6



あれは庭を彩る緑がすこしずつ黄や赤に変化しだしていたときのことだったろうか

やさしい陽光が障子と障子の間にわずかにある隙間からもれだし、

畳の上に光の線をつくりあげていた


広い畳の空間の中心には和服を着こなした男が座しており、

その対面に正座をした少年が緊張したおもむきで男の顔色をうかがっている


――お前は一族の要だ。任せたよ


普段は一文字に引き下がった口角を上げている男のその様をみて、

少年は緊張で上がっていた肩を今度は興奮で上がらせた


――せいいっぱい、務めさせていただきます!


すると少年がよく見知った顔が次々にどこからかあつまってきて

祝いや称賛のことばを口々にかけていく

少年が人々の間から和装の男の顔を盗みみると

周りの者共と同じように彼もゆるやかに微笑んでいることにきづいた



どくり



あたたかな日の白い光が朱い光線にすりかわる

障子の向こうでいくつもの黒いシルエットがうごめき

少年は一人そこに座ったまま。 周りの人々が、男が、はじけ飛んだ


あかい光とあかい臓物で染まった部屋の中

生あたたかい物が頬から顎へとずり落ちてきて、少年は、





青年は、







陰陽師が見る夢は特別という者もいるが、九は別に自身が陰陽師だとは思っていなかったし、今回見た夢もただ過去の体験が幾重にまざりあって出来あがった記憶の整理の産物にすぎないのだ。眼裏に思い浮かぶあれこれも、そう区切りをつけると霧散していった。
深呼吸を一つして。
普段あまり利用することのないベッドから起き上がり、汗によって背中にぴったりと張り付いたシャツを嫌そうに肌から引き流しながら九はシャワー室へと足を運んだ。







身支度を済ませ、広い廊下をひとり歩く。なにやら不穏な、どことなく湿気た気配がただよっており、何ごとかがあった雰囲気だ。広間から言い争いのような声がきこえ、九は一度ドアの前で立ち止まった。
ゆっくりと中をうかがうように九がドアを開くと、複数の調査隊の面々が長テーブルの前に集まるようにしているのが見える。渋い顔をしたようなものもいれば、落胆したようすのものも居て、あまりいい知らせはなさそうだ。


「あっ九さん」
「おはようございます。なにかあったんですか?」

そう問うと、南心霊調査会の面々がちらりと目線を九から逸らす。
それに気づいたのか、麻衣が不満そうな顔をしたのち、昨夜の女性――鈴木直子を見なかったかと九に問うた。続くように青い顔をした五十嵐智恵が 今朝がた気づいたらいなくなったのだと説明する。

「……残念ですが」
「自称おまじない屋っていっても、なんだかんだいって陰陽道には精通してんだろ?探索とかできないのか?」
「さがしものは僕の管轄外ですが……彼女の気の残り香を追うことはできるかもしれません。なにか 鈴木さんの所持品を貸していただけますか」

九のことばに喜ぶものと動揺するもの。なぜここで動揺するのだろうかと南一同を視界の陰でとらえるが、特に何もいわずに九はジャケットのポケットから少しよれた札をだした。札に記してある五芒星をみてぼーさんは「安倍家の遠縁って話は本当みたいだな」、と感心したように一人つぶやいたが ほとんどは 符のぞんざいな扱いに九に呆れた目を向けていた。興味深げな麻衣を一目すると、九は微笑ましそうに説明した。

「めずらしいですか?式札です。式で鈴木さんの気を追ってみます。この子たちでしたら生身の人間では無理なところも通れて、僕たちが探すよりも近道できますからね」

呑気にいう九に五十嵐智恵は心配そうな顔で 鈴木直子のコンタクトレンズ容器を手渡した。しっかりとそれを受け取ると九は何ごとかを己の手の内にある五枚の符にささやく。そうするとそれらは命を吹き込まれたかのように小刻みに動き出し、やがてちりぢりに飛び立っていった。

「よろしくね」

にこやかにそれらの後ろすがたに声をかけた九の横で まるで手品のような一連に麻衣がすごいと声をもらした。


「ひとまず様子をみてみましょう」











「測定の進み具合はどうですか?」

引きつづき屋敷の測定を行っていた麻衣、安原、ぼーさん、ジョンにかけられた声に面々は振り向いた。廊下から伺うように立っている人物の顔は薄暗い部屋の中からは逆行でよく見えなかったがその声とシルエットで麻衣は一瞬で分かった。

