黎明の月 | ナノ



「おおー…!流石、滝夜叉丸先輩に教わっただけはありますね!」

「ふふん、そうでしょそうでしょ。私上達したんだよ」

「でもたまに的の首をはねるみたいに…、」

「おっと金吾、そ、それは言わないでくれるかな?」


興奮したように拳を握る団蔵の後ろでこそりと呟いた金吾の口を慌てて塞げば、作兵衛か平太に私の残念極まりなかった戦輪の腕の話を聞いたのであろうしんべヱと喜三太がくすりと小さく笑った。年上として、いや、読み書きが駄目だった分実技では格好いい姿を見せたかったのだが、どうやら失敗に終わったみたいだ。
はあ、とため息を吐きながらも金吾の頭をこれでもかと撫で、私は今戦輪を放った庄左ヱ門と乱太郎を見やる。やけに真剣な面持ちの庄左ヱ門に対し、乱太郎は眠気が抑えきれないのかその目はぼんやりとしていた。


「…あれ?ねえ、金吾、きり丸は?」


きょろりと辺りを見回して、私は金吾の頭から手を離した。兵太夫と三治郎は庄左ヱ門と乱太郎の後ろに並んでるし、団蔵と金吾は私のすぐそばにいる。喜三太としんべヱは呑気にお喋りをしていたせいで山田先生に注意されてるし、伊助と虎若がそれを見て笑っていた。きり丸だけが、見当たらないのだ。


「きり丸なら、食堂のおばちゃんに頼まれて山の向こうの町に行きましたよ」

「…そっかあ、」

「でも、お昼には帰ってくるって行ってました」


朝早く出ましたからね。自分の番を終え私の後ろに並んだ庄左ヱ門が一言付け加え、私は空を仰いだ。太陽を背に飛んでいる鷹之進が見えて、私は眩しさに目を細める。
鷹之進が鳴いたのは、何かの前兆だったのかもしれない。












「千影先輩、そっちはもう終わりましたか?」

「うん、終わったよ。孫兵も終わった?」

「はい。じゃあ今日の餌やりはもう終わりですね」


手を洗ってから食堂に行きましょう、と笑う孫兵に当たり前のように手をとられ、私は引っ張られるように歩く。一平と孫次郎に孫兵は私によく懐いていると言われたが、確かにそうかもしれないな、と私は小さく笑った。


「あ、先輩、見てください」

「うん?」


突然歩みを止めた孫兵に私も立ち止まれば、孫兵は学園を背に燃える夕日を指差した。赤々と燃えるそれは眩しくて、私は思わず目を細める。


「綺麗ですね…」

「うん、本当に…。少し赤すぎる気もするけど」


でも綺麗ですよ、と笑いながら呟いた孫兵に小さく頷けば、孫兵は満足げに頷いて行きましょうかとまた歩き出した。それに従って私も歩き出したその瞬間、遠くから誰かが慌てたように駆けてくるのが見えて、私は其方に目を凝らす。それは乱太郎としんべヱで、私は思わず目を丸くした。


「乱太郎、しんべヱ、」

「あ、千影先輩!た、たた大変なんです!」

「きり丸が、きり丸が!」

「え、な、しんべヱ、落ち着いて、ほら」


きり丸がきり丸がと頻りに繰り返すしんべヱを落ち着かせようと肩を掴んで深呼吸をさせながら、私は乱太郎を見やる。しかし、乱太郎も大変だ大変だと繰り返すばかりで、何も答えてはくれない。
どうしたものか、と孫兵に助けを求めようとしたその時、遅れたように土井先生が慌てて駆けてきたのが見えて、私は安堵のため息を吐く。


「土井先生」

「あ、ああ千影、それに伊賀崎も…。良かった、乱太郎としんべヱを捕まえてくれたんだな…」

「いや、捕まえたというか…。それより土井先生、きり丸に何かあったんですか?」


私が問えば、土井先生の表情が一瞬だけ曇る。まさか怪我でもして帰ってきたんじゃ、と私が口元を押さえれば、土井先生は小さく首を横に振りすぐに表情を戻し真っ直ぐに私を見つめた。


「大丈夫、怪我はしていない。多分だがな」

「それってどういうことです?」


孫兵の問いに、土井先生の表情がまた曇る。そして、土井先生は困ったように頬をかき、心配そうに彼を見上げる乱太郎としんべヱの頭をゆるく撫でた。


「きり丸のやつ、昼に帰ってくる予定だったんだがまだ帰っていないんだよ」


だから私が今から探しに行こうと思ってたんだが、乱太郎としんべヱが自分も行くとか言い出してな。そう言って土井先生は苦笑するが、内心早く探しに行きたくて仕方ない様子だった。その証拠に、土井先生は何度も夕日の反対側、山の向こうの町を見ていた。
だから、千影と伊賀崎はこの二人を頼むな。と土井先生が私と孫兵の肩を叩き走りだそうとしたその瞬間、私は慌てて土井先生の腕を掴んだ。


「な、千影、私は急いでるんだ…!」

「なら、私に任せてくださいよ」


目を見開いて私を振り返った土井先生にそう言いながら、私は空いた手で自らの懐の中を探り、そして目当てのものを取り出した。不思議そうに私を見てくる乱太郎、しんべヱを土井先生を追わないよう押さえていた孫兵が、あ、と声を上げたと同時に私はそれを口に当て、勢いよく息を吹いた。
音にならない音が辺りに響いて、私は土井先生の腕を離し乱太郎としんべヱを振り返る。私が今吹いたそれ、犬笛を初めて見たのか、二人は目を丸くしていた。


「二人とも、急いできり丸の匂いがついたものを持ってきて」

「は、はい!しんべヱ行こう!」

「え、う、うん!」

「あ、おい二人とも…!…千影、今のは、」

「犬笛ですよ、土井先生」


私が答えるより早く、孫兵が走り去っていった二人の背を見やりながらそう答えた。毒虫ばかりを育てているとはいえ、やはり生物委員だ。ですよね、千影先輩、と笑って私を見た孫兵に、私は小さく頷く。


「私が、きり丸を探してきます」


ぴゅうい、と指笛を吹き、私は赤い空を見上げる。するとすぐに鷹之進が飛んできて、私は小さく頷いた。

そして、私は気付かない。その選択が、私の弱さを思い知らされることになるのだと。










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