、体中の力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。






つまりは、運勢なんて人それぞれで


兎にも角にも、台風は去った。















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