天秤は音を立て崩れた






「馬鹿じゃないの?」
「相変わらず、冷たいヤツ」



真知子は参ったという感じで笑っている目の前の男に無表情で冷たく言い放った。
何も思ってなどいない。














 天秤 > > > > >


こ の 時  す で に 天 秤 は  ど ち ら に 傾 い て  い た の だ ろ う  か













男が真知子の目の前に現れたのは、ほんの少し前だった。



真知子は、今日はキリの良いところまで仕事が順調に進んでいたので、久しぶりに定時で帰れると思い、ゆっくりと無機質な通路を歩いていた。
同僚の友達は、彼とデートらしい。朝からかなり気合の入った巻かれたロングヘアーと化粧。
明日はきっと、彼氏の惚気話に決まっている。真知子は恋など全く無縁のことなので少し寂しく、羨ましく思う。

今、会社一丸となって力を入れているプロジェクトの資料を持ちながら歩く。
この資料を保管庫に終ったら今日はもう終わりだ。

最近は寝不足気味だったから・・・そう思ったら大きな溜め息が出てきた。だが、それを聞いていた者はいない。
今、社内は何故かカップルが増幅し続けている。恐ろしいほどに。社内恋愛に寛容なのはいいが、ここまであてられては、毒だ。
どこもかしこもカップルだらけ。まぁ、私には恋人はいないけど。・・そう言えば、あの男が話がある、とか言ってたような。思い出したが、真知子は別に興味が無かったのでそのまま無視をした。

・・もうすぐ夏本番の季節に入る。
今年は実家に帰らなければいけない。去年は帰って来いといわれたが従わなかった。あの出来事が嬉しすぎたのだ。彼と一緒にいたいと願ってしまったから。
でも、今年はもう関係ない。関係ない。

関係ない。そう思っていてもやはりどこか期待している。
駄目、だ

自分に言い聞かす。だけど・・・



ゆらゆら



・・あ、


頭の中に、ゆっくりと響き渡る振動音、が




天秤

精密に重さをはかるはかりであり、物を載せる皿とおもりを載せる皿がある。
どちらかに決めようと、優劣・損得を比べることのできる何とも便利なもの


もうすぐで、審判は下る
あえなく、その結果に真知子は頷き従うのだろう。


天秤は精確なのだから




ストン

「よぉ」
「・・・」


軽快な音共に現れた彼
顔を見ずとも、声を聞かなくても奴の雰囲気で分かってしまう。もう、救いようが無い。真知子は自笑った。
彼は真知子を見つめていたが、真知子は歩み続ける足を止めない。だから、今2人は隣に並んで歩いているわけで
だけど、それは有り得ない。

彼はさっき・・


「あの可愛らしい子はどうしたのよ」
「ああ?」
「一緒にいたじゃない」
「うぜぇから、消えろって言った」
「最低」


真知子は歩くスピードを上げる。一分一秒だって男の隣にはいたくなかったのだ。
でも、そんものは無意味。相手は長身で脚は自分よりかなり長い。しかも憎たらしいほどカッコいい。これは惚れた女の弱みだ。色眼鏡でしか見れなくなっていたのだ

ああ、何を期待しているんだ。私は。

しかし何故、彼は自分といるのか。
彼は、受付嬢の可愛い女の子と話していたはずだ。でも、大半は女の子が話していて、彼は全くの無関心だったけど。それでも、女の子は頬を真っ赤に染めて嬉しそうに笑っていた。それが以前の自分を見ているようで、真知子は悲しくなった。そして同時に女の子に同情した。彼女はお持ち帰りされるのだろう。
これは今に始まった事ではない。もう何回だろう。彼の相手役はとっかえひっかえで一定ではない。嫌だ。自分は一体なんだったんだ。彼にとって自分はその他大勢の遊び相手と変わらない。
あの2人がこれからどうなるかなんて、自分には関係ない。もう、関わりたくもないし知りたくも無い。それなのに考えたくないのに考えてしまう。
胸がズキリとした。音は無かったけど、痛みに耐えるその悲鳴が聞えた気がして。そんな自分を心配そうな瞳で見つめる同じ部署の後輩の山下君の存在に気付いていながら、「大丈夫」と微笑むこともしなかった。
そんな余裕が無かった。でも、強がりだけで成り立つ心

どうして、こんなにも。こんな男ごときに振り回されいるのか、真知子はだんだんと大きくなる天秤の振動を不快に思いながら額に手を押し付ける。


「これからヒマ?」
「お生憎様。あいにくね、あなたに付き合ってる暇なんて無いのよ」
「嘘付け」
「嘘なんてついて如何するのよ」
「お前さぁ、最近冷たくね?」
「・・馬鹿馬鹿しい」


このまま走って女子更衣室に隠れようか。そう思ってみたけど足の速さで叶うはずが無い。
しかも、安々見逃してくれる人でもない。


1年前、彼に告白されて付き合いだした。
その時はただ嬉しかった。自分もずっと彼が好きだったのだから。勿論返事はOKで。
私たちは、一緒にいた。笑いあったし喧嘩したり、とても幸せだった。

