あたしには彼氏がいます。



そりゃあ、もう、顔良し、頭脳明晰、運動神経抜群

言う事なしの男


でも、やっぱりそういう奴にも欠点はあって

女たらしというなんとも最悪なものだった。


泣かせた女は数知れず(←あたしも入ってる)

女を性的処理の道具としか見ていない奴



でも嫌いになれない

やり場のない気持ちに、押しつぶされそうで


いくつも流した涙があった。

だけど、もう、流せない



ああ、なんなんだ、トム・ブライアン






「うぅ・・ん」




あたしは時計が鳴る約2時間前にふと目を冷ました。
今は真夜中の4時前だ。


欠伸をしながら起き上がった途端、ひんやりとした空気。確か昨日は大雨が降って、雷が鳴って、嵐のようだった、とあたしはまだ目覚めきっていない頭でそんな事を思い出したのだった。何故そんな事を急に思い出してしまったかなんて理由はないし分からないことである。
同室のマリアンヌはまだ眠っているよう。まあ、当たり前だけど。こんな時間に起きているバカなんているのか。

そう、あたしはバカだ。と、突っ込んで少しだけ笑ってみる。
無性に心の中が空っぽで、虚しくて涙が出そうになった。これまた、理由もないし分からない事だ。




「ふわぁ・・・」




もうひと眠りしようか、このまま起きておくかどうか考えていたら、ふと、本当にふと思い出したのである。
確か今日はあたしがこの世に誕生した日だったのだ。そんな事全く覚えていなくて、それなのにどうして今思いだしたのか、分からない、分からない、どうでもいい
マリアンヌがプレゼントをくれるわけでもない、たいして仲の良くない友達がくれるはずもなくて、去年もその前もあたしは何事もなく過ごしていたから、だから今年も関係はない。
もう、どうでもいいんだってば。



眠る気がなくなってあたしはベットから這い出る。
頭が痛い。マリアンヌに薦められて無理やり飲まされたワインがどうやら効いているようで、溜め息が出た。
とことん自分は情けなくて、バカな人間らしい。

自分バカ、無性に笑えた。ぶふふ



ネクタイがシュルシュルと唸る。
真っ白なカッターシャツに手を通して、スカートをキュッと締めて、パジャマはベットの中に押し込んだ。
あたしの気持ちも押し込めたら良いのに、何て思っているあたしは何だろう。
どんなに想っても、どんなに好きでも叶わない事は沢山ある。諦められたら良いのに
ねえ、彼を忘れさせて、それならどんな道でもいいから
嘘っぱちな心で「愛している」なんて囁かれても悲しいだけで


報われない気持ちはどこに辿りつくのだろう





「さくら」
「・・・!」





突然起き上がったマリアンヌを起こしてしまった、と思っていたら、数秒もたたないうちにマリアンヌは再び毛布の中に入っていった。それに一安心して胸をなでおろす。
そう、マリアンヌは寝相が悪いのだ。彼女と同室になったことがあたしの運のツキ。かなりの運の悪さだ。


起きていると決めた以上、こんなところにいるわけもなくて、だってここにいたらきっと寝てしまう。そしてマリアンヌとこれ以上一緒に居たくなかったからである。
ギュッとドアノブを握り締めて真夜中の外に足を踏み入れた。


やっぱり思っていた以上に暗くて鳥肌が立つほど怖かった。
何で、何やってるんだろう、あたし


もう、このままこの闇に埋もれたい。
だけど中庭のテラスには1つの明かりが灯っていた。吃驚してその明かりに照らされている人を見たとき咄嗟にあたしは部屋に帰ろうとした。だって、会いたくて会いたくない人間だったのだから。
それなのにあたしは、とことん運が悪いらしく、それともあたしが鈍いのか相手はキョドッてるあたしに気がついてしまったのだった。


あー、マジで最低



仕方なくあたしはテラスに足を踏み入れて、「おはよう」と彼に言った。座ったベンチが冷たかった。



「お前、早いな」
「トムもでしょ」



その返事はすぐ返ってこなくて、トムは喉をクッと鳴らして煙草を右手の中指と人差し指にカッコよく挟んでふー、と息を吹いてからニヤニヤ顔で言った。その顔が私には悪魔に見えた。それなのに体が熱ってる気がするのは嘘だ。何でカッコいいんだよ



