黎明の月 | ナノ



気付いたのは、たまたま廊下で出会った時だった。
シナ先生に読み書きの課題を出され、それを終えて職員室に向かっていた時、見覚えのある目に鮮やかな紫色の忍装束を着た男の子が向かいから歩いてきた。名前は確か、平滝夜叉丸君だったと記憶している。三年生と四年生の合同授業の時に会った以来な上、滝夜叉丸君とは直接何かを話したことがなかったため、声をかけるかどうか私は悩み、そして、ええい、挨拶ぐらいしてみよう、と意を決して顔を上げた瞬間、


「あっ…!」

「え、あ、ちょっと、」


漸く私に気付いた彼は、まるで人に懐いていない野良猫のようにその身を翻し、逃げてしまった。私は何かしただろうか、してな、いや、した、合同授業の時、した。そうだ、私は綾部喜八郎君以外の三人を蛸壺に落としたのだった。今更その事を思い出して、私は慎重にあまり鮮明でない記憶を辿っていく。そして、その記憶の端々には何処にも紫色が無いことに気付いた。


「……もしかして、避けられてる?」












「だからってそんなに落ち込まなくても……」

「……だって、だって…!」

「別に四年なんかどうでも良いだろ。私達がいるんだから」


廊下の縁側に座りうなだれる千影ちゃんの肩を叩きながら、三郎は千影ちゃんの隣に腰を下ろした。そして困ったなあと頬をかく勘ちゃんがその逆隣に腰を下ろし、未だうなだれる千影ちゃんの頭を空いた手でゆるく撫でた。


「千影!こんな良い天気の日に落ち込むなんて勿体ないぞ!」

「はっちゃん…。そう、だよね、勿体ないよね…」


同じ委員会になってからか、千影ちゃんははっちゃんと随分仲良くなった気がする。そんな事を頭の片隅で考えながら、僕はどうすれば千影ちゃんが四年生と仲良く出来るのかを考える。
滝夜叉丸や三木ヱ門は置いといて、タカ丸さんはどうだろう。タカ丸さんは元髪結いだし、くノ一教室でも人気があるらしい。女の子らしく髪の悩みを相談してみるなんてどうだろうか。いや、でも待てよ。千影ちゃんは髪に悩みなんてあるのかな。見たところ千影ちゃんの髪は癖があり肩の上でぴょこぴょことはねてはいるが、傷んではいない。それに今の髪型はよく似合ってる。じゃあタカ丸さんに相談することなんて無いんじゃ。あ、じゃあ喜八郎はどうだろう。あの子はよく一人で蛸壺を掘ったり何を考えているのか分からない事もあるが、人を嫌うような子ではない。が、待てよ、人を特別好きになるような子でもないぞ。


「…勘ちゃん、雷蔵がすごく悩んでるんだけど…」

「う、うん…。三郎、どうにかしろよ、一番仲良いだろ」

「わ、私か…!でもなあ、やけに真剣に考えてるみたいだから…」

「おい、雷蔵」

「え、?」

「って兵助がいくのかよ!」


兵助に肩を叩かれた瞬間、視界の端ではっちゃんが信じられないと目を見開くのが見えたが、僕は思考回路が迷路に迷い込んでしまったかのように上手く頭が回らなくて、目を丸くするしかなかった。
何悩んでるんだ?と三郎が様子をうかがうように尋ねてきたので、僕は頭を整理しながら口を開く。


「今千影ちゃんがどうすれば四年生と仲良く出来るか考えてたんだけど…」

「わ、私のために?雷蔵、ありがとう…!」

「でも、もう仲良くならなくても良いんじゃないかな、って思えてきた」

「ええ!?何その答え…!」


雷蔵に見捨てられた、と肩を落とした千影ちゃんに慌てて謝ろうと口を開きかけたが、千影ちゃんの両隣に座っていた三郎と勘ちゃん、そしてはっちゃんが良くやったとばかりに僕に笑顔を向けてきて、僕は思わず苦笑いする。どうやらこの三人は、千影ちゃんに四年生と仲良くして欲しくないようだ。
しかし、千影ちゃんはやはり仲良くなりたいのだろう。肩を落とし俯いていたかと思いきや、急に立ち上がり、何かを決意したかのような顔付きで拳を握り締めた。三郎と勘ちゃん、そしてはっちゃんの口元が引きつる。


「でも、仲良くなりたい!せっかく同じ学園にいるんだから、仲良くなりたい!」

「い、いや、やめとけって、千影、私達がいるだろ?」

「そうだぜ千影、四年生と仲良くなるくらいなら俺達ともっと仲良く…」

「ううん、なる、仲良くなる…!」


私、ちょっと今から四年生探してくるね!そう言って走り出した千影ちゃんを、誰が止めることが出来ただろうか。七松先輩に鍛えられたのか、随分と走るのが早くなった千影ちゃんを止められる人は、誰一人としていなかった。


「千影、走るの早くなったな」

「…俺、五年間兵助と一緒にいるけど、未だに兵助が分からなくなるよ」

「え、な、なんだよそれ」


ため息を吐く三郎の横で、勘ちゃんが力無く呟く。そんな勘ちゃんの顔が、落ち込んで縁側に伏した三郎より、しゃがみ込んで俯いたはっちゃんよりも落ち込んでいるように見えたのは、僕の気のせいだったのだろうか。

そして、三木ヱ門に逃げられたと肩を落として戻ってきた千影ちゃんに、誰よりも嬉しそうに、安堵したように笑ったように見えたのも、僕の気のせいなのだろうか。










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