風が吹いた気がした。






□ □






彼がここにやって来た時、そこは静寂に包まれて、昼寝をするにはもっとも最適な場所だった。サボるにはうってつけ。誰にも邪魔されずにいられるようなこの場所を見つけたのは数週間前のこと。本当に偶然だった。周りは何もなくてただの草木だけが生えているこの場所。彼は下を見下ろしながら一風の風を浴びて髪をなびかせる。現在、彼がいる場所は地面ではなく木の上だ。


1つ、大きな欠伸をして木の幹に凭れ掛かる。ここで眠りにつくのは何度目なのだろうか。夜はまともに眠る時間などないのだから、昼間にこうして眠れる場所があると言うのはありがたい。心地よい風は時折吹いて木と葉の独特なにおいは周りにいるバカ女の香水よりは遥かに落ち着けて、太陽の光は暖かい。まるで、光合成をしているみたいだ。



こんな穴場はきっと自分しか知らないだろう、という優越感



誰にも教えていない場所だ。いつだったか、ここで眠りこけてしまって帰るのもおっくうになったが、帰らざる得なかった。別に悪いことをしていないのだから謝る必要はない。サボったのは悪かったと認めるが昼寝をしていただけだ。ただ、旧友は勘違いをしていた。もちろん、遅くまで彼が帰ってこなかったことを心配していたのだろうけど、それとは裏腹に彼は未だに女癖が悪いと、治っていないと思ったのである。不特定多数の何人もの女とそういう関係になってしまうのは、学生時代からの癖だ。疑われて当然である。まあ、昼間こうやって眠っているのも夜に女とセックスをしているからであるが。だからと言って、彼には特定の彼女はいない。一晩限りの密会とお互いに了承しあっていて、合意の上だ。友だからと言って、そういう行為をするな、などと縛り付ける権利などない。だけどやはり友としてはそういう事は許せない。彼自身、旧友たちの憤りを知っているがやめるつもりはない。そして何も変えることなく、社会に出てからも同じだった。ここにやってきて昼寝をするのも変わらない。






「ちょっと、何するのよ」
「いいだろ、別に」
「ダメよ、離して」




良い感じで眠れそうだと思った矢先に飛び込んできたもの。下から聞こえてくる男女の会話。
見れば男が一方的に女の手首を掴んで、彼が登っている木に押さえつけている様子だ。目の前に広がる葉のおかげで2人の顔は見えなかった。


欠伸をして、また幹に凭れ掛かる。
別にそういう行為を目にしても何も思わない。自分自身がそういう事に対してなれてしまっているのだから当たり前だ。しかし、こんな近くでしかも赤の他人の情事を見たり聞いたりするのはさすがに気が引ける。まあ、エロ本を見て騒ぐ男や変態にとったらこの光景は確かに嬉しいものなのだろうが、あいにく、そういうことに対しては困ってはいない。


ヤルなら他の場所でしろ、と思ったが何せここは穴場だったのだ。だからセックスできる場所と言えばここは最適だったのだ。しかし、木の上で眠りにつこうとしている彼の姿は2人からは見えていなく、気がつかれてもいない。




「ちょっと、どいてよ」
「何で嫌がる?」


「一昨日はあれほど愛し合っただろう?」という鳥肌が立つほど寒い愛のささやきに女は冷たく鼻でフン、と返した。


「私は彼女がいる男とはしないのよ」
「なに、やいているのか?」




かなり耳障りな会話を聞きながらそれが終わるのを待つ。
シュ、というネクタイが外れる音。



「あ……っ」



甘いなんともいえない声に男が欲情したのか少しばかり荒々しくなった鼻息が聞こえだす。


両手を頭の後ろに添え、枕代わりにして目を瞑っている彼のくせのない黒髪を太陽の光がキラキラと光らせ、同時に風で揺らした。




「いい加減にしてよ」
「何を今更、感じているくせに」




女は何も返さなく、それに満足したのか男は行為を続ける。しかし、











「ふざけんじゃないわよ」








「・・・!?」



突然、思いもしなかったことに、女の怒り声と男の「ひッ」という情けない声とドンッという鈍い音が響いた。
バッと状態を起こして、下で起きた出来事を確かめるようにしてのぞき見る。



