10年後の 七瀬さくらへ
今幸せですか
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できれば幸せである事を願っています。
Time Capsule
思いでいっぱい詰め込んで 「ばいばい」 「さようなら」 「元気でね」 . . ねぇ、そんなのやだよ ずっと、このままでいさせてよ
「マコトの手冷たい」とあたしがふと呟いたら、ふてくされた様なムッとしたような声が返ってきた。まあ、マコトがそんな不機嫌になる理由なんて分かっているけど、やっぱりたまにはこんな我侭ぐらい聞いて欲しかったりするから、仕方がないんだ。でも、「寒さなんて愛で何とかなるとかなるのよ!」とかあほ面で、マコトに言ったときは本当に本気だったけど、いざ外に出てみたら愛とか、そんなもんどっかに吹き飛んでしまって、一気に心臓が停止したような感覚に陥った。嫌だ嫌だ。外は恐ろしいほどに寒い。まるで冷凍庫に投げ出されたような気がして身震いがひたすら襲ってきたのだ。ああ、やばい鼻水まで凍ってしまいそう。こんな顔見られたら絶対にマコトに捨てられる。だから気づかれないように、感覚がなくなってきた鼻から無理やり鼻水を消し去った。鼻をすすって、何とか鼻水が流れ出てくるのを食い止めた。のは、いいけど突き刺すような冷たい空気が鼻を直撃して余計に顔が歪んでしまったのは、もうこの際、気にしないでおくことにしよう。きっと、マコトだってかなり変な顔になっているはずだ。そうだ。いつだって、あたしはプラス思考なんだから。ああ、最高さ。
「それにしても寒いなぁ」
握り締めたマコトの手が、握ったときよりも遥かに冷たくなっていたことに気がつく。だけど、あたしの手は、まだ熱を欲している。今では感覚などなく。冷たい手同士が繋いでいる意味などなんてないのかもしれないけど、冷たい風が吹いて、体が震えても、マコトが傍にいれば我慢出来る気がして、心は温まった。鼻が赤くなっている気がする。黙ったままのマコトの手は、冷たくなってしまっても、言葉にしなくても、ずっとあたしの手を握り続けていてくれる。それは、マコトの優しさで、不器用かそうでないのか、と問われれば不器用なんだと思うけど、その不器用さに隠れた優しさを、あたしだけが知っていることが何よりも嬉しかった。
「寒くて死にそう」
「死ね」
「・・(うわ、機嫌悪い)」
「さくらのせいで俺まで死んじまう」
ぼそりと呟かれた憎まれ口が頭の中を駆け巡る。それと一緒に今までの思いでも駆け巡ってきて涙が出てきそうになってしまった。また、何も考えられなくなっていく。
そして、また冷たい風が襲ってくるのだ。
「マコトは、死なないよ」
瞬間、息が止まったような。
そして、ずず、っと吸い込む音に、少し、いやかなり上のほうを見上げれば真っ赤になった鼻が空の方を向いていた。マコトの指先の赤と変わらないくらいだった。きっと、あたしの赤さよりマコトの赤の方が濃いんだろう。何せマコトはあたしより背が高くて鼻が高いのだから。向かってくる風に一直線に攻撃をくらうのは必須。背の低いあたしにとって感じたことのないものだろう。それでも、何故だろう。もしも今あたしが寒さで死んでしまったとしても、憎まれ口を叩くマコトだけは死んでしまわないと思ってしまったのは。・・・どうして?愛かな?なんて
「その根拠はどこから来るんだよ」
「わかんない、けど死なない気がする」
小さく喉でククっと笑うマコトを横目に、何故かそう思ってしまった自分が確かにいたが、答えは見つからなくて。無性に気持ちが悪い。
「で」
「は?」
行く手を阻むものがないところで立ち止まって、くるり、振り向いたマコトの顔はあたしが思い描いていた歪んだ顔なんかじゃなくて、寒さにも冷たい風にも負けてなんかいない、というか反対に真っ黒い髪の毛が風に揺られてカッコいい。あたしの目に、イケメンが映っていた。鼻が赤くてもイケメンだ。急にマコトがこっちを向いたとか、そういう事は頭の中にあって、内心警戒していたが、それも頭の片隅に追いやられて、鼻血が出てないかどうか心配になった。いやになるぐらいカッコいいのだ。この男は。真っ赤な鼻だってマコトを素敵に飾るものになってしまう、ムカッとしてしまう。と同時に、今どれ程、自分の顔が醜いのかと思ってしまって泣けてきた。ぶつかる視線から目を逸らしてみた。これ以上、歪んだ顔も真っ赤な鼻も垂れ流れてくる鼻水も見せたくないのだ。なんて切ない乙女心なんだろう。だけど、その視線を逸らしたことがマコトの気に触ったのか、握った手に力が加わったみたいだった。まあ、感覚なんてあまり残っていなかったから、あまり強さを感じなくて、分からなかったけど。
「何しに外に出たんだよ」
「さて、何ででしょう」
「言わないと戻るから」
「わわ、戻らないでよ!」
来た方向へ、足を進めだしたマコトの手に引かれて、あたしもまたその方向へ一歩足を踏み出したのだけど、せっかく寒い寒い冷たい風に吹かれながらここまでやってきたのだ。戻るわけには行かない。たとえ、温かい部屋でおいしいクッキーと紅茶が待っていようとも、だ。
今は、まだ。
