いつもの私と、いつもの空と、いつもの景色と、いつもの教室に、いつもの君がいた。 (今日はどうか当てられませんように!!) と、無駄なところに力を注いでいる私が現在いるところはと言えば、いつもと同じ気がだるい息苦しい教室で、いつもと違うと言うところは私が座っている席の位置であると言うこと。場所は窓際でその風景の見晴らしがいいところで、しかも先生から当てられないと言う特権つきの場所なんですよ、ちょいとそこのお姉さん。 そうそう、どうでもいい事だけど、本当にどうでもいい事だけど、いつもと違うところが1点だけある。それは、彼が私の隣に座っているところだ。そう、いつもは私の隣には親友たちがいて、素敵な微笑を私に向けてくれていたのだ。それなのに、今日は私が、というか私と彼だけが寝坊して遅刻して教室に入って、まだ先生が来ていなかったから安心していたけど、もう皆が席についていて友達たちも案の定、私のことなど忘れたように隙間なく座ってしまっていた。仲良く話しているし、ああ今日はもう絶対、前の方しか空いていない、としょげしょげしていたら彼が後ろの席が空いていることに気がついて、ここ空いてると声をかけてくれた。って、まぁ、そんなこんなで私は今ここに座っているわけでして 別にね、私はそんな事どうだって良いんだけどね! ただ、そう少し吃驚しただけよ! だって、彼が隣の先に座ることなんて滅多になかったことだし。ケンカや話は良くするけど、というか毎日してる気がするけど何故か席は隣には座らなくて、うーん。それが普通だったから? でも、後ろのこの席になれたことは、どうでも良くはないけどさ!ラッキーだ!てか、なぜ空いていたのだと不思議に思うのは野暮なことか。ふふふ ああ、それにしてもまだ授業は終わらない。ヒマだ。ヒマすぎる。 外を見てもただの風景。 そりゃ、ここに来た時は何度見てもこの景色は飽きたりしなかったけど今はもう見慣れてしまって、どうでもいいモノになってしまったんだよなぁ。そう思いながら視線を面白みの減ったくりもない教室へと戻すと、ふと、居眠りしている生徒が目に入った。しかも前のほうの席にいるのにもかかわらずだ。よく耳を澄ませばいびきまでかいているではないか。 「おーい、起きろー」って声をかけたくなるが今は授業中。そっと見守ってみる。その生徒の周囲を見渡すといびきを五月蝿がっている人とか、その生徒の存在自体が目障りだと言っているかのような視線で睨んでいる人もいた。 あー、面白くない。 「ふはぁー」 「気の抜ける溜息だな。おい」 のびのびー、と腕を前に伸ばしていたら、彼が言った。突っ込んできた。そう言えば、今日は彼が私の隣だったのだ。 「ヒマー」 「いつもヒマって言ってるくせに」 「今日はもっとヒマ」 「それ、俺のせい?」 「えー、何で分かるの!」 「うわ、お前ハッキリ言いすぎ」 いつもなら隣にいるのは親友だ。そのときは今ほどヒマではない気がしていたら、彼になんとバレてしまった!(エスパーですか!)ていうか、彼が妙に傷ついている顔が胡散臭い。その下手な演技が気持ち悪かったんですけど。だけど、何故こんなにもヒマなんだろう。ああ、ヒマすぎて体全身がムズムズする!早く動きたいな。 そういや、友が隣の時は、何ていうか居心地がいい空気だし、同じ女の子なのにいい匂いもしていて、抱きつきたくなってしまう。お腹がすいたと言えば、友はチョコやキャンディーをくれることもあった。彼女たちは癒しだった。じゃあ、彼は何なんだ。 「あのさ」 「何ですか」 彼が頬杖を付いて、こっちを向いて、正確には視線は私を通り過ぎていたが。 この窓の先の外を見ているんだと思うが、何か言ってきた。 「つまらん」 「こっちにふるな」 「ちぇっ」 「・・・」 「反応薄い」 「だって、良いにおいがしない」 「何だそれ」 「分かんない」 いつもと変わらない私で、いつもと変わらない空とここから見える景色、いつもと変わらない教室にいつもと変わらない彼と私。 いつも通り、全て同じで、だからヒマ。席が後ろでも、やっぱりヒマだった。何もすることが出来ないんですよ。まぁ、ヒマだけど当てられにくいっていうことには安心するけど、いつもなら1時間ずっと「当てられませんように!」