「九さん!」
「どうやら壁の厚さがそれぞれ違いはってて……」
「めちゃくちゃすぎて話にならねーぜ」

疲れたような顔をするSPRの労働担当の面々に九は苦笑いで労りの声をかけ、麻衣は不思議とそれで身体が軽くなったような感じを覚える。ちなみに安原は疲れた様子もなく、相変わらず食えない笑みのままだ。測定器などを持った麻衣たちとは異なり、身一つで佇んでいる九はかなりの軽装だ。


「九さんは見回りですか?」
「はい。そんな感じです」
「あ、そういえば見えるんですか?幽霊」
「ええ、一応。ですがこの屋敷でははっきりと見えませんね」
「真砂子もそう言ってたな。まったく、どーなってるんだか」
「幽霊は見えませんが、それがなおさら不気味です」

すでに五十嵐さんにはお伝えしたのですが、九はその涼やかな目で宙を一瞥して、あまり感情が読み取れない顔でつづけた。

「式が戻ってきましたが 鈴木さんの気は屋敷の中で途切れていて、追いきれませんでした」
「それって……つまり」

はっきりというのも憚れて、つい黙り込んでしまった麻衣を安心させるように九はゆっくりとした口調で否定した。

「そうとは言い切れません。どうも何かに阻まれていてこの屋敷の中心部まで式を飛ばせないので、見回りついでに確認してみようかと」
「屋敷の中心部、ですね」
「測定はまだそこまで進んではおまへんですね」
「んじゃ、さっさとここら一帯の測定終わらせてその中心部とやらも見てみよう。仲良く情報は共有しようぜ、おまじない屋さん」

からかうような口調でいう ぼーさんに九は同意を示して微笑んだ。





その日の作業を終え、麻衣が寝室で真砂子・綾子の二人と話をしていると、南麗明が悲痛な声とともにやってきた。どうやら麻衣たちが数時間ほど前に廊下ですれ違い話をした厚木秀雄が居なくなってしまったらしく、調査隊の面々は一度大広間へ集まることとなった。

麻衣たちが部屋に入ると、他のSPRのメンバーや九がすでに集まっており神妙な顔つきで会話をしていた。
軽く挨拶をすると、いまだに顔を強張らせた南麗明が再度いきさつを説明するが、今朝の鈴木直子の件同様 手がかりはなにもなさそうだった。
せっかくかの有名らしいデイビス博士がいるのに、と麻衣は博士に目を向ける。しかしその横で少し身じろいだ九になぜか違和感をかんじ、すぐそちらに目線をうつした。

麻衣は何かが小さくはじけるような音をきいた。ただの空耳かと思ったが、九があの抜けるような声で小さく何かをつぶやいたのを見て、勘違いではないと悟る。声をかけようと口を開いたそのときだった。


ばちっ
ばちばちっ

まるで電流が走ったかのような電気のはじける大きな音に一同は身構えた。しかし一秒、二秒待っても心霊現象は何も起きず、警戒で上がった肩を下ろそうとした麻衣の視界の中でまた九が動き始めた。

「えっ九さんそれ!!」

九の頬に何かで切ったような一線ができており、彼はそれを確認するように指の背で撫でているようだった。九の頬に刻まれたそれは段々と血がにじみ始め、やがて血がするすると顎へと伝っていく。その雫が重力に従って落ちる前に真砂子がハンカチを手渡したようで絨毯を汚すことはついぞなかった。

「九さん、今のは一体?」

まるで九が原因を分かっているというのはお見通しだというようなナルの言い方に彼は苦笑いを返した。

「厚木さんの行方を式で追っていたのですが……」

九が言いながら宙へと目を向けたので麻衣もそれを追うと、そこにはふらふらとしながらもこちらに向かってくる式だった。それが九の差し出した手のひらの上に落ちると、端のほうから粒子になっていきやがて消えた。

「その途中でどうやら攻撃を受けたようです」

面々が一様に驚きの声を漏らす。すると南麗明が顔を青くして声をしぼりだした。

「攻撃って、だ、だれから?」
「何からでしょう?」
「式に攻撃して、それが術者にまで傷をつけることができる……って考えるとかなり危険なんじゃないの?」

諦め半分でいった綾子のことばに同意すると、九はジャケットのポケットからぼろぼろになった紙切れをとりだした。
よく見るとそれは端のほうから黒く焼けている札で、あたりに焦げ臭い臭いを放っている。まるで今しがた燃え尽きたようだった。

「結界を貼っていなかったら切り傷どころでは済まなかったかもしれません。少なくとも、一人で行動するのは止したほうがいいですね」

どことなく気の抜ける穏やかな言い方だったが、麻衣はそれにしっかりと頷いた。







  |   


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -