「サイテー、もうアンタなんかの顔なんて2度と見たくないわ」 「あ、そう」 こうしてひとつの恋は終わりを告げた。 女は男に渾身の一撃をプレゼントして。 シ | ク レット ラ ブ 事務の部屋の窓からは、オレンジ色と赤色が混ざった綺麗な夕日が差し込んで来ていた。明るかった外がまるで落ちていき、その様子は何かを隠すかのようで、女は目を細めた。そして本格的に暗くなっていく外に何か共感できて、このまま黙っていようと言う気持になった。そして定時を過ぎて、帰るものたちが慌ただしく、この部屋から退出していく姿が見られた。女は、人の少なくなった部屋をぐるりと見渡した。探していたものを見つける。そして、まどろむ。また、時間は過ぎていく。どうしてこんなに時間は早く過ぎるのだろうか、と考えてみたりする。そして、不意に数時間前まで可愛らしいお嬢さんと一緒にいた最低な彼の顔を見る。彼はまだ、この部屋の中にいたのだ。 「クスクス」 「何が面白いんだよ」 「だって、あの営業部のエースが振られるなんてね」 「お前のせいだろ」 「あら、私が何か?」 笑いをかみ殺すその表情が、いつも以上に色っぽくて、こいつのこんな顔を知っているのは自分だけだと思うと妙に優越感がそこには確かにあって。気がつけば俺は噛み付くようなキスをしていた。だけど彼女が、それに対抗するような荒いキスを倍にして返してきたから、馬鹿みたいに興奮する。これは内緒にしておこう。ああ、また秘密が出来た、俺は不適に笑って、そう呟いた。 「この関係は秘密か?」 「ええ、そうよ」 「だが、知られてしまったようだ」 「あらら」 彼女はどうでもいい感じで返事をする。いや、本当にどうでもいいのかもしれないが、相槌をとってくれているって言う事は少なからず気にしていてくれているのだろう。「そういえばこの頃は日が落ちるのが早いわね」彼女は至ってこの場に関係ないことを言う。俺は一言「そうだな」と返した。俺はそんな、彼女の雰囲気がたまらなく好きだったし、こういうところに魅せられてしまったのだ。俺はどうやら年上に目がないらしい。甘えたいのか。どうなのか。いや、彼女は俺を一度だって甘やかせてくれたことはない。彼女の心は全く掴めない。まるで蝶のようにヒラヒラとどこかに行ってしまうかのようだ。自分の心はもう、すでに囚われているというのに。俺は舌打ちをする。その苛立った俺の様子に綺麗に微笑み「意外と短気なのね」なんて気づかぬふりをする彼女。いつだって向こうが上手だ。 周りに誰もいない。何故ならここに残っているのは己だらけ。時間はもうとうに定時からかけ離れている。そして、2人はこの時を狙っていた。真っ暗な闇に金色の月が輝く時に、ここでのみに2人に与えられる逢瀬。何か理由があるのか?そう聞かれれば、はっきりと「ない」と答えるし、答える気なんて更々ない。自分達はこの関係が好きなのだ。誰かに見つからないようにというスリリング。そう、これは一種のゲームみたいなものだ。どうする事もなく始まった関係に本気になってしまっては、このゲームは成り立たない。だから、自分の気持を打ち明ける事はないし、彼女の気持ちを聞こうとも思わない。もう少しこの、スリリングを味わいたいのと、本音は振られるのが怖かったからだが。 「お前のせいで俺は振られた」 「え、もしかして、あなた、あの子の事好きだったの?それならごめんなさい」 冗談めいた彼女の声に、一瞬だけ顔を顰める。が、彼女には、きっと顰めた顔さえも子どもに見えてしまっただろう。自分より少しだけ年齢が上の彼女を見下ろしながら、俺は二ヤリと笑う。その表情の意味を分かっているのか、彼女もニヤリと不敵に笑う。 「分かってるだろ」 「ええ、分かってるわ」 そう、ゲームなのだ。 そして、全ての事柄はゲーム。だが、本気になってしまったのは片方だけか。それでも、俺は、自分で自分の首を絞めながらも、この関係を楽しんでいるのは確かな事だった。そんな気持に気がついているのかもしれない彼女は、黙って微笑んだままだ。 「これから、どうする?」 「あら、そんな紳士的な事、聞いてくださるのね」 「俺はいつだって紳士だぜ?」 「どこがよ」そう小さく言うのと同時に私は、壁際に押しやられる。それが何を意味するのか、分かりきった事は聞かない。何故なら時間の無駄だから。夜が明けるのは一瞬、だからこそ、今この時の一分一秒も大事なのだ。 私を捕らえるのはあなたの瞳だけ。 分かっているのかしら?あなたは、もう私を手に入れているのよ?なんて言葉、言ってあげない。この関係が好きだから。そして、ゲーム感覚で私に付き合えと言ってきた彼を戒めるためにも言ってあげない。私はずっとあなたの事が好きだったのだから。もし、それを言えば彼は眩しい笑顔で喜ぶのだろうけれども、それはまだ先の予定にして、まだこの関係に甘く浸かっていよう。気持は保留。私は冷たい壁を背に感じながら、そんな事を考えていた。 「紳士じゃないわ」 「そうか?」 背中が痛い、という私の主張は無視される。 首筋を這う彼の舌に久しぶりの感覚を覚えた。 ほんと、私の意見など聞かないくせに。 「何のために聞いたのよ」 「言ってみただけ」 呆れたように微笑むと、窓から見える夜の空を見つめる。そこには星がキラキラ輝いていて、そのど真ん中にドカリと居座っている、2人を繋ぐ月に感謝などはせず、私は睨みつけた。 欠伸がでるのを噛み殺して、彼の髪に触れる。指と指の間をスルリと滑り落ちる。 「寝るなよ」 「頑張るわ」 あえて、「寝ない」とハッキリ言わない彼女に、愛しさが湧き上がってくる。何故、これ程に魅せられてしまったのか、それは分からない。 「眠ってたら朝まで一緒にいてやるよ」 「バカ?」 ああ、どうしよう。 眠ってやろうか。 彼と朝まで共にいられるなんて、今まで一度もなかったのだから。本気で考えた彼女を彼はまだ何も知らない。 無機質なビルのある一室に、月の光が差し込んで2人を照らす。 月に惑わされたわけではない。私は暑い暑い真夏のある日に彼に囚われたのよ。だってその日は輝くような日差しを浴びたから。 太陽に惑わされた私の心は、彼にまだ伝えない。 あの日、女の子といる時より、楽しそうに子供っぽく笑う彼の笑顔が、太陽みたいに綺麗だったから。 いつか、太陽の下、あなたとキスしたい。 それが叶うまで、あと |