例えば、愛がなかったらどうなんだろう それは、きっと―・・ 「お前って本当に不細工だよな」 「お褒めの言葉ドウモアリガトウ」 「貶してんだけど?」 「何言ってるか聞えませーん」 何となく、いや彼女は絶対ここにいると分かっていたから、毛布を手に持って病室に来たのだ。そして案の定、彼女はいた。 今の時刻は明日へと日が変わる少し前。もう、眠っているだろう、そう思い足を進ませる。彼女の姿は何ともちっぽけだった。ソファーに腕にひざを抱えて座っている。その様子は何かを思いつめているようで、何かを耐えている感じ。涙が出ていないだけマシだろうか、そう納得して彼女に声をかけようとする。 彼女がここにいる理由を思うと、とてもじゃないが腸が煮え返るようにムカついてきた。自制心が効かず禍々しいオーラを出していた大地に気がついた彼女は第一声に「どっか行って」と言ったのだ。 その言葉に大地がキレるのに何の抵抗もなかった。 「ていうか、何で居んのよ」 「お前に関係ないだろ」 彼女はグッと、唇を噛む。その様子を大地は嘲笑った。 「あー、最悪」 「それは、それは良かったな」 一つモノをいう度、突っかかる大地。ギロリと睨むが効果は全くなし。何故なら、彼女は全てにおいて、大地に勝ったことはない。 「お前って絶望的だよな」 「ほっといて」 刺々しい会話を交わす2人を見ているのは、知っているのは高らかに暗い空に在る満月だけ。本気で痛くなる頭を抱えて溜め息を出した。だから、彼女は気づかない。大地が悲しそうに自分を見ていることに、切なげに見ていたことに気がつかなかった。 今は、目の前の眠る彼に精一杯だったのだ。 「なに?まだ居る気なの?」 「うるせぇ」 大地が彼女の座るソファーに倒れこむ。半ば大雑把なその様子に、大地が苛立っている事を今更ながらに彼女は知る。そして、大地は持ってきた2枚の毛布を全てソファーの隅に置いて枕にした。 「眠いの?」 「別に」 私、何かしたかな・・・?思い返しても、そんな記憶一切ない。もしかして、先ほどの言葉が気に食わなかったとか?でも、いつもと通りの2人の言い合いだ。今さら、遠慮などする間柄ではないはずだ。 まあ、そんな事どうでもいいわ。 早く彼に、彼に早く淹れたての紅茶を飲ましてあげたい あなたに、早く会いたい。 ただ、それだけが彼女の胸の中にあったから。 「お前こそ、早くどっか行けよ」 「私がここにいる理由知っているんでしょう?」 知っているから、余計ここにいて欲しくないんだ。 彼女は、そんな大地の心情を知らず、膝を抱えている腕に力を入れる。 「お前がここにいても、アイツは目を覚まさない」 ああ、どうして俺はこんな酷い事しか言えないんだ 大地は隅に追いやった枕代わりの毛布に握りこぶしをぶつける。 己を呪う。素直になれない事が、何よりも馬鹿だ。好きな女にこれ程、冷たい言葉を投げるなんて、ああ俺も堕ちたものだ、と1人わらう。 でも、彼女が悪いんだ。そうだ、だからそんな事を言ってしまうのだ。何故、自分を見ようとしない?今、コイツの一番近くに居るのは俺だろう?なのに、何故これほどに遠いんだ。今まで俺を嫌いだといった奴は居なかった。(自意識過剰だと思われるが実際がそうだったのだ)だが、彼女は違った。初めて彼女に会った時「嫌い」と言われたのだ。その時、最悪の印象でこの女が俺の中でインプットされた。 だが、この数年を経て、あの感情は大きく形を変え、育っていってしまった。最初は信じたくなかった。 お世辞でも良いと言えない容姿。目立つ奴ではなかったし、この手のタイプに惚れてしまった事はなかった。だから、少し他を味見したくなったのだ。いつも同じものばかりだと飽きてしまう。これは一時の気の迷いだ。すぐ冷めるだろうと思っていたこの恋心。ふと我に返った時、かれこれ4年以上も経過しており、俺は未だに片思いをしていた。 「ねぇ、まだなの?」 「まだ、当分無理だろうな」 「そ、っか・・・」 今どんな顔を彼女がしているかなんて、顔を見なくても分かる きっと悲しい瞳をしてアイツの事を切なげな顔で見つめているんだろう。ここ何年間に知ったものだ。いっそ、このまま関係をめちゃくちゃに壊してしまおうか。ああ、いっそ、そうなればいいと思う。でも、そこまで俺は酷い奴ではないと良心が叫んでいる。こんなに悩んでいる俺は、自分の知っている俺などではない。いつから、こんなに弱い人間になったんだ。 カチ、カチ 病室に響き渡る、無機質な時計の音が、嫌なほど2人の耳に届く。 だが、そんな音が、彼女には心地よく感じ気にもならなかった。 一方、大地は聞えてくる音に、イラつき始める。ソファーに片側の耳をうずめて、もう1方の耳は左手で覆ってみても聞こえてくる音。 このまま、ここにいてどうする? 今、アイツが目を覚ましたら・・・俺と彼女を見てどう思うのか。 アイツは哀しそうに、ごめんと言うだろう。 彼女がここにいて迷惑だなんて、アイツが思うはずないだろう。だって、アイツも彼女が好きなのだから。まだ彼が事故に遭う前、彼は彼女に対する思いに悩んで悩んで、俺に打ち明けた時の顔はこっちの顔が歪んでしまうほど不安に満ちた顔だった事を覚えている。 「えっ!?ど、どうしたのよ!?」 突然、起き上がった大地は、吃驚する彼女を一瞥する。 「じゃあな」 そして、大地は隅に追いやっていた枕にされていた毛布を2枚とも、彼女に投げるように渡して病室を出て行った。 彼女は、まだ彼の温もりのある毛布を握り締める。 「2枚も、いらないんだけど・・・」 満月を窓越しに見た きっと、朝が明ければ、彼女はアイツに笑顔で「おはよう」と言うんだろう。そうなんだ。そうに決まっている。 他の男の事を想わないで欲しいのに。たとえ、それが親友だとしても・・・ 「寒いな」 毛布はもうない。両方を渡してしまったから。 1つは、彼女の為に持ってきた毛布 もう1つは、 なぁ、 少しでも良い、 俺をその瞳に映してくれないか END... |