黎明の月 | ナノ



「何だよ、別に話しかけてくれば良いだけだろ…?」

「…くノたまに囲まれてる」

「まあそうだけどよ…。ていうか孫兵、お前あの編入生知ってるのか?」

「昨日知り合いになった」


そう言いながら、孫兵は俺の肩の向こう側、食堂の奥の席で食事をとる編入生を見つめた。
仲良くなりたい先輩がいるんだがどうしたら良い?と突然尋ねられた時はかなり驚いたが、その仲良くなりたい先輩とやらを見た時はそれ以上に驚いた。まさかくノ一教室の編入生だったとは。


「ていうか、何で俺に訊くんだよ…」

「…三之助や左門より、作兵衛の方がまともな事を言いそうだったからだ」

「……まあ、あの二人はなあ」


ずず、と味噌汁をすすり、俺はくノたま達と笑い合う編入生を覗き見る。猫のような目に、肩までの癖のある髪。しんべヱに聞いたところによると、一年は組の生徒を二人同時に持ち上げる力持ちらしい。毒虫にしか興味の無かった孫兵が、一体あの編入生のどこを気に入ったというのか、俺には全く分からない。
それにしても、仲良くねえ。なんて一応考えながらまた味噌汁をすすっていれば、食事をとりにきたらしい滝夜叉丸先輩が孫兵と俺に気付き、ああ、と声を上げた。瞬間、孫兵は嫌そうに眉を寄せた。三年生と四年生は元々仲が悪いが、この二人はその中でも一番仲が悪い気がする。


「伊賀崎に富松、丁度良いところに」

「…何ですか、用なら手短にお願いします」

「まあそう言うな、午後の授業の話だ」

「午後の授業、ですか?」


前髪をかきあげながら、滝夜叉丸先輩は笑いながら頷く。ひくりと口元をひきつらせている孫兵に、滝夜叉丸先輩は気付かない。


「午後の実技の授業、この私が率いる四年生とお前達三年生が合同で行う事になった」

「別にあなたが率いるわけじゃ…、って、え?」

「何でも裏山を使って生き残り戦とやらをするらしいぞ」

「…最悪だ」

「孫兵、はっきり言うなよ、」

「まあそう落ち込むな、例え私に負ける事が決まっていようと、最後まで足掻くんだ」


なんて見当違いなことを。相変わらず自分に自信しか無い滝夜叉丸先輩を孫兵と二人して呆然と見つめていれば、滝夜叉丸先輩は何かを思い出したかのようにそうだと呟き孫兵を見やる。


「まだ何か…?」

「先生がな、四年相手では大変だろうからとお前達三年生に助っ人を入れると言っていたぞ」


例の編入生らしいが、まあ私には適わないだろうな。鼻を高々にして笑い、言うだけ言って滝夜叉丸先輩は食事をとるため去っていった。目の前に座る孫兵は、やけに驚いた顔で固まっていた。


「…良かったな」

「…き、緊張してきた、」


どうかあの男に勝てますように…!と手を合わせる孫兵に、俺は引きつり笑いを浮かべる。例の編入生はというと、まだ午後の授業のことを知らないのか、はたまた気にしていないだけなのか、やはりくノたま達と一緒に笑い声を上げていた。
兎に角、俺は三之助と左門をしっかり捕まえおこう。そう誓った昼下がり。









「えー、では、今から今日の授業のことを説明するぞ」


初めてきた裏山に胸を弾ませながら、私は先生の説明に耳を傾ける。しかし、視線はしっかりと辺りに生い茂る木々に向かっていた。山にいるのが当たり前だったせいか、座っているのに何故だか体が軽い気がする。鳥の囀りも木々のざわめきも、先生の声も何もかも全て、静まり返った独特の空気に溶けたように心地良い。


「まあ内容は簡単だ。学園の鐘が鳴るまで戦ってもらう。それで、生き残りが多かった方が勝ちというだけだからな」

「先生、その生き残りというのは…」

「ああ、実際に殺し合うわけじゃないからな。気絶をしたり怪我をしたり、私と戸部先生が失格だと言えば死んだことになる」


戸部先生はもう何処かに潜んでいるからな、と笑う先生に、周りにいた生徒達は慌てたように辺りを見回し始めた。私はというと、戸部先生とやらがどんな人なのかすら知らないため、一人頭を傾げていた。


「それでは各自、散らばって。私が笛を吹くまで攻撃はするなよ?」


笛が鳴ったら開始だからな、という先生の言葉を聞きながら、生徒達は各々散らばったり作戦をたてたりし始めた。さて、私は三年生側だと言われていたが、これからどうしよう。ゆっくりと辺りを見回して頬をかいていれば、くい、と手首をひかれ、私は振り返る。するとそこには、昨日話したばかりの孫兵君がいた。


「あ、そっか、孫兵君も三年生だったね」

「は、はい。千影先輩が味方で嬉しいです」

「あは、ありがとう。私も孫兵君が一緒で嬉しいよ」


頑張ろうね、と言って笑えば、孫兵君ははにかむように笑って頷き、一緒に行きましょうよ、と私の手を引いた。


「え、良いの?邪魔にならない?」

「いえ、全く。それに、他にも一緒の奴らがいるんで」


そう言って山の奥へ奥へと進んでいく孫兵君に首を傾げていれば、孫兵君は誰かを見つけたかのように、あ、と声を上げ、相手に気付かせるようにひらりと手を振った。孫兵君の視線の先を追えば、そこには孫兵君と同じ萌葱色の忍装束に身を包んだ男の子が五人いて、五人は私を食い入るように見つめていた。


「悪い、待たせた」

「…いや、それは別に良いけど…」

「孫兵、その人って、」


前髪がくるりとはねた男の子と、髪が鮮やかな藤色の男の子が私と孫兵君をまじまじと見比べる。好奇の視線は馴れたつもりだったが、こうも間近で見つめられると何だか気恥ずかしい。


「千影先輩だ、僕達三年生の味方だよ」

「千影です。よろしくね、みんな」


よろしくお願いします!と勢いよく私に手を差し出して叫んだ背の低めな男の子に笑い返しながら、私はその小さな手をとった。左近の手よりも少し男らしい骨ばった手に、今回の授業は二年生の時よりも大変そうだ、と思った。

そして、ぴいぃ、と木々のざわめきに混ざって先生の笛の音が聞こえてきたと同時に、しゅ、と何かが私と孫兵君の隙間を通り過ぎていく。


「さて、何をやらせても超一流、四年生の中においては武術も学問も一番で、特にこの戦輪を使わせれば学園一の私の相手は誰かな?」


本当に大変そうだ。改めて、そう思った。











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