皆は彼を嫌味な奴だとか、最低だとか、特に友達の 私はそうは思わないんだ。ていうか、思えないのよ。 高級楼 −こ う き ゅ う ろ う− まだ瞳を閉じれば彼のあの姿 何故か儚くて、いつもの強気はどうしたの?って問いかけたくなって、強がっていただけなの? 少しだけ、少しだけ、彼も人間だったんだ、と馬鹿みたいに当たり前な事を思わされたの。 それは、入学して結構な時間がたった頃のことだった... 4月の入学時、周りはとてもざわめいていた。 比較的、権力をもつ資産家のご子息、ご令嬢が多く通うこの私立の名門校。 新しい毎日が始まるんだということに胸を高鳴らせて電車に飛び乗ってやって来ていた。 それまでの積み重ねてきたもの、友情が遠ざかってしまうのは、とても悲しかったが、それよりも新しい生活に期待が溢れていた。 そして、友達とはすぐに出来るもので。初めに出会ったのが、葉月だった。 彼女は自分と同じでいわゆる一般家庭育ちの勉強が出来るだけの平凡な子どもだった。そういうのに共鳴し合ったわけでもないが、自然と仲良くなった。 葉月とは、一緒にいるのがとても楽しくて時間が過ぎるのが早く感じた。 当然のように2人は一緒にいるようになった。 「あいつ、むかつく!」 「落ち着きなよ、葉月」 「そういうアンタは落ち着きすぎよ」 「静かにしたほうがいいよ」 「でもね!」 「静かにしろ」 ピシャリと先生の声が響き、私たちの会話は途切れた。 現在、他クラスとの合同授業中。 合同授業というのは非常に憂鬱だった。 先生たちは得てして、金持ちと権力に弱いらしく、それはもう贔屓が激しかった。 そして、一般家庭育ちの葉月を先生も名家の生徒達も目の敵にしているって言うか、何ていうか。標的とされてしまったよう。 「授業に文句でもあるのか?」 「いえ、何でもありません」 「ふん、躾けもされていないようだな」 その言葉と同時に、嫌味な笑いが生徒の中からも聞えてくる。 「気にする事ないよ」 「ええ、分かってるわ」 私はこっそり、葉月に力強い目を向け励ます。 1年生というのは、まだまだ分からない事だらけで手探り状態の日々 そんな中、よく葉月が突っかかっている男の子がいた。 私は目立った行動をしなかったためか分からないが、標的にはされなかった。まぁ、葉月といる時点で目立っているが 1年も順調に進んでいたある日 私は1人、朝のまだ早い時間帯、中庭を歩いていた。 試験も近いだけあって生徒はほとんど勉強している時期である。早朝故に、人は全くいなかった。 特に用はなかったけど、暇つぶしに。早く目が覚めて来てしまったから。 何となく、何となく、行かなければ行けない気がした。 小石を蹴りながら広い中庭を歩く。 冬の終わりというのは何故か温かい。 勿論、冬は寒い。だけど心が穏かになる。 冷たい風の中に春の暖かさを感じる。風がスカートを靡かせていく。 いつ見ても綺麗に手入れされた中庭。真っ白な冬の世界は色彩鮮やかに染まる。 葉月も誘えばよかったな、今度は一緒に散歩しようっか。朝ご飯をもって。 冬の早朝ピクニック。いいアイデアだ。 お気に入りの、桜色のマフラーに顔を埋めながらふふ、っと微笑んでみる。 ザワ 葉は枯れているはずなのに、葉のざわめきが聞えた。 空は真っ白じゃなくて青かった。 無償にもやるせない気持になった。大きくもなくて小さくもない、つまり中ぐらいの大きさの石、手で握るのには、ちょうどいい。 その石を思い切り蹴った。 だが、瞬間、石はさも心を宿しているみたいに私が蹴った方向とは真逆へと向きを変え、弱弱しいスピードで飛んでいった。 石を目で追う。 その先には大きな木。 葉のついていない木。 「なんで・・」 私は目を見開く。 サラサラと髪が風に揺れて、まるで何かを誘っているようになびいていて、整った顔立ちが見え隠れする 校内の王子様的な絶対権力を持つ存在。 一般人を嫌っている代表格に位置する人。 訂正する。王子様ではない、王様だ。支配者だ。 どうして彼がここに? 木の根に腰を下ろし、木にもたれ掛かって目を閉じている彼の姿は いつもと違って、優しい雰囲気だった。 嫌みったらしい金持ちの支配者じゃなくて、優しい存在に感じる。 何をしているんだろう。精神統一?とか 何か悔しがっているのかもしれない。だって、右手がきつく握られているから。 きつく、きつく ほどいたらいいのに。そうしたら楽になれるんじゃないのかな・・って思った。 サワサワ 桜色のマフラーが肩から落ちそうになった。 慌てて巻きなおす。 彼は寒くないのだろうか。上は、シャツとセーターを着ているだけの格好。 ただ目を閉じて まるで別世界にいるような感覚 怖いほど溶け込んでいて、それでいて優しくて 幻想 まるで高級楼 石は彼の足元に サワサワ 彼は目を開ける。 近くに転がっている、ちっぽけな石 身じろいだ自分の肩から落ちたのは、広げられた桜色のマフラー 「馬鹿か」 そう呟く。 僕がこんなマフラー巻けるわけないだろう。 なんと可愛らしすぎる桜色のマフラーだ。 どの面下げて歩けばいいんだ。 それにしても寒いな。 ・・・ここは誰もいない。 少しだけなら巻いてあげてもいいだろう。 これが始まりだったのだろうか 「本当アイツどうにかしてくれないかしら」 聞こえてきたのは、葉月の怒気を含む声 もう彼女の愚痴には慣れてしまった。 むしろない日があれば、恐ろしいとさえ感じる。もはや日常の出来事だ。 「そんなに嫌い?」 「大嫌いよ!」 もう、これは嫌いって言う限度じゃないわよ!と吼えている葉月に苦笑する。 入学してから早いもので3年 先日、3年生になったばかりだ。それにしても全く変わらない関係に安心するような残念なような。 結局、葉月と彼が仲良くなることなどなかった。まあ、今となっては想像できないけど、少し寂しいと思う。 でも、それはそれで良いのかも知れない。 だって、彼を知っているのは私だけでいい。 何て気持ち。 横にいる葉月が拳を握ったのが見えた。 彼が向こうにいるのが見えた。 数人を引き連れて廊下の真ん中を歩き近づいてきた。 「ふん」 偉そうな彼 睨み続ける彼女 そして、通りすぎる。 3年は長かった。 「おい、ハンカチを落としている」 「え?」 後ろを振り返ればしゃがんでハンカチを拾う彼の姿 その行動に、彼の取り巻きは勿論、葉月も吃驚する。 あの彼が、膝をつけ、しゃがみ込んで、誰かの物を拾うなど、それも一般庶民出身の人間の物を、だ。 ありえないのに。 周りにいた他の生徒も口をあんぐりさせている。 ただ1人、私は微笑んだ。 「どうも、ありがとう」 「もう落とすなよ」 「行くぞ」 彼はまた取り巻きとともに歩く。 「葉月、行こうっか。」 「え、えぇ・・」 変わらない関係 変わった関係 まるで高級楼 それは高貴な恋 |