「みんなでタイムカプセルを埋めれたらいいなぁって」
「・・はぁ!?」
「何その反応」
「別に」
何でタイムカプセルなんだ、という顔をしているマコトにあたしは真っ赤な鼻のことも、歪んだ顔のことも忘れてマコトを睨みつけてしまっていた。それでも、そんな睨みがマコトに通用するはずもなく、反対に鋭いような呆れているマコトの視線がジリジリとあたしの脳天と心臓を攻撃していった。
マコトの少し先のところに、あたしは目をやる。そこには、大きな大きな木がどっしりと重く根を下ろしていて、春になれば寂しい茎もたくさんの葉や花が飾られる事を想像して、早く見れたらいいなぁと思う反面、寂しくて、どうしようもない気持ちが襲ってきた。
今はまだ1月で冷たい風が吹いていて、だけどもうすぐで春になる。春は出会いの季節。あたしは、今まで巡ってきた季節の中で、たくさんの友達と何度もさようならをしてきた。今でも覚えている。
「今からか?」
「違うよ。下見だよ、下見」
あたしもマコトも、共に入学式を迎えてから今までずっと過ごしてきた皆。早いもので、もう卒業。下見なんて、さ。まだ時間があるのだから今日じゃなくてもいいと思うのだけど、どうしても何故か急にどうしようもないほど寂しくなって泣きたくなってしまって、早く何とかしないといけない気がして、確かな物として今のあたしたちを残せるものを作っておきたかった。安心したかった。だから、寒くて鼻水が垂れて、鼻が真っ赤になって、手の感覚がなくなってでも、今日という日にマコトを無理やり外に連れ出したのだ。自己満足だけど、みんなとの思い出がありすぎて、今のうちに覚悟を決めておかないと死んでしまいそうになってしまうのだ。卒業まであと少し。みんなと「さよなら」するのだ。みんな、バラバラになってしまう。マコトと手を繋いでこうして鼻を真っ赤にして歩くこともなくなってしまうのだ。考えただけでも涙が出てくる。
「お前さぁ、バカだろ」
「う、うるさい」
呆れ顔のマコトに何も返せないのは事実。こんなの拍子抜け。あたしの計画に、以外にも付き合ってくれることには感謝してるんだけど、バカといわれるのは腹が立つ。
「何を心配してんだよ」
「何って」
「卒業しても、俺達はこれからも続いていくに決まってんだろ」
マコトの言葉が、強くて真っ直ぐで真っ白な頭の中を染めていった。
タイムカプセルを埋めるにはまだ早い。
下見は少し早かったかな。
だけど、何か見えないものに巻かれすぎて今が見えなくなってしまって、無駄に足掻いていたことに気がついた。
冬は嫌いだ。別れの季節だから。仲の良かった友達とも必ず別れのときがやって来てしまうから。そんなこと当たり前で、でもここで過ごした日々は何モノにも変えられないほど、大事で出来れば卒業なんて言葉一生聞きたくなかったのだ。それでも「現実」は、あたしの進む方向に待ち構えていた。不安で仕方がなくて、何かに頼らないと悲しさが溢れてきそうだった。別れは、まだ少し先と思っていても、心の中は恐ろしいほど焦燥感でいっぱい。こんなにも、急かすものはなんだ。ああ、バカなんだ、あたしはマコトの言うとおりバカだ。タイムカプセルなんかに詰めこめられるほど、ちっぽけな思い出なんかじゃないのに、それで満足しようとしている自分が酷くちっぽけだ。別に永遠の別れというわけではない。ただ、一歩前に進むだけなんだ。
ぎゅ、っと握り返せばマコトが無言で握り返してくれた気がした。感覚のない手が今は愛しい。
「戻るか」というマコトの短い言葉にボーっとする頭は小さく縦に頷いて、あたしたちは来た道をまた歩き出していた。指にマコトの指が絡みつく。温かいという感覚があると思ったら、マコトの上着の中に一緒に突っ込まれていた。
今はまだ余裕はないけど、いつか今日という日を思い出して懐かしいな、と思ったりバカだったなぁって思ったり・・・そんなことができるようになるって信じている。
そう
《卒業は永遠の別れじゃないから》
ずっと、そんなのは、綺麗事だと、口だけだと思っていた。けど、この手の冷たい温もりが、どうしてか信じられた。マコトは嘘なんてつかない事を知っているから。こんな、どうしようもなくて、情けなくて、弱いあたしに付き合って、一緒にここまで来てくれたマコトを信じていたかった。
「そうだ」
「あ?」
「マコトの家の無駄にでかい庭に埋めよっか」
「何の嫌がらせだよ」
数ヵ月後、あたしは目を涙で潤ませながらも、卒業しているのだろう。
タイムカプセルに埋める手紙には、今の気持ちを正直に書いておこう。
未来のあたしに渡すのだ。
未来のあたしに問いかける言葉は、たった一言でいい。
「あのさ、マコト」
「あ?」
「手、温かいね」
真っ赤な鼻の、数分前とは全く逆の事を言ったあたしに向かって、マコトは目を丸くした後、にやっと笑ったのだ。
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きっと、10年後のあたしは手紙を見て゛幸せだよ"と笑うに違いない。
永遠の別れじゃないって思いたい |
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