ってお祈りをしていたから私は何かと忙しかったのだ。だけど今は忙しくない。どうしたものか。 「あ」 彼はいつの間にか机に向かって突っ伏していた。先生に見えにくい位置にちゃっかり頭を倒れこませていた。 「あのさ」 「あ?」 「今日さー、天気良いね」 「昨日も良かっただろー」 「うーん、でも最近いっつも天気良いよね」 「明日は降るんじゃねーの」 「お日様ポッカポカー」 「風は冷たいけどな」 「ちょ、ちょっと、何さっきから」 「本当にこと言っただけ」 「気を使ってあげてんのに!この!」 「はッ」 鼻で笑い返した彼に、未だに机とキスしている彼に後で絶対仕返ししてやると思いつつ、気がつけば時間は半分以上も経っていた。 「後半分で終わるよ!」 「まだ半分かよ」 「ぐあっ」 この喜びをともに分かち合わなければ!という素晴らしい気持ちが生まれてきて「ありがとう」と感謝していたのにも関わらず、またしても彼は私の心に共感してくれない。相容れない。踏みにじっていくのだ。 「もう、半分でしょ(キー!)」 「まだ、だろ」 「もう」 「まだ」 「分からずや、変態」 「それは結構(つーか、変態・・・)」 「キー、ム カ つ く!」 「お前あんま大きい声出すな」 ムカムカする心を抑えながら彼から目を離し、空からも目を離し、見慣れた風景からも目を離して、ただ教科書だけを見つめてみる。数分ぐらいその開かれていたページを見つめていたけど、よく聞けば先生が話している教科書と全く関係のないページだった気がしたけどどうでも良くて、まぁ実際は数秒だと思うのだが、コクコクと瞼が重くなってきて頭が上下に動き始めてしまって、慌てて現実に戻ろうと頬を一捻りした。 「お前さ、何で寝坊したわけ?」 「えー、うん。そう」 「何がそうだよ」 「あーそっちこそ何で寝坊したのー」 「俺が聞いてるんだけど」 「あー、何かさあー、最近、ひとりが寂しいなとか思っちゃって眠れないんだよねぇ」 「センチメンタルかよ」 「だってさー冬だよ?恋人同士の季節だよ?」 「意味わかんねーよ」 思い返せばこの数年間、冬になるにつれひとりが寂しくなってしまうことが多かった。だから去年は心に決めたはずだったんだと思い出す。今年こそはひとりではなく、恋人と過ごしたい。絶対に過ごすのだと、皆に宣言していた。そんなことをすっかり忘れてしまっていたよ!チキショー!! 「どないしよ」 「なにがだよ」 「うーん」 「めんどくせえ浸んな」 「むむむ」 「唸るな」 「むむ」 センチメンタル、センチメンタル。私が破るべき壁はセンチメンタルひとりの冬なのさ! 「よし、今年は朝帰りを目標に!と言うことで、応援よろしくねー」 「へいへい」 私はもう心に決めたのです。見慣れた風景からおさらばして、家族とばかりでワイワイしたいなんて全然、全く持って思ってもないんだからさ!うう。思っているんだから!ああ・・・いいんだ。いいのさ。自分は本当に女らしさのかけらもない。そろそろ本気出さないといけないね。そうだよ、うん。恋人同士でクリスマスを過ごすなんて素敵じゃないか!ふふふ。何か奇妙な視線が突き刺さると思ったら、それは彼の視線で「なに1人で百面相してんだよ、気持ち悪い」とか私に向かって言って来た。一瞬、頭の中の脳みそが停止してボケーっとまるで教科書を読まされているみたいに頭が痛くなった。そして、やっと彼の言葉を噛み締めた。だけど噛み締めたがいいが沸々と湧き上がるムカムカする気持ち。そうだ、今ここで暴れてしまったらきっと私は、いや間違いなく私は大目玉を食らってしまうだろう。ぬぐぐ、ここは我慢するしかないのか。ああ、ちがう。私は大人になるんだ。なれ、大人に。 彼に何か言われたとしても、ちょっとのことじゃ怒ったりしないんです。だけど、唇はプルプルと震えていて彼のほうを見たら気持ちよさそうに目を瞑って机に突っ伏したまま眠りこけていた。先ほどの暴言に罪悪感が全くないようなその態度。全ては後で仕返ししてやるんだ、と心に決める。 「起きなさい!」 ハっと気がつけば先ほどからずっといびきをかき居眠りをしていた生徒がとうとう先生に揺すぶられながら起こされていた。