「ねぇ、歩こうよ!」 横を向いて歩こう
横を向いて見えたのは真っ赤な羊雲のような頬 「どうして歩かないといけないの?」 ユウの手元には、確か私の記憶が正しければ1週間前、私と一緒に行った図書室で借りた本だと推測する。あの本はとても難しそうで、アホでバカな私にはきっと理解不能な内容なのだろう、と少し虚しく思いながら本から顔を上げて、読んでいたページを開けたまま、首を傾げて私を見つめてきたユウを見つめ返す。ぎゃー!そんな見つめられたら恥ずかしい! 「ちょっと早いけど、食事前の運動よっ!」 「僕も一緒に行くの?」 勿論、と言えないことが私の今の立場であって現状である。何故なら、私はユウの彼女でもないのだから。まあ、友達と言う立場であって、今さら告白なんて小心者の私には無理なのさ。うふふ。それに告白するより、されたいと思ってしまうのは乙女の夢であって。告白して振られたら私はきっと立ち直れないんだろう、と先の事までちゃんと考えているから、今はこのままでいるしかないのだ。正直、ユウに彼女がいないのが救いである。 そして食事前の運動なんてふざけたモノは嘘だ。私はいつだってユウと2人きりが良いんだ。その為の口実だ。悪いか。昼食のときは皆と一緒だし、その後は、ユウは自分の机に戻ってしまうし。とにかく、教室では2人きりになんてなれないし。だから2人きりになれるチャンスは今しかない。私は腹をくくって今まさにユウに話しかけたのです。ああ、本当に今日が光輝く良い天気で良かったわ。眩しいぜ、夕日! 「ユウは日ごろチョコレートを沢山、食べているから、適度な運動は必要だと思います」 「うーん、そっか」 「それもそうだね」そう言いながら手に持っていた難しそうな本をバタンと閉じてユウは時計の針をじ、っと見つめた。さっきまで私を見ていてくれたのに。時計にまで嫉妬してしまっている私は何なんだと思うのだ。ユウが時計ごときに取られるわけないのにさ。 「時間あるし、行こうか」 私の大好きで大好きで仕方ない優しい笑顔。そのユウの髪が窓から差し込む真っ赤な夕日にふわり、ゆらゆら、馴染んですごく綺麗だった。そしてユウの大きな背で時計が隠れる。こういう時、私はどうしようもなく心が締め付けられて自分の気持ちを素直に言ってしまいそうになるのだ。気をつけなければ、自分。まだこの立場が気持ちが良いから言ってはいけない。ユウに笑顔を向けられていることに幸福感が全身に染み渡って、もしかしたら、ユウも私の事が好きなんじゃないのかっていう錯覚に陥り駆られていく。 きっと私はユウしか好きになれない。ならない。だからどうか、神様。私の恋を実らせてください、と何度も星に願った。(我ながらなんとも乙女チックな人間だ) 「その本置いとくの?」 「うん、散歩するのに邪魔だしね」 「邪魔かな」 「邪魔だよ」 ザワザワ、聞えてくる沢山の生徒の声がまるで遠くから聞えてくるみたいに、今の私にはユウしか見えなかった。そのユウは机に丁寧に難しそうな本を置いた。正直、私は本が置き去りにされて嬉しいと思った。ユウは、本が重いから持ち歩きたくないだけなのだろう。私としては、あの難しそうな本さえ邪魔者だったから。嫉妬してるのかもしれない。いつだって本を読んでいる姿を見て、かまってほしいなーと感じているのだ。まあ、本が好きなユウに本を読むな、なんて言えるわけないけどさ。もし私が彼女だったら、本より私を優先させてくれるのかもしれない。いや、それはないか。浅はかな考えだ。 「あの本おもしろい?」 「初めはね、でも中盤からは全く」 ユウは乾いた笑いを残して教室に背を向け、夕日に少しずつ、ゆっくりと歩きながら近づいていく。その横をぴたりと私は付いて。 中庭は、もうすぐ下校時刻だという事で、終礼間際に迫り、人は見かけなかった。つまり今ここには私とユウしかいないと言う事であって、私の心臓はいつも以上にバクバクと高鳴っていっていた。 