いつからだろう。彼が隣からいなくなったのは。

気がつくと、彼の隣にはいつも別の女がいた。それを見るたび痛くなった心。だけど、それに慣れてしまった心。
彼は私に何を求めているって言うのだろうか。
楽しんでいるのかもしれない。そうだったとしても、そうじゃなくても最低だ。


「なぁ」

不意に真知子は腕を掴まれる。
顔は前を向いたままだ。彼の視線は真知子に向けられている。


「俺達付き合ってるんだろ?」
「そうだったかしら?」
「別れたつもりないんだけど」
「じゃあ、さようなら」


バサリ


腕を強引につかまれたため、衝撃で大切な資料が音を立てて落ちた。

「何するのよ!」

慌てて、腕を振りほどき、資料をひろう。
会社が命かけているプロジェクトなのに、この男の扱いは酷いものだ。
呆れ顔で彼の行く手を阻む体を乱暴にどけて逃げようとする。

だが、それは叶わなかった。
羽交い絞めにされたと思った時には、彼の顔が近づいていた。
やめて、そう言おうとしたけど唇は塞がれてしまった。何日かぶりだった。


「・・・ふ、っ」


閉じていた唇を舌で無理やり開かされて、舌を無理やり絡めさす。口内が熱くなった。

気持が悪い。

もう、駄目だ。


「好きだ」


耳もとで囁かれる言葉。以前の私ならきっと10代の乙女のように嬉しくて夜も眠れなくなっただろう。

そして今度は耳を噛む。
まさか、ここで始めてしまったりするのだろうか。

彼なら考えられる。


抵抗はしようとしたけど体は動かなかった。まるで、自分の体じゃないみたいだ。
もしかしたら、魔法をかけられているのかもしれない。バカみたいに思った。
抵抗しない私に気を良くしたのか、彼は私をぐいぐい引っ張って無機質な通路を進み、仮眠室の扉を開けた。
本来、ここは会社のため不眠不休を余儀なくされた者たちに設けられた、場所。
寝具だけでなく、調理台が備え付けられた広めの部屋だったので、とても使い勝手が良い。

間違った使用でなければ





耳鳴りがする。

スカートのなかに進入してきた手は酷く冷たかった。


「最低」
「何とでも」


まるで嘲笑うかのような彼


気持が悪い
吐き気がする


「真知子との中が一番気持良いんだよな」



カチカチ


もう、私に聞えてくるのは彼の声じゃない。

天秤だ。



「あっ・・・はぁっ、ん」


嫌だ。嫌だ嫌だ。

どうして、こんなに痛いんだろう。
もう、関係ないはずなのに。


露にされた胸の突起に歯を立てる。

痛い。


壁際にいつの間にか押しやられていた。
夏なのに冷たい。

ふと、床に目をやると、またしても散らばった資料があった。
それが惨めだった。

こんな事なら、後輩の誘いに乗っておけばよかった。「今日、飲みに行きませんか?」と、真剣な目で誘ってきた彼に「疲れているから、また今度」と断ったのは私だ。

意味もなく笑えてきた、振動する


「・・っ」

嫌なほど感じる体



どうしてかなぁ・・



「何で」


そう呟く彼の声が微かに聞えた。
ぼやける目で見た彼の顔は悲しみに満ちていたのは、嘘だ。





だって、もう






カチリ、と






天秤は止まってしまったのだから






















ドン




彼を思い切り突き飛ばす。


「真知?」


珍しく驚いた表情
本当にバカだ。


だけど、私は微笑む

きっと、自然に笑えていた。だって、彼が心底吃驚した顔をしたから。



「嫌いよ」


ただ一言


それを言うのにどれほど時間がかかっただろう。

でも、やっと



無残にも散らばっている資料を拾う。
この資料を大切に扱わないこの男から早く逃れて帰ろう。
彼は、もう要らない。


だって、私はもう、新しく始めたい。


「好きだ」


そんな言葉、嘘にしか聞えない。


もう1度微笑む


「私は、嫌いよ」


まるで傷ついたような顔をするのね


「俺は好きだ」
「私、告白されたの。その人と付き合うから」


彼は目を見開く


「好きって言われたの」


嘘じゃない。
山下君は嘘つきじゃない。

私が泣いている時、そっと温かく励ましてくれた。
本当に辛い時、傍にいてくれたのよ。

もう、遅い



「さようなら」


天秤は言った。



「真知子は渡さない」


まだ、そんなことを言う男に真知子は哀れんだ。

どうして、そこまで執着するのか。
放っておけば良いのに。



ズシリ

何だか妙に資料が重く感じた。

だけど、もう、関係ない。








「大嫌い」







天秤は傾いた。


でも、私の天秤は壊れていた。



































初めから天秤は動いていなかった。

私が無理やり指で動かしていただけで
































初めから


「好き」という結果が出ていた




























天秤は壊れている。


私は審判に下った。





























「大嫌い」


















カチ、


天秤は意味もなく、また動き出した。






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