マギ | ナノ


不和なる者と闇き狂熱

 賑わう祭りの最中に現れたイスナーンは、表には出すことはしなかったが僅かばかり戸惑っていた。
 迷宮の中で付けた傷口から白龍の身体に潜み、上手くシンドリアに潜り込めたまでは良い。だが、術が発動するまでに殺されかけるとは思わなかった。ジュダルがなにか仕掛けていたらしいが、生憎とその時は自由に動けなかったイスナーンに知ることは出来ない。知る必要も無ことか、と今は思考から切り離す。重要なのは、なぜ、この女からあの偉大なる大王の気配がするのか、ということだ。

「ソロモン王……」

 遠い昔、異なる世界……敬愛していた王の残滓。それがなぜ、第四皇子の従者からするのか。王の眷族に、このような顔形をした者はいなかったはずだ。散々戦い争ったのだから覚えている。忘れられるべくもない。こちらの世界の人間よりもはるかに、イスナーン達はジンに詳しいのだから。
 第四皇子はザガンを攻略するまでジンを持っていなかった。それはわかっている。ならば、これの主は何処だ。そして何故、これはこんなにも弱っている。

「そうか」

 失神したらしい珂燿を凝視し、ルフの流れを辿る。僅かにだが、白龍に伸びているものの、それはひどく脆い繋がりでしかなかった。煌帝国の建国時からあの国に深く入り込んでいたイスナーンは悟った。
 そして、完全に抵抗のなくなった珂燿から目を離すと彼はぐるりと周囲を見渡す。白ルフに溢れた、とても居心地の悪い国だ。呆然とした目、恐怖に染まる目、怒りを燃やす目、険を帯びた目……イスナーンはシンドバッド達に向き直る。

「何者だ」
「おや失礼。この姿では誰も分からないか」
「! お前は、ザガンの迷宮にいた……!」

 他人の身体に潜んでいたせいで、今のイスナーンは生身を晒していた。一つ謝ると彼は手を振り、魔術を行使する。どこか剽軽ともいえなくもなかった長髪の男は一瞬にして服をまとい、仮面を付け、鎌を手にしていた。その姿は、ザガンの迷宮でアリババ達が対峙し、倒したはずのアル・サーメンの男そのものだった。
 あの時確かに倒したはずなのになぜ、とアリババは困惑しながらも、油断なく剣を構える。

「マギ、アリババ王、そしてシンドバッド王よ。君たちを迎えに来た」
「………………」
「珂燿おねぃさんを離して」
「そうはいかない、マギ。これにも用が出来たからね」

 空っぽの器に、イスナーンは呪詛を流し込む。鷲掴んでいた左手から黒ルフを送りこみ、器の中を侵した。白い肌が黒く染まる中で、珂燿は小さく呻いたが、瞳は開かない。

「珂燿!」
「皇子、なりません!」

 白龍が槍を掴み、珂燿の元へ行こうとするが、周りにいる煌の兵士が押し止める。
 誰よりも速くシャルルカンが動き、流れるように剣を一閃した。鎌を構える暇も与えられなかったイスナーンは胴体から断ち切られ、左腕を落される……が、三つに分かれ地面に散らばった肉片から、再び闇色の蛇が生まれ寸分変わらぬ姿でイスナーンは再生する。
 腕を落した事で解放されて地面に倒れそうになった珂燿を抱え上げたシャルルカンは、追撃はせずにイスナーンから距離を取った。シャルルカンは弛緩した彼女の身体を左腕に抱え、右手の剣の切っ先をイスナーンから逸らさない。

「ちっ……」
「くそっ、なんだこいつら!?」

 三体のイスナーンは、再び珂燿を狙う事はなく。地面を滑る様に動き、迎えに来たと言った三人……アラジン、アリババ、シンドバッドの元へ向かう。
 アラジンはイスナーンの攻撃をボルグで防いだが、アリババはシャルルカンのように剣で両断し、シンドバッドに向かっていたものは眷族達に迎撃された。
 アリババが切り付けた傷口の断面から、眷族達が砕いた肉体からそれぞれ溢れだした血が、重力を無視してアリババとシンドバッドに飛びかかる。

「!?」
「マギだけ感づいたか……」
「っ……これは?」
「血が、黒く!?」
「呪いさ、そこの従者にかけたものと同じだ。我らが父の遺志による、死の呪縛だよ」

 イスナーンの血が二人の身体に触れた時、呪いが発動した。二人の魔力の気脈に取り憑き、ルフを黒く染めていく。右腕から侵食されたアリババは不快感に顔を歪めるが、左腕から頭にかけて侵食されているシンドバッドは、黙ってイスナーンを睥睨した。
 シンドバッドに害をなした男に、兵士たちは槍を向けて激昂する。

「我らが王に、こいつ」
「だめだ! そいつを切っちゃいけない」
「勘が良いな。招待状が欲しいという者が他にもいるならば、配るのも吝かでないのだが……」
「招待状……っ、堕転!?」
「そうだ。第一級特異点、シンドバッド王。ソロモンの傲慢に選ばれし器、アリババ王よ。黒き王となり、我らが父の元へ下れ!」

 この呪いに喰われれば、人はまったく別の存在へと生まれ変わる。心に一粒の闇を持たぬ人間など存在しない。イスナーン達、アル・サーメンはその一粒を増幅し、黒ルフで埋めつくし、この世界を暗黒へと落そうと暗躍していた。運命という名の鎖から解放されるために……。
 そのための障害となる二人の王に種は蒔けた。おまけに、探していた端子も見つかったのだ。今まで気がつかなかった事は大きな損失だか、まだ遅くはない。

「私はそろそろ失礼するとしよう……この国は白ルフに塗れて息が詰まって仕方なかったが、君の中はとても居心地が良かったよ、皇子」
「!?」

 突如として水を向けられた白龍は怯えたように瞠目した。イスナーンはシンドバッドの眷属に護られている珂燿を示し、語りかける。

「それは君の手には余るものだ。だからこそ……大事に育ててくれたまえ」

 白龍の中のルフをつぶさに見ていたイスナーンは嗤い、シンドリアから姿を消した。

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