「誰が妬くですって・・・?」


そこには冷たく言い放った、今まさにこぶしを振り下ろした女と吹っ飛ばされた男が目に入った。男の尻もちをついた近くには解かれた紺のネクタイが落ちていた。



「お前、何しやがる!?」
「襲われそうになったので、身を守っただけよ」
「なッ!」
「ああ、彼女にこのことをばらされたくなかったら2度と私の目の前に現れないことね」
「何だと」


「知っているわよ、あなたのかわいい彼女のこと。将来を誓い合った仲ですってね。もし、彼女の御父様に、この事がばれれば、あなたの名家の名にどれほど傷がつくのかしら・・・?」


クスクス、と笑っている女を見て、わなわなと震え始めた男は「覚えていろ!」と負け犬の遠吠えのごとく言い放ち、走り去った。


しかし、数分経っても女のほうは動こうと言う気配はない。
どうやら終息したらしい。彼は、何事もなかったかのように昼寝へ戻る。女が立ち去るのを見届けはしない。けど、こうも男をあしらった女の顔が見て見たいとも思ってしまう。気になってしまう。



「あなたって覗く趣味があるのかしら」



先ほど、甘い声を上げた上に、男を容赦なく殴った女が、誰にともなく呟いた。周りに人はいない。それは、木の上にいる彼にしか届かなかった言葉だ。
瞑っていた目を開けず彼はにやりと口を吊り上げた。



「あれ、ばれてた?」
「ばれていないとでも思ったの?」


「へぇ」と呟いて目を開く。女は背をむいていた。顔は見えない。ザワっと大きく木が揺れて、その瞬間タンっという何とも軽い身のこなしで、高い木から地面へと彼は平然と飛び降りて着地した。
眠り損ねたせいか、欠伸が1つ出た。そして顔を上げれば女はすでに彼のほうを向いていて眉間にしわを寄せていて。ただ、肌蹴たカッターシャツから白い胸が露になっていた。おい、隠せよ、バカかと思ったのは普通の反応。それより、そんな事より女の綺麗な容姿に姿に彼は思わず見とれる。だが、数秒も経たないうちにまたにやりと笑った。

何よりも疑問に思う事。こんなに綺麗な容姿だというのに、彼女に対して全く見覚えがなかったということだ。このあたりの人間ではないという事か。


同い年か1つ年上なくらいだろう。身だしなみから、どこかの受付嬢かと推測する。



「助けなさいよ」
「別に困っているようには見えなかったけどね。それにあいにくだけど俺はそれほど良い人じゃない」
「じゃあ、あのまま見ているつもりだったのね」
「いやいや、勘違いしないでくれ。俺は不自由してないから」
「それじゃあ、見過ごす気だったの?それも最悪じゃない」
「だけど、あんたが男をぶっ飛ばしたんだろ。俺が助けなくても大丈夫だったくせに」
「・・・それもそうね」



何だか知らないが納得した彼女は彼の顔をじっと見つめた。


「あら、あなたは・・・」
「なんだ?」
「有名な女殺しさんね」
「それはどうも」
「ふふ、あなたも大変ね。バカ女の相手は」
「分かってくれる?」



乱れた長い髪を整えて、肌蹴たシャツのボタンを丁寧に留めて「もちろん」と先ほどの問いかけに返す。
土で汚れた手で顔をぬぐう。これほどに男前で女らしい女を見たことはない。



「じゃあね」


そう言うと、背を向けて負け犬のごとく立ち去った男が辿った道を彼女も歩き出した。まるで何事もなかったようなそぶり、態度の彼女は1度もこちらを振り向かなかった。

別にここにいる理由などはないが、何故か彼女が立ち去ることに不思議になった。何故だろうか、もう少し彼女はここにいる気がしていたのに、だ。



トンっと木に凭れ掛かってポケットからタバコとライターを取り出す。
まだ彼女は届く範囲にいる。


「あんたの名前なんつーの」
「あなた、早死にするわよ。いろんな意味で」



全く違う答えが返ってくる。予想ができない女だ。笑いが出そうになる。これは、おもしろい。
そして進み続ける彼女を見ながらタバコを1本口に加える。何故、1度もこちらを振り向いていないのにタバコを出したことを知っているのだろう。




あんな女は見たことがない。彼はニヤリと笑った。
眠気はとうに吹き飛んでいたことに気が付いたのは、それからすぐのことだった。






風は強さを増す。




「おもしれー女」





(後日、彼は彼女を探し出します)





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