黎明の月 | ナノ



「結局四人とも友達になったみたいだな」

「くっそー…何で四年と仲良くしたがるんだよ…!」

「いや、千影ちゃんはみんなと仲良くしたいだけだと思うよ?」


兵助の言葉に八左ヱ門が嘆き、雷蔵がまあまあと諭すように八左ヱ門の背中を軽く叩いた。
食堂の一番隅の席で滝夜叉丸と三木ヱ門の長ったらしい自慢話やら武勇伝やらを綾部とタカ丸さんに挟まれながら嫌な顔一つせず聞く千影に、私は焼き魚をつつきながら視線を送り続ける。もしかすると千影は二人の自慢話やら武勇伝やらをそうとは思っておらず、ただ戦輪や火器の勉強になる程度に思っているんじゃないだろうか。だから私の視線には気付かず熱心に話を聞いているんじゃないだろうか。


「ああ、くそ、腹立たしい…」

「三郎、食べ物をお箸でつつかないの」


苛立ちを抑えられず延々と焼き魚をつついていれば、とうとう雷蔵に叱られた。それもこれも一番初めに友人になったらしい滝夜叉丸のせいだ、と自分でも理不尽に思う怒りを胸に、私は昼飯の残りを無理やり口にほうばった。


「…三郎が怒って頬袋に食糧詰め込んでやがる…」

「ふふふぁふぃ」


うるさい、と八左ヱ門を一瞥して、私は口に詰めたそれを茶で流し込み、たん、と湯呑みを置いて立ち上がった。
そもそも、あいつら四人はずっと千影を避けてたんだ。なのに今更私達より仲良くなれるなんて思うなよ…!


「…よし、ちょっと行ってくる、八左ヱ門、これ頼んだ」

「なんだ、厠か?」


はっちゃん、食事中。と雷蔵に叩かれた八左ヱ門の頭を思い切り叩いて、私は小さく笑いながら八左ヱ門に空の皿と茶碗が乗った盆を押し付け、そして慌てて食堂を飛び出した。
さて、どうやって仲違いさせてやろうか。


「…そういえば、勘右衛門は大丈夫なのか?なんか落ち込んでたみてえだけど…」

「さあ…。多分大丈夫だとは思うけど…。豆腐でも持って行ってやろうかな」

「いや、僕が後でお握りでも持って行くよ」

「お、それいいな」

「…豆腐はだめなのか」











「千影ー!待てー!」

「だ、だからっ、何で追いかけて、くるん、ですかっ…!」

「千影を体育委員会に欲しいからに決まってるだろう!」


滝夜叉丸君改め滝夜叉丸と三木ヱ門が、自分達の得意な戦輪と火器を披露してくれると言うので喜八郎とタカ丸さんも連れて五人で歩いていれば、いけいけどんどーん!とかいう嫌なかけ声と共に七松先輩が突っ込んできた。喜八郎はひらりと避けたがタカ丸さんは弾き飛ばされ、喜八郎が掘ったらしい蛸壺に落っこちていたので、今頃脳内のお花畑にでもいるだろう。
反射的に逃げ出した私につられてか隣を走る滝夜叉丸を振り返る。滝夜叉丸の顔はやはり怯えていて、顔色が悪かった。


「た、滝夜叉丸っ、大丈夫…!?」

「はいっ、なんとか…!」


三木ヱ門はちゃんと七松先輩を避けられただろうか。あまりに突然だったせいで、私はそれを確認出来ずに走り出していた。兎に角今は滝夜叉丸を連れて何処かで休み、三木ヱ門の無事を確認したい。そして喜八郎がタカ丸さんを介抱してくれてることを願いたい。


「滝夜叉丸っ、もう少し頑張って…!」

「は、はいっ…!」

「ははは!何だ滝夜叉丸!もう走れないのかー!」


お前は明日から裏裏裏山までだな、と、体育委員会にしか分からない、いや、私にも分かる恐怖の言葉を溌剌とした笑顔で七松先輩は言ってのけた。それが影響してか、隣を走っていた滝夜叉丸の足が少しふらついてしまい、私は慌てて滝夜叉丸の腕を掴んで走る。


「大丈夫っ?ごめんね、私のせいで巻き込んで…!」

「い、いえ…、委員会で慣れてますから…」


力無く笑う滝夜叉丸と運動場を駆け抜けて、塀を越えて中庭の掃除をしていた一年生達を避けて走る。そろそろ何処かで隠れて休みたいのだが、今日に限っていつも以上に元気な七松先輩のせいで隠れ場所を探す余裕もなかった。
何か時間を稼ぐことは出来ないだろうか、そう思い懐に手を入れたその瞬間、私の足に何かが引っかかり私は思い切り地面に転がってしまった。慌てて立ち上がろうとするも、疲れのせいだろうか、上手く立ち上がれない。


