マギ | ナノ


往にし方来えし日溜まりの穴

 そう、アラジンが別れを受け入れたはずのアリババも、彼らが乗り込んだアクティア王国行の船にちゃっかり乗船していた。
 突っ慳貪な態度をとってしまった反動で素直に同行を言い出せない思春期は、アラジン達に見つかる前に彼らが泊まるであろう船室に駆け込んだ。先回りし、出迎えのポーズやかける言葉を考えていたアリババだが……いつまでたってもアラジン達が部屋に入って来ず、隣室がにぎわっている事に気付いた。

「わー、ハンモックだー!」
「でも、三つしかありませんね」
「つ、吊って……揺れ、てぇ……私は床の上が良いです! 是非床の上で寝かせて下さいませ!」
「うーん……そうだ! だったら珂燿おねぃさんは僕と一緒に寝ればいいのさ」
「ア、アラジン殿!?」
「ひっ……お気持ちだけで、お気持ちだけで!」

 聞き耳を立てるように、アリババは壁に耳を当ててみる。板一枚を隔てた場所から、聞きなれた談笑が聞こえるのは、つまり……。

「………………」

 部屋……間違えたー!?
 どうする、隣の部屋に偶然を装って入るべきか。きゃっきゃうふふと話を弾ませている隣室を羨みながら、アリババはいや待てよ……と機会を伺った。

「でも……なにか物足りない気がしないかい?」
「はい、実は私も……」
「やはりアリババさんないないと俺達は駄目なんですよ!」
「若君のおっしゃる通りです。いつかではなく今アリババ様にお会いしたい……!」

 ……これはアリババの願望をお送りしたわけだが、きっとすぐにこういった流れになるに違いない。そう彼は期待して時を待った。

「荷物はこの辺りに纏めて置きましょうね」
「……珂燿さんは荷物が少ないですね」
「収納するコツがあるのですよ。よろしければお教え致しましょうか?」
「はい、お願いします」
「モルさん、珂燿おねぃさん。早く白龍おにぃさん作ってくれた朝ごはんを食べようよー」

 きっと……すぐに……。
 白龍が作ってきた朝食に舌鼓を打ち、話を弾ませるアラジン達。珂燿にいたっては感動のあまり涙を流していた。アリババも隣室で涙を流しそうになっていた頃に待望の時が訪れる。

「そうだ。この機会にお伺いしたかったのですが、正直みなさんは「あの人」のことをどう思っているんですか?」
「あの人って誰のことだい?」
「アリババ様の事ですよね、若君……アリババ様といえば、実は私、初めて会った気がしなかったのですよ」
「……下手なナンパのような口上をするな」

 きた! とアリババは顔を輝かせた。しかも、初めて会った気がしないとはどういう事だ。まさか……意識したことは無かったが、珂燿はそんな目で自分を見てたのかとアリババは耳を欹てた。

「ですが先日、シンドリアの市場でやっと既視感の正体を掴みました」
「正体って、どういう意味だい」
「アリババ様はガルバンゾにとてもよく似ていらっしゃいます」
「がんばるぞ……?」
「いえ、ガ・ル・バ・ン・ゾ、です。そして、こちらがそのガルバンゾです」
「なんと」
「これ!」
「確かに……似ている」

 隣室が俄かにざわめいた。ガルバンゾってなんだ。誰なんだ。声しか聞こえないアリババは自分に似ているというガルバンゾなるものの正体が一向にわからない。

「アリババさんにそっくりですね、この辺りが」
「うん、色までそっくりだよ」
「ガルバンゾにはアリババ様の代わりにこちらに居ていただきましょう」
「で、珂燿。そのガルバンゾの既視感以外は……?」
「ありませんよ? 何も、全く」

 白龍の恩人だから困っていれば助けることはあるが、自身は殆ど話したこともないのに、良くも悪くも感情をいだけるはずがない……という珂燿の真っ当ともいえる感想。無関心というある意味でとても哀しい答え。
 続けて、アラジンやモルジアナのモテない、変態、といったおざりな所見を聞いたアリババは、深い心の傷を負わされたのだった。

「おまえら、俺のこと……ほんとはそんな風に思ってたのかよぉ……!」

 頭を抱えて床の上でおいおいと泣きはじめたアリババを、こっそりと扉を開いたアラジン達はその隙間から人の悪い顔で暫く眺めていた……。

「……グスッ」
「そこまで泣かないでおくれよ、アリババくん」
「アリババ様、大丈夫ですか……?」

 アラジン達はぐずぐずになっているアリババを部屋に招き、軽い冗談だったと釈明してやった。彼らはシンドバッドに、ちゃんとアリババが同乗していたことを聞いていたのだ。
 なんとかアリババを宥めた後は、それぞれの目的地の話になった。アラジンは魔法の勉強と世界の異変の一端を調べにマグノシュタットへ。モルジアナは故郷を見に暗黒大陸へ。白龍は姉の白瑛と合流するために彼女の駐屯する天山高原へ。そしてアリババは、レームの闘技場で剣闘士になるという。
 剣闘士といえば聞こえは良いが、その実態は殆どが主人に命を軽んじられた奴隷達だ。命をかけることもある格闘競技。なぜわざわざ危険を侵してまで剣闘士になろうとするのか、とアラジンは心配半分に尋ねる。

「どうして剣闘士になんて……?」
「……シンドバッドさんに、魔装の修業中に言われたんだよ……」
「あ、もしかしてヤンバラの民ですか」

 勿体振りなかなか話が進まないアリババの話の先を、白龍が推量した。魔装……魔力操作が上手くいっていない様子だったアリババの現状を鑑みた珂燿にも得心がいった。

「なるほど。闘技場ならヤンバラも出入りしていそうですね」
「白龍さんヤンバラとは……?」
「魔力操作を得意とする東方の流浪の民ですよ。俺も一時期、僅かですが指南を受けました。定住していない彼らに会うことは難しいでしょうが、流離っているのはそもそも武芸を磨く為ですので、世界最大の格闘場を有するレームには必ずいることでしょう」
「はー、そっかぁ、そんな人達がいるんだね」

 白龍の説明で、世界の広さに感心したような声を出すアラジンとモルジアナだった。
 アリババの中には彼自身の魔力と、また別の人間の魔力が宿っている。混じり合わずに分離している今の状態では、全く逆の方向を向いている馬を御すようなもので、確かに扱い辛いだろう。ヤンバラに教えを乞いたい気持ちは珂燿にも理解できた。

「………………」
「珂燿、どうかしたか?」
「いえ……少し、彼らが煌を訪った時の事を思い出しただけです」

 珂燿は昔、煌帝国に立ち寄っていたヤンバラの人間に手酷く負けた事がある。
 経験が伴わない模倣の器。そう痛いところを見事に評してくれた髭男は、いまも健在なのだろうか。願わくば趣味のギャンブルで身代を潰していればいい……そうと思うくらいに、珂燿の二度と会いたく無い一族だった。

「アリババ殿、話を遮ってしまいすみません。それで?」
「………でしたが」
「え?」
「闘技場でヤンバラの人達に魔力操作を教わるつもりでしたが、なにか!?」

 勿体振ったせいで言いたいことを全て白龍に代弁されたアリババは、半ギレ気味に声を荒げた。……つくづく今日は、アリババが泣きを見る日だったらしい。

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