▼ 女心と春の空 (2/13)
一年前、名前の小さい肩を抱いたあの日、オレは腕の中のぬくもりを感じながら、改心すると決意したから。
だから名前の傍にいるために、オレは変わりたい。
いや、変えたい。
もう懲り懲りだった。
名前を失うかもしれないという恐怖感を味わうのは。
名前のモノなら全て、余すことなくオレのモノでもあってほしい。
そっと髪をかきあげるその手も、強がって張っているその肩も、顔を埋めたくなるその首も、不平を漏らさないその口も、オレを映すその瞳も……
そうやって感傷的になって、輪郭をなぞるように名前を眺めていたら、ふいにこちらを向いた双眸に捉えられた。
「で、シカマルはどう思う? やっぱり足りないかな?」
どうやら、始めのあれは、独り言ではなかったらしい。
「どうって……」
まさか、これ以上買う気でいたのか?
現実に引き戻されるにつれ蘇ってくる腕の痛みを感じ、即答できない。
オレの両手には既に、里にある店のあらゆる飲料水を買い占め、膨れ上がった買い物袋が数個、ぶら下がっていた。
Cランクとはいえ、任務後にこれだけの荷物運びは正直堪える。
「五代目も来るんだ。どうせ大人は酒を持ち寄って呑むんだろうし、未成年だけならそれでいいんじゃねえの?」
「でもチョウジも未成年だよ」
「そりゃそうだけどよ、」
同じ物を見て過ごしてきただけに、痛いところを突く。
だがそれならこう切り返せる。
「チョウジを考慮したら、上限なんてないぜ?」
眉を顰めてそう言えば、強張っていたその表情が一気に和らいだ。
絶対に成功させたいと思う、名前にのしかかったその重圧は、屈託ない笑いに溶け込んで消えていく。
「それよか肝心の食いもんは? 一旦家にこれ置いて、また買い出しか?」
「それはないから安心して、そっちはいのとサクラの担当!」
「そりゃまた自己主張激しそうな者同士がくっついたもんだな」
それなら名前かヒナタが、二人のどちらかと組んだ方が無難だったんじゃ?
楽しい計画の準備のために喧嘩が起きたら元も子もない。
それを伝えると、名前は分かってないなぁと前置きし、「サクラは力あるし、あの二人の事だから、言い争いながらも何だかんだ仲良く買い物してるよ」と言いつつ、しかしその情景を想像しおかしくなったのか、笑いながらオレの肩を叩いてきた。
荷物の重みもあって、前方によろける。
そんなオレをまた笑い、お返しに押し返そうと企むオレからするりと逃れると、それに、と続けた。
「少しはわいわいしてた方が、いいと思うんだ」
急に潜められた声。
はっとして、名前を見る。
名前は笑ってはいなかった。
立ちすくむ二人の間を、風が吹き抜けた。
春を感じる南風だった。
「お前まで暗くなるこたねぇだろ」
両手の荷物を持ち直し、何事もなかったかのように歩き出す。
「……ごめん」
大きな溜め息か小さな深呼吸か。
名前の発するどちらともつかない空気の動きの後、黙ってついてくる気配を感じた。
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