黎明の月 | ナノ



「良いですかあ、僕ら用具委員会は人手不足な上、か弱い下級生が多いんです」

「そうそう、そうなんですっ。用具委員会は主に壊れた壁を修理したり、備品を保管したり、壊れた屋根を修理したり、兎に角大変なんです!」

「体育委員の委員長が掘った塹壕や、作法委員の綾部先輩が掘った蛸壺を埋めるのも僕達用具委員会なんです…」

「しんべヱはまだしも、喜三太と平太はまだ力もありません。ですが、千影先輩はしんべヱを抱き上げることが出来る力の持ち主と聞きました」

「そう、そこで、千影、是非お前には!」


食満先輩の合図と共に、喜三太としんべヱが左右それぞれに走り、平太君とやらが真ん中に立ち、何か文字の書かれた白い布を掲げた。両脇に立つ食満先輩と作兵衛が、何処から取り出したのか分からない扇子でそれをひらひらとそよがせる。


「来たれ!我等が用具委員会へ!」

「…あ、あの、食満先輩、」

「ん?なんだ?質問なら遠慮なく言えよ!」

「…じゃあ訊きますが、」


今、此処までする必要ありますか?
シナ先生に頼まれて、両腕いっぱいに資料を抱えた私の問いかけと、食満先輩が溌剌とした顔で仰ぐ扇子からの風に鼻がむず痒くなり出てしまったしんべヱのくしゃみだけが空しく廊下に響いたのだった。









午後の授業を終えて、何もすることがなく、俺は一人教室の窓からぼんやりと外を眺めていた。兵助は火薬委員会の仕事があると言っていたし、雷蔵は千影をどうやって勧誘するか延々と悩んでいたし、はっちゃんは今日も今日とて生物委員会の仕事で忙しい。三郎には茶でもしようと誘われたが、昼に食べた団子がまだ胃に残っている気がして丁重にお断りした。きっと今頃拗ねて庄左ヱ門か彦四郎のところにでもいるだろう。


「平和だなあ…」


まだ青い空を仰いで、俺は小さく欠伸をこぼす。そういえば、先程一年は組がこぞって千影を委員会に勧誘しようと千影を探しているのを見たが、一体どうなったのだろうか。


「…千影、何してるかな」

「へ、?私?」

「ああうんそう、千影…、…って、うわあ!?」

「うあ!?な、なになに!?」

「ご、ごめ、吃驚して…!」


突然隣から聞こえた声に飛び跳ねるように驚けば、千影も同じように飛び跳ねるように驚き、目を見開いた。いつからいたの、と驚きのあまり溢れた涙を拭いながら尋ねれば、今さっき、と千影は答える。
授業が終わったためか、千影は頭巾をつけていない。肩までの癖のある髪が窓から入り込む風に吹かれて、優しく靡いた。そのせいだろうか、少し甘い匂いがするのは。


「さっきね、凄かったよ。用具委員会の人達」

「…勧誘?」

「うん。廊下でね、大々的に」


思わず逃げて来ちゃった、と笑いながら、千影は窓から少し身を乗り出して指笛を吹いた。すると、何処からともなく鷹が飛んできて、開け放された窓の窓枠にとまる。
くるくると喉を鳴らす鷹の喉元を指でかくように撫でながら、千影は口を開く。


「他にもね、会計委員会と、図書委員会にも勧誘されたんだ」

「あ、雷蔵がどうやって勧誘するか悩んでたけど、どうだった?」

「雷蔵?ううん、私、久作と、えー、あ、怪士丸君に言われたの」


千影の言葉に、ああ、じゃあ雷蔵は悩んで悩んで今は寝ちゃってるんだな、と一人頷いた。きっと明日になって勧誘出来なかったと落ち込むんだろうな。


「会計委員会はね、潮江先輩と左門が勧誘してきたんだけど…」

「だけど?」

「私の字、団蔵と同じくらいですよって言ったら、丁重にお断りされた」


酷いよねえ、鷹之進?と言いながらも、千影は何処か楽しそうに笑っていて、俺は心底他の皆が羨ましくて仕方なかった。ああ、俺も学級委員長委員会なんかじゃなければ、千影を勧誘してたのに。そう思いながら、俺は思わず吐きかけたため息を飲み込んで、窓枠に肘をのせて窓の外をぼんやりと眺めた。
あ、と、千影が何かを思い出したように声を上げたので、俺は振り返る。すると、千影とぱちりと視線が合って、千影はへらりと笑ってみせた。


「勘ちゃんって、何委員会なの?」

「ああ、…学級委員長委員会だよ」

「が、学級、え?」

「学級委員長委員会」


名前の通り、学級委員長だけが入れる委員会。そう言って笑えば、千影は一瞬目を丸くして、そして直ぐに悲しそうに眉を下げた。


「なんだ、勘ちゃんと一緒の委員会が良かったのに…」

「…へ?」


思わず、耳を疑った。驚いて千影を見やれば、千影は俺の声なんて聞こえていなかったのだろう、唇を尖らせて鷹を空へと放っていた。大きな翼を見上げる千影の横顔に、他意は無い。きっと、特別な意味なんて無く、ただ単に俺と一緒だと楽だとか、そんな気持ちで言ったんだろう。
けれど、今のは。


「あれ?勘ちゃん、何処行くの?」

「いや、ちょっと顔を洗いに…」


今のは、不意打ちすぎる。
熱い頬を冷ますように手で仰ぎながら、俺は千影を見ることなく答えた。早く戻って来てね、と言う千影は、やはり何も考えていないのだろう。また俺の顔が熱くなったなんて、知らないんだろう。









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