「ど、どうしよう、力が入らないっ…!」

「千影先輩!後ろ!」


転んだ私に慌てて引き返してきた滝夜叉丸が、真っ青な顔で私の後ろを指差した。振り向かずとも状況は理解出来たし、きっと振り向かない方が良かっただろう。けれど、指を差されてしまえば自然と目はその先を追ってしまうものだ。
そして、私は後悔する。やけに眩しい笑顔をした七松先輩が、私を捕まえようとその手を伸ばし、その手は私のすぐ目の前にあったのだから。


「っ、勘ちゃんっ…!!」


咄嗟に腕で頭を庇い、私は衝撃に耐えられるよう強く目を瞑って奥歯を噛み締める。瞬間、目を閉じていても光が遮られたのが分かり、私は息を止めた。
しかし、想像していた衝撃はいつまでたっても来ない。それどころか、七松先輩の笑い声すら聞こえなくなったのだ。
恐る恐る、目を開けてみる。すると視界いっぱいに青紫がうつって、私は目を見開いた。


「な、なんで…」

「ははっ、何でってそりゃ、千影が呼んだから、でしょっ…」

「ぐぬぬ…!なかなかやるなあ!」


目の前で七松先輩の腕を掴み私を庇うように立つ彼、勘ちゃんに、私は驚きを隠せない。呼んだからって、咄嗟に口から勘ちゃんの名前が出ただけで、私は。
あれ?どうして勘ちゃんの名前が出たんだろうか。


「千影先輩、今のうちに!」

「え、あ、」

「あ、滝夜叉丸ー!」

「は、はいいっ!?」


慌てて私を起きあがらせようとした滝夜叉丸に、七松先輩が叫ぶ。条件反射というものだろうか、滝夜叉丸は姿勢を正して七松先輩を見た。


「お前は体育委員だろう!私の代わりに千影を捕まえろ!」

「なっ、卑怯ですよ、七松先輩…!」

「卑怯なもんか、滝夜叉丸は私の後輩なんだぞ」


ほら早く、と促す七松先輩に、滝夜叉丸が戸惑ったような目で私を見やる。私が小さく首を横に振れば滝夜叉丸は唇を噛むが、滝夜叉丸、との七松先輩の呼びかけに、滝夜叉丸は顔が真っ青になった。
そして、滝夜叉丸は心底申し訳なさそうな顔で、思い切り頭を下げる。


「すいません!」


私には、出来ません!
滝夜叉丸の言葉が響いたのと、何処からともなく飛んできた縄標に七松先輩が捕らえられたのは同時だった。目をまん丸くした七松先輩の体に巻き付いた縄の先には中在家先輩、そして三木ヱ門がいて、私は今更ながら三木ヱ門が無事だったことを確認出来て胸を撫で下ろす。
何するんだ!と喚く七松先輩に、中在家先輩がゆっくりと歩み寄る。そして、中在家先輩は笑いながら七松先輩の耳元で何かを囁いた。瞬間、七松先輩の表情は親に怒られた子供のように曇る。


「…な、中在家先輩、凄い…」

「…本当…。…ってそれより!勘ちゃん!怪我はない!?」

「へ?う、うん、無いよ?明日には筋肉痛になってるかなってくらい」

「っ…、良かったあ…」


へらりと笑った勘ちゃんに、私は安堵のため息を吐いた。千影先輩、と名を呼ばれ顔を上げれば、不満げな七松先輩を引きずって去っていく中在家先輩とすれ違うように三木ヱ門が此方に駆けてきた。


「千影先輩、大丈夫でしたか?」

「う、うん…。…三木ヱ門が中在家先輩を呼んでくれたの?」

「はい。中在家先輩先輩なら止められるだろうと思って…」

「ううう…、ありがとう三木ヱ門…!すっごく助かった!」


滝夜叉丸も、庇ってくれてありがとうね!と二人に笑いかければ、二人ははにかみながら小さく笑って頷いた。ああ、本当にこの子達と仲良くなれて良かった。
ほら、と勘ちゃんに手を差し出されて、私はその手をぎゅっと握りしめる。しかし、私は立ち上がらず、そんな私を不思議そうに見てくる勘ちゃんを見やった。


「…千影?どうかした?」

「…ううん、何でもない」


助けてくれて、ありがとう。勘ちゃんの手をしっかりと握って、私は笑ってみせる。すると勘ちゃんは一瞬目を丸くしたが、すぐに頬を染めながら笑って頷いてくれたのだった。千影ならいつでも助けるよ、と呟きながら。




「…あそこまで体をはられちゃ、仲良くするのを認めるしかないな」


勘右衛門も元気になったみたいだし、と、木の上で三郎が笑っていたことに私は気付かないのだった。









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