赤々とまるで燃えているような夕日に染まった白い雲が風に乗っていて、いつもより少しスピードが早い。今日は天気は良いし風はそよそよ、ひんやり気持ちが良い。思い切って散歩に誘ってよかった。はにかみながらユウの横顔を見つめて、ユウの髪が雲より滑らかに風に乗っていて目が離せなかった。囚われたように離せなかったのだ。 「羊雲だ」 ころころと真っ赤な空に転がっている雲を指差して、私の顔をのぞきこんできたユウの顔にどきっとして私は慌てる。必死にバクバクする心音を静めながら「そうだね」とやっと返せたこの言葉。 「何かユウみたい」 妙に、会話がなくなって、左手が汗ばんできて、あーどうしよう!とか頭の中で渦巻いていて、何か話題をと考えて考えて考え抜いて、結果あの真っ赤なふわふわとした雲がユウに繋がった。 そしたら、ユウはぶ、っと噴出して笑った。、笑いはつかめた!自分を励ます。いいのさ、私はこれで良いのさ! 「僕にはイチゴマシュマロに見えるよ」 「へー」 「あっちのはイチゴタルトかな」 「ふーん(一体どこら辺が)」 「そっちのは、さくらが前にくれたイチゴ大福」 「食べ物ばっかりじゃんか(しかもイチゴ・・・!)」 「向こうのは」 「イチゴバフェなんて言わないでよ!」 「言わないよ(どう見たらそう見えるのかな)」 「そうだね、あれは」 「(何でこんな話になってるんだろう)」 思ったら私から吹っかけた話題だったので、笑いを掴めたけど、やはりこれは間違いだった。自分の頭を壁にぶつけたくなる気分になってしまったよ。私はやっぱダメだ! 「あれは、さくらが照れ笑いをした時の赤いほっぺかな」 にこっと微笑んだユウの向こうで、丸い夕日が私の視界から消えた。 夕日を背中全身に浴びてユウは熱くないのかなーって思う。 んなわけないか。・・・て、い、い、いま!ユウは何て言ったのかしらね!ええ!? ほっぺ!? 「そ、そんな事さらりと言わないで下さい・・・!(ぎゃー、何この人!)」 「あ、ほら似てるよ」 ああ、分かってるよ!私のほっぺは、今とてつもなく真っ赤で真っ赤で、きっとあの雲よりも赤いんだと思うと、ユウに指差されたほっぺがとても憎らしくなったのだ。そんなに似てるかな。 「さくらって横を向いて歩くよね」 それは、ユウが大好きだからです。 何て言えるわけがないから、ユウを通して夕日をボーっと見ているだけだった。夕日が傾いて真っ赤な空が真っ黒に変わる。それは当たり前のことだ。だけど私には、アホな私には理解不能なことなのです。どうしてこんなにも、ユウが好きなのかな。それも理解不能で。これが恋というヤツだと私は15年、生きてきて初めて分かったのです。 「さくらが横にいて、一緒に歩いている時にさ、いつも思ってることがあるんだ」 何を思っているのか、全く想像もつかなくて、にこにこしている横顔がいっそう真っ赤な夕日に照らされていて、ああ私も真っ赤な夕日に照らされているのかなぁ、と思った。そしたら少し嬉しくなって、またほっぺが熱を持ってきてしまった。 だけど右手にも熱があるように急に熱くなって何事か、と思って自分の手を見たら、なんとユウの左手と何故か繋がっていて、吃驚した。この状況に頭がちゃんとついていかない。状況を把握できなくて、そしたらユウは照れたように笑った。その頬が真っ赤な羊雲の私のほっぺみたいだと、きっと2人とも同じほっぺだけど。 ゛君が横にいて、一緒に歩いている時、いつも思う″ 「さくらと手を繋いで歩けたらな、って」 私は嬉しくて、感動で涙が溢れそうで、ドキドキして繋いだ手を握ることしか出来なかった。 けど、ユウには私の気持ちがちゃんと伝わったのか、繋いだ手をギュッと握り返してくれた。 「やっぱり、あの本を置いてきて正解だったね」 「どうして?」 まだ赤いユウのほっぺが一層赤くなったような気がして、きっと私より赤い。 「さくらと手を繋ぐのに邪魔だから」 横を向いて、手を繋いで歩こうよ |