捧げ物 | ナノ


▼ かくれんぼの続き (2/10)

前触れはあった。
ここ数ヶ月、担当上司の様子がおかしかったのだ。

任務前に高圧的に失敗厳禁を言い渡したかと思えば、任務後には必要以上に腰が低くなり成功をねぎらう。
まるで立ち位置が安定していないその様子にチームメイトも不審に思ったらしく、チーム内では上司の情緒不安定説がまことしやかに流れ始めた。
もしそうなら、そろそろ何か目に見えた異変が起こるだろう。
そうしたら上に掛け合ってしばらく休暇を申請してみようか。
見当違いに人様の心配をしている傍ら、私の知らないところで計画は推し進められていたらしい。

里外任務帰還直後、スリーマンセルの中で私だけが上司に呼び出された。
向かう場所が風影室だと気づくのにそう時間はかからなかった。


「お待たせしました。名前を連れて参りました」

聞き慣れない上司の敬語に、自分がどれだけ身分違いな人と対峙しているか思い知らされた。
入室の際には上司に倣って深いお辞儀を一つ。
滅多に会えない格上の相手。
無作法にならないように配慮したはいいけれど、しかし自分がここに連れて来られた真意が分からないまま、ただ成り行きに身を任せていた。

部屋には風影様の他にバキさんやテマリさんやカンクロウさん。
風影様の護衛のためか、壁伝いには仮面で顔を隠している暗部が数人待機していた。
皆一様に浮かない表情をしていて、それが部屋全体の空気を何となく重苦しいものにしていた。
少なくとも楽しい話をしに集まったわけではない事だけは確かだった。

何も事情を知らなかった私にとっては急展開もいいところだったけれど、先方は待ちくたびれていたのかもしれない。
一息つく間もなく議論は始まった。

その話題の中心は、私を暗部に入れるか否か……

その突拍子もないように思われた案は、随分前から立案されていたものらしい。
それが暗部の人たちの反対のせいで可決まで時間がかかっていたようだ。
戦闘経験もろくにない忍は必要ないというのが主な反対意見だった。
しかしバキさんを始めとしたテマリさんとカンクロウさんの上忍三人は、その意見はもっともだが任務の成功率によっては入隊を認めると言ったただろうと反論する。
ばつの悪そうな様子を見ると暗部も一度はそれを承諾していたようで、おそらく私がどこかで任務をしくじると踏んでいたのだろう。
しかし予想に反してぬかりなく任務を熟していくので、最後の最後にここで悪あがき、都合よく初心に戻りやがり、また始めから議論がなされた、と。

この最終局面しか見せられていない私としては甚だ遺憾だった。
こんなもの、私の一言で決着がつく。
如何に無駄な議題に時間を費やしていたか彼らは思い知るだろう。
それもこれも私のせいではない。
私を無視して話を進めた上司と、それに疑問を抱かなかったこの人たちのせいだ。

何度目かに繰り返された、しかし彼女には自覚がありませんという暗部の言葉。
それに決定事項だと押し通すバキさんの返答の前に、ついに私は待ったをかけた。
下っ端が口を挟むとは微塵も考えていなかったのだろう、立ちすくしているだけだった私に一気に注目が集まった。


「私は暗部には入りません」


意を決して言い切ってしまうと、面白い反応が返ってきた。
激しい言い合いで忙しなく動いていた口がその一瞬で完全に動きを止めたのだ。
その静けさといったら、まるで全員が同時に走馬灯でも見ているかのようだった。
虚空をたゆたい始めた思考は中々戻ってこない。
私には隙がありすぎると意見した暗部ですら、今ならこの私でもやれそうなほど無防備に驚いている。

暗部入隊の大抜擢。
そろいもそろって拒否されるとは思っていなかったという体だ。

「何故だ」

静寂を破る一言は、風影様から発っせられた。
今まで口をはさまなかった分その短い言葉には重みがあった。

「私には得意忍術も経験もありません。荷が重すぎます。それに、」

そう言って天井を見遣る。

「私の力不足で私が死ぬだけなら自業自得で終わりですが、周りも巻き込んでしまう可能性があります。暗部に足手まといはいらないと――彼らもそう言いたそうです。
残念ですがこのお話はなかった事に」

あなた直属の部下なんて御免だ。
それが本音だった。

風影様に尽くそうと心から思える、実力のある人が暗部になればいい。
私にはそのどちらもが欠けていた。

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