「寝てねーから」



一瞬何に対しての言葉か分からなかったけど、先程までの会話を思い出してみる。
寝てない、ていうか、ある意味寝てるじゃんか。だけど、そんな事よりトム・ブライアンがあたしの事を覚えているのか、そしてあたしが彼女だという事を覚えているのかどうか分からなかった。何せ、こいつには彼女がワッサワッサいるのだから。トムはやっぱり煙草を吸っていた。今ヤッて来たところなんだろう。トムは必ずと言って良いほど行為の後は煙草を吸う。こんな事を知っている自分がとても嫌だ。
だけど、その煙が喉を無理やり通って肺の中に流れ込んできて、あたしはむせた。その様子を面白そうに目を細めているトム。あたしは何が面白いのか本気で分からなくて

何か朝から分からない事だらけで、あたしの頭はぶっ壊れそうな感じ




「この世は汚いと思うか」
「は?何言ってるの、アンタ」




突然変な事を言い出したトム。
あたしは冗談か、と思っていたけどその真剣な表情を見た瞬間、体が氷みたいに冷たくなって、石のように硬くなったのだ。

ああ、いっそこのまま凍りたい




「例えば、この世には悪と善がある。だけど、それを裁けるのは誰だ。誰が悪で誰が善かなんて誰が決める。神か?神なんてこの世に存在しない。そして誰にだって、あらゆる人間に生きる理由はある。そう、どんな人間にもだ」
「つまり、何が言いたいわけなの?」
「俺を裁くとしたらどうなるか、どうか」
「そんな事」
「そんな事かよ」
「アンタは地獄に落ちる」
「お前が裁くのか」
「あたしじゃなくて女の子達が」
「それはそれは、まいった」




手を力なく振る。あたしは、この討論で彼が何を得たいのか分からない。
どうしてこうも、あたしには、疑問ばかりが残るのか




「どうせ地獄に落ちてしまうのなら、最後に、無力な俺の言い分を聞いて欲しいわけ」
「どんな言い分でしょう」
「俺はたった今、確実に地獄に落ちる、そう裁かれた」
「まあね」
「だけど、こんな事をしている理由だってそれなりにあるのですよ」
「へー(眠)」
「健気にも俺は1人の少女に振り向いて欲しい一心でして」
「へー(あら吃驚)」
「そんな俺を裁くのなら、その少女も裁かれて当然だと思うのだ」
「その子は何も悪い事なんてしてないじゃん」
「俺の心を奪った」
「サブいよ、トム・ブライアン」
「今日は気温が低いからな」
「そう意味じゃないけど」
「気にするな」
「へーい」




煙草の火を消してシリウスは立ち上がった。
「どこ行くの?」と聞いたら「寝てくる」と返って来た。今寝たら確実に授業に遅れるというのに。サボる気満々だ。さすが秀才の考える事は分からないわ。あははは




「裁かれるならお前にが良いかもな」
「地獄行きけってーい」
「容赦ねーな」




あたしは、きっとアンタを裁けないよ
裁くならアンタの心を奪った女の子を殺して地獄に

あたしも地獄に落ちて




「今何時?」



欠伸をしながらダルそうな声に、1時間前の自分を思い出した。今ではもうバッチリ目は覚めている。マリアンヌを起こしてあげようかな。




「確か4時すぎ」
「それはお前がここに来た時間だろ」
「何で知ってるの」
「ほれ」
「あー、懐中時計?」




あたしの手の中に投げ込まれた懐中時計は確かに刻々と時を刻んでいる。
でも何故、こんなものを持っているのか、持っているならあたしにきかなくてもいいのに。


あたしはそういう骨董品に目がなくてマジマジと懐中時計を宙にブラブラさせたりしていると、トムが「やるよ」と言った。どうして?と聞き返しそうなったけど、間髪をいれずに「お前今日誕生日だから」と返ってきたから、何も答えられなかった。なんて返せば良いのかあたしには分からなくて、ただその懐中時計をブラブラさせているだけだった。そして、また奴は口を開いた。




「あらゆる人間に恋をする権利はある」


「そう思わないか、さくら・七瀬」





何で、何であたしの名前知ってるんだろう。本気で考える。


ああ、あたしはコイツの彼女だった。




"Every human being has the right to life"
"There is the right with love as every human being"











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