ああ、いつのころからか。 気がつけば彼は、いつも遠い方向を見つめている。 私が呼んでも気がついてくれなくて。 だから、悔しくて私は彼に話しかけなくなった。 話しかけられても一度で気がつかないフリをした。すごく子供っぽくて情けないけれど、この気持ちは止められなくて。苦しくて泣きたくなってしまうのだ。でも、そんな私の気持ちなんて知らずに平然と笑いかけてくる彼が憎くて・・・彼は何にも悪くないのに。 八つ当たりをしてしまっている。この際、思いっきり泣けば楽になれるのかもしれない。 けど、泣いてしまったら余計に惨めになるから泣けなかった、泣きたくなかった。苦しい。 私は彼にとって特別いなくてもいても何も変わらない存在なのだろう。 物心ついてからは人前で泣いたこともなかった。 だから今更、惨めに泣いて泣いているところを見られるなんて、恥ずかしすぎる。 それ以上に恋心で涙を流す自分を知りたくなかった。 「あなたは強いね」って言われたことがあったけれど、強いわけじゃない。 ただ、泣き方が分からないだけだ。強がっているだけ。どうやって、顔をくしゃくしゃにして泣けるだろうか。 「なぁ」 先ほどまで“彼女”を見ていたはずの彼の視線がこちらにあった。久しぶりに彼の顔を真正面から見た気がして(まぁ、実際私が避けていたからそうなのだけど)ドキリとする。彼は彼女に夢中な様子だ。なんていうか、彼があそこまで真剣に1人の女性を好きになるなんて考えもしなかった。だって「恋なんてするだけ無駄だろう」と昔、彼自身がやけにキザっぽく言っていたのだから。 彼の目はいつも彼女を探している。そして探さなくとも彼女はいつも近くにいるのである。なぜなら、彼女は私の十年来の親友だからだ。私がいれば必然的に彼女と会うことになるのはご察しの通り。そして、これも最近気がついたことだけど、もしかして彼が最初、話しかけてくれたのは、私が彼女の親友だったからではないのか?ということだった。ありえる。・・・ああ、悲しい。こんなの、私が入り込む隙間なんてないじゃないか。彼女も彼のことは嫌ってはいないし、むしろ好きだろう。 「おい、何ボーっとしてんだよ」 「へ?・・・あー別にボーっとなんかしてない」 「嘘つけ」 「嘘なんかじゃないけど」 「それに、最近俺を避けてるだろ」 「・・・(バ、バレてる!)」 「言いたい事あるんなら言え」 「アハハ・・・避けてないよ!」と。 私が避けていた事、気づかれていたんだね。 笑い飛ばしてはぐらかそうとするけれど、彼は納得いかないような顔をして、まだ何か反論してきそうだった。とっさに「じゃあ、私は戻らないと!」と逃げるように彼の前から去った。 ああ、何してるんだろう。 「バカみたい」 本当、このバカやろう 涙、出ない、出さない、まだまだ大丈夫 そしてこの先もきっと、私は見てしまうのだろう。彼が彼女を見つめている姿を、彼女を探す彼の目を。 彼女の横にいるオマケの私のことなんて気にも留めていない。どれだけ、私が彼を見ても彼はこっちを向いてなんかくれないのだ。彼から相談とか協力を求められないだけマシなのかもしれないなぁと自分を慰めてやる。私は何も出来ないし、何もしなくても大丈夫なのだ。彼女の目はすでに彼の方へ向いている。あーあ、両思いだよ。 おめでとう、そんな言葉を言わなければならない日はもうすぐやって来る。その時、私はちゃんと笑っていられるだろうか。2人の友人として、心からの祝福を。自分の気持ちを隠して悟られず笑っていられるのだろうか。涙なんてもの、流れて来なければいいのに。自信なんて全くない。けど、2人の前で涙を流すくらいなら唇を噛みしめてでも踏ん張ってやる。そして嬉し涙さえ流してやるさ。唇が切れたって、血が流れたってかまわないから、どうか、惨めな涙だけは流れないで。 お願いだから、泣かないで もう少し、もう少し |