マギ | ナノ


涅槃へと横臥す躯は絳帳に包まれ

「……主公?」

 駆けていくうちに、白龍が魔力を使っている気配を僅かにだが珂燿は感じた。走れば走るほど、感じる強さは大きくなるが、どうにもおかしい。
 階段の奥に設えられていた悪趣味な扉を、走っていた勢いのままに押しあける。罠など気にせずに、珂燿は白龍の魔力を感じる部屋に飛び込んだ。

「なっ!?」

 何がどうなって白龍がアリババ達に刃を向けているのか、珂燿にはわからずにただ人形のように立ちつくした。白龍は身体の左半身まで魔神に変化させていた。武器まで変質させており、柄の両端に刃を付けた両刃の槍を振るう。
 珂燿は混乱した。どちらに加勢すれば良いかわからないのだ。白龍はアリババ達を攻撃しているが、とても正気には見えない。アリババ達を助けろと以前白龍が言った言葉と状況が、背反した。

「いったい何がどうなっているのですか!?」
「白龍おにぃさんも母親の幻を見せられて、暗示が解けないんだ! 「大聖母」を母親と思い込まされて、守ろうとしてる!」
「母親……!」

 白龍の母親……それは、珂燿にとっての鬼門だ。
 珂燿がただひたすらに憎んだ女、練玉艶。珂燿から大事なものを奪った、大事なものを傷つけたアルサーメンの魔女。珂燿が殺してやりたい女狐。だがそれは、白龍が無垢な頃に、慕っていた母親だった……。

「主公! 貴方の刃が濡らして良い血ではありません!」

 正気に戻った時は悔やむだろう。だから止めなければならない。そう苦渋の判断をして、珂燿は白龍の刃の前に立った。
 稽古ではなく、白龍と向き合う気持ち悪さをこらえながら珂燿は梢子棍を振るい、白龍の槍を受け止める。

「操命弓……!」
「くっ」

 ザガンを身にまとった白龍は植物のみならず、空気中に存在する微生物・細菌さえも魔力を与え自在に操った。豊富な魔力を喰らい爆発的に細胞を増殖させた白龍の下僕は、見た目に気を使う事がないのかツギハギされたような酷く歪な外見をしていた。
 白龍の穂先から産まれた生命に、珂燿は棍を突き立てる。戦術も何もないこれでは、ただの伸びる腕のようなものだ。

「お借りいたします……操命棍!」

 先程手に入れた珂燿の金属器の能力も、白龍と同じく、命を支配する能力を持っている。ただ、もっと狭く、もっと深い。
 棍に触れている相手の魔力を掌握する事で、恣に操る事が出来る力を持っていた。とても繊細な魔力操作能力を要するが、やろうと思えば珂燿は元々金属器にさえ干渉することができたのだ。白龍が生み出した単純な生命体なら尚の事、制御下に置くのは容易い。
 骨格を作り、神経を伸ばし、筋肉を整え、鱗を纏わせ、牙を尖らせ、一端の生命らしい形へと作り変える。

「行ってこい!」

 そうして作り出した生命を、白龍が生み出す下僕への楯にして、白龍を正気に戻そうと珂燿は腐心した。
 魔力量は圧倒的に白龍の方が多いが、珂燿は最低限の魔力を使い、効率的に白龍の攻撃を無力化していく。白龍が正気であれば、旗色が悪くなるのは珂燿かもしれないが、今の白龍は芸も無い力押しだ。金属器使いとはいえ、珂燿一人で十分対応できる。

「主公! 今更あの女に感情を乱されますな! 人の情を解さぬ畜生に、御身が情をかける価値など無い!」
「お前が、お前が母上を……!」
「現実を、見たのでしょう……! 逃げないでください! ……?」

 白龍と斬り結んでいた珂燿の頬に、何かが飛び散った。
 白龍が作り出した下僕の細胞の欠片かと思ったが、そうではなかった。白龍の、血だ。

「わ、か……君」

 珂燿は、己の間違いを付きつけられた。
 無造作に魔装の力を使おうと、魔力は無尽蔵では無いのだ。限界が来ても、それでも白龍は刃を止めない。痛々しく体中から血を流しているのに、それでも戦おうと幻影の母親の為に白龍は槍を振るう。
 優しい子なのだ、ほんとうに。自分の身を省みずに、ひたすらに大事な者の為に刃を振るえる、優しい笑顔の……。

「わ、たし」

 白龍の血を見た途端、珂燿の動きが鈍った。白龍が、血を流しているのは誰のせいだ。守ると誓ったのに、何故この子は血を流している。

 私が攻撃を受け止めたからだ。気を纏わせた棍で受け止めてしまったから。

 もっと早く、もっと確実に、白龍を傷つけずに、血を流させずにすぐに止める方法があったのに……外聞なんてものを、気にしてしまったからだ。

「若君……申し訳、ありません」

 珂燿は梢子棍を捨てた。こんな物を握っていては、満足に白龍に触れることも出来ない。背後でアラジン達が叫ぶ。無視をする。珂燿にとって何よりも大事なものは、目の前で血を流す子なのだから。

「珂燿さん!」
「珂燿おねぃさん!」

 そして、珂燿はその体で白龍の刃を受け止めた。槍を握りしめる白龍の血まみれの手に、珂燿は己の物を重ねた。鎖骨や胸骨をへし折られながら、力を込めてくる刃を白龍の好きにさせながら……珂燿は血を流す白龍に魔力を注いだ。

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