いつからだろう

           彼のことを君が隣で話すたび、僕の胸が悲鳴を上げる。



           君は分かってて言ってるのかな。

           残酷すぎる。



           君から、笑顔を奪う彼が憎くて羨ましかった。

           僕から、君の笑顔を奪う彼が憎くて羨ましかった。
















          独占欲













           トオルは休憩室のソファーで本を読んでいた。


          静かだった休憩室にパタパタと近づき聞えてきた足音

           トオルにはそれが誰なのか、すぐに分かった。


           そして笑みがこみ上げてくる。

           彼女だ。


          

           「トオル!」

           「奈々(なな)

           トオルは本から顔を上げずに答える。

          顔を上げれば抱きしめてしまいそうで怖かった。


           不意にソファーが沈む。


           「ねぇ、トオル」

           「ん?」


           本からは顔を上げない。

           でも文字は読んでいなかった。


          奈々が隣にいるだけで普通でいられなくなる。



           「浮気しよう」

           「・・・はい?」



           思わず本から顔を上げてしまった。

           奈々と目が合う。


           一瞬ドキリとした。


           

           「だーかーら!私と浮気しましょう!」

           奈々はもう1度言った。

           僕は君となら大歓迎だ。


           でもね・・・

           「君には素晴らしい彼氏がいるじゃないか」


           いるんでしょう?

           君には好きな奴が、愛する彼が。


          「その素晴らしい彼氏が今何してるか知ってるでしょう」

           やっぱり否定しないんだね。

           君にとって彼は大事な人


           そんな彼が今何をしているのか。

           分かっているさ。


           そして君をそんなにも悲しませる彼に僕は勝てない。

           奪えない

          君の事を大事に出来るのは僕なのに君は彼しか見ていない。

           ただ想っているしか出来ない。


           そんな自分を嘲笑った。



           「だからいいじゃない。浮気しよう」


           その誘惑に乗ってしまいたくなった。

           1度でもいいから僕を見て欲しい。


           (あきら) ではなくて僕を見て


           僕は君を愛しているんだ。


           そんな心を押し殺す。



           「でも浮気は出来ないよ」

           出切る訳ないじゃないか。

           「何でよ!?」

           「だって彰は大事な親友だからね」


           あんな奴でも僕にとって大切な親友なんだ。

           
           裏切れるわけない。


           でも君が欲しい。



           「じゃあ、私はトオルにとって何よ?」

           心臓が飛び跳ねた。

           君は分かっていて言っているのかな?


           なんて答えればいいんだい?






           奈々は僕にとって愛する人だよ。




           「奈々も大事な、親友だよ」





           伝えたい

           君を僕だけのものにしたい。


           「その大事な奈々ちゃんが頼んでるのに

             君は無視するのですかー?」



           こういう奈々の上目遣いに見てくる所が苦手だ。

           自分を抑えきれなくなる。


           「ねぇ、いいでしょ。」


           奈々は僕の上に跨った。

           体が硬直したかのように動かなかった。


           奈々の白く細い腕が首に触れる。


           その時ソファーが鈍い悲鳴を上げた。

           まるで自分の心の悲鳴だと思った。



           このままではいけない。

           奈々を無理やりにでも自分のものにしてしまいそうで怖い。

           早く奈々から離れないと


           「奈々」


           背中はもう汗でびっしょりだ


           「だめ?」

           「やっぱりこういうのはダメだよ」

           そう、君が傷つく。

           この関係を壊したくはない。



           お願いだから、そんな顔しないで。


           

           奈々を見ていられなくて休憩室の入り口に目を向ける。

           彰がこっちに向かっていた。


           「いいもん、トオル以外の人に頼むから!」


           彰に嫉妬する。

          他の女を抱いた後で、
           平気で奈々に近づくなんて、許せなかった。


           少しくらいならいいだろう。

         彼にはもう僕が奈々を好きだという事ばれているんだろうから。


          これは忠告

          いい加減にしとかないと僕が無理やりにでも奈々を奪うよ




           「きゃっ!?」


           奈々の背中に手をまわし、強引に引き寄せる。
           奈々の小さい手が僕の肩に置かれる。

           そして奈々を抱きしめる。


           ずっと願っていたことだった。

           奈々は思った以上に細くて、とても、柔らかかった。

          このまま一生自分のこの腕に閉じ込めていたいと持った。



           奈々は戸惑っていた。

           


           「な、何!?どうしたの、トオル!?」

           「ん、浮気?」

           彰に見せつけたかった。
           僕が本気だということを。

           

           「え、何で急に・・・?」

           僕は休憩室の入り口に視線を戻す。


           こちらに少しずつ近づいている彰がいた。





           「あ・・・」



           「だまって」



          奈々も、彰の存在に気付き、そして目の前のトオルに抱きつく。



           思わず顔が歪んだ。

           奈々が僕を抱きしめ返してくれただけで嬉しかった。



           「トオル、いいの?」

           彰に聞えないようにの配慮か、小声だった。


           「まあ、彰にも痛い目あってもらわないとね」

           少しぐらい、この苦しみを彰に分けてあげたいよ。


           それにしても顔が近い。

           奈々の息がかかる。

           この温もりと匂いをずっと感じていたい。















           「私、彰がいなかったらトオルの事好きになってたなぁ」















           「え?」

           目を見開く。

           馬鹿みたいにポカンと空白が生まれる。


           ≪彰がいなければ僕を好きになっている≫


           その言葉が頭の中でリピートされている。


           一瞬、本気で彰がいなくなればいいと願った。

           なんと最低な奴だ。


           そして我に返る。

           きっと今の奈々の言葉は彰に聞えただろう。

           




           優越感があった。

           奈々は僕を選んでいたかもしれない。


           ちっぽけな希望は、欲望を増幅させる。





           「――きゃ!?」

           奈々の悲鳴とともに、僕から温もりと香りが消えた。

           後に残ったのは虚しさ


           奈々を引っ張ったのは彼

           彰だ。



           「っわ、ちょっ・・」


           彰は奈々の腕を掴み、引っ張ったまま歩き出す。



           奈々はその腕を振りほどかない。

           悲しかった。


           さっきまで君は僕の腕の中にいたじゃないか。

           なのに君は・・・



           残酷すぎる。



          


           「奈々」

           行かないで・・・


           僕の隣で笑っていてよ。



           「トオ、ル・・・」

           奈々は彰に無言で引っ張られる。

           彰に嫉妬や殺意が湧き上がる。

           僕はそれを殺す。

       
           2人とも大事な人なんだ。

          

           よかったね、奈々・・・

           彰は君を手放さない。


           この先、きっと・・・ずっと



          

           彰の歩調に合わせる奈々に少しの悲しみを感じた。




           一瞬、彰が後ろを振り返った。


           その瞳は僕を映している。



           鋭いその視線で僕を見据える。

           そんなに睨まなくても君から彼女を奪ったりはしないさ。


          


           でも想っているだけなら許してくれるだろう・・・?

         
           この気持ちを消す事なんて出来やしないんだ。

           今は彼女と君を遠くから見守っているだけでいいから。




           いつかこの気持ちを手放せるとき

          奈々と彰が愛を誓い合うとき、笑顔で「おめでとう」と言いたい。


           言えたらいいな。





          そう思う反面、まだ奈々を奪いたいという気持ちが交錯する。

   
          





           彰と奈々の姿はもう見えなかった。


           後に残るのは虚しさ



















           この気持ちに意味などあるのかな








           奈々・・・















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