けれど、その生徒はよっぽど寝不足だったのか、それとも先生をシカトしているのか、全く起きる気配はなくて先生のこめかみにビリビリと皺が集中し出している。だけど、数秒してから先生はフッと笑って(いや、笑うのは別に良いんだけど、それが妙に怒っているときより不気味で恐ろしかった) きっと先生は授業が始まってから我慢していたのだろう、いつかは起きると思っていたのだろうか、だけどその期待とは裏腹にいびきが大きくなっていく彼。周りはうっとうしそうだ。嫌気がさしたのか。現実逃避したくなったのか。そもそも、こういう生徒を持つのは大変だと心から思えた。まあ、自分も真面目に授業を受けていないだけに、先生が可哀想だと思える。 「次回の授業でテストをする。点数が半分以下のものには、再テストと課題を与える」 「うっそー!」って言いそうになった。言いそうになっただけで言葉には出ていないけど、本気で出そうになった。私だけでなくて他の生徒の顔も驚異に満ちていて、つーか1人の生徒のためになんで罰を受けなければならないのか。ムカつくムカつく。だけど、私の隣にも気持ちよさそうに眠っている生徒がいるのだから何も言えない。この場合は彼を起こしたほうがいいのか。 そうやって迷っている間に目が、うろうろしていたせいか、その微笑んでいる先生とバッチリと目が痛いほど合ってしまった。その時私は死を決意した。してしまうのも無理はない。なんと言う運の悪さなんだろうか。 「では、今の問題に答えていただきましょう」 「え・・(そもそも問題自体きいてない)」 頭の中がかつてないほどに真っ白になってしまって、というか何故私が当てられなければならないのか、全く気がついていなかったが眠りこけている生徒が起きなくてしかも当てられたのに起きなくてだからそのとばっちりが自分にやって気たのだと真っ白な頭の中ぼわーんと思った。きっともう1度その質問の内容を言われても私は分からないであろう。バカだ。バカ過ぎる。今やっている授業内容さえ知らないと言うのにさ。クリスマスを迎える前に私はどうにかなってしまいそうで、ああ怖い。 「さあ、答えは?」 「(たーすーけーてー)」 私の友は一体どこなんだ。いつもなら、もし当てられたとしてもこの友達が教えてくれるから何とか今まで生きてこれたんだ。こんなことならば後ろの席なんて座るんではなかったし、友の隣をいつまでもいつまでもキープしておくんだと後悔する。ああ、ぐずぐず。 「 」 「・・・(へ!)」 小さく聞こえてきた、何ともその難しい言葉は、新種の呪文かと思う暇もなく。その声のほうを見たら顔だけをこちらに向けていて、机に倒れこんだままの彼の顔があって、何だか無性に吃驚した。先ほどの言葉が突然出るような言葉ではなかったから、この問いの答えだと分かった。分かったのは良いけれど何故彼が質問の答えを知っていたのか。不思議で仕方がならない。彼はずっと先生の話を聞いていない様子だったし、他の生徒だってほとんどが授業を真面目に聞いていないと思うのに、しかも自分と話していたし、半ばからは眠りこけていたはずなのに。こうなったらヤケだ。その呪文の言葉を私は唱えた。 「正解です、座って良いですよ」 無事、この窮地を乗り切ったことに安息する。変だ。無性にドキドキするのは何だろう。はぁと溜息をついて彼を見たら、「あと数分で終わるな」と言いつつ眠たい瞼を持ち上げて欠伸をしていた。太陽の光が照らした黒い髪の毛が眩しかった。やっぱり、彼と自分の頭の出来は違うんだと思ったけれど、何故だか彼に助けられたことがすごく嬉しくて、ああ何だろう。本当に。 「ここまで」という声で、思いのほか数分も立たないうちに授業が終わりを告げた。あの時計はどうやらかなり遅れているらしい。 生徒たちはその瞬間、欠伸や背伸びをしだしている。 その光景はいつもと同じだった。 やはり、この、つまらない。 「おまえって、運悪いよな」 バカにするように笑っている彼の顔をぼけーっとして見る。いや、何か、それしかできなかったのだから仕方がないのだ。 周りがいつもと同じでも、いつもと変わらないのは、私自身だった。 眩しい席
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