黎明の月 | ナノ



奪い合うと言っても、誰彼構わず戦っていたらきりがないですからね。ひとまず何処かに隠れて様子を見ましょう。
という左近くん改め左近の言葉に大いに感心した私は、左近の手をとって隠れる場所を探し回っていた。学園中何処で奪い合っても構わないと言われたので、出来る限り人が来ない場所に隠れたいのだが、一体何処が良いのだろうか。それにしても、左近に何も言われなかったら危うく片っ端から戦うところだった、なんて左近には言えない。










「…これ、いつまで続くのかな…」

「…鐘が鳴るまでです。鐘が鳴った時点で手拭いを多く持っていれば、良い点が貰えるんで頑張りますよ」

「はい…」


倉庫と倉庫の隙間に隠れ、小声で囁くように会話をする。小さな声を拾えるようにだろうか、僕よりも背の高い千影先輩は少し膝を折った状態で立っていて、少し疲れてきているようだった。
何処か他にもっと安全な隠れ場所は無いだろうか。頭の中で学園の見取り図を思い描きながら敵がいないかどうかも確かめていれば、つん、と肩をつつかれる。振り返れば、不思議そうに目を丸くする千影先輩がいた。


「どうしたの、敵もいないのに難しい顔して…」

「あ、いえ、他に安全な隠れ場所はないかと思って…」

「他に?」


此処も充分安全だよ?と笑う千影先輩に、貴方が疲れる隠れ場所は意味無いんですよ、とは言い辛かった。それに何より、僕が千影先輩を心配しているようで気恥ずかしい。いや、心配していないわけでもないけれど。
あ、と、不意に千影先輩が声を上げ、瞬間千影先輩の目つきが変わる。突然のことに思わず息を呑めば、そんな僕に気付いた千影先輩が微かに笑いながらあそこ、と呟いた。


「…三郎次と久作だ」

「…あの二人、強いの?」

「まあ、二年生の中ではそうなりますね…」


その証拠に、二人の腕には手拭いが未だ巻かれている上に、手には他の奴らから奪ったらしい手拭いが握られていた。まずい、気付かれると面倒だぞ、と焦る僕に対し、へえ、と感心したように感嘆の声を漏らす千影先輩は何処か楽しそうだった。


「そういえば、千影先輩って戦えるんですか?」

「へ、なに?急に」

「いえ、忍たまの授業に混ざるくらいですから、どうなのかと…」


不意に疑問に思ったことをそのまま口にすれば、千影先輩は小さく苦笑してそうだなあと呟いた。それでも目は二人から離さない。
瞬間、千影先輩が僕の腕を引いて走り出す。先輩の方ばかり見ていた僕は突然のことに驚きつつも、慌てて後ろを振り返る。すると、三郎次と久作が僕達を見つけて此方に向かって走ってきているところだった。


「待て!逃がさないぞ!」

「あ、不味い、」


三郎次の言葉と千影先輩の呟きに挟まれながら、僕は前を見る。すると、ただでさえ狭い倉庫と倉庫の隙間だというのに、そこには使い物にならない壊れた文机が積み重ねられていた。


「覚悟しろよお左近、今お前の手拭いを奪ってやる…」

「うわ、」


手を伸ばせば届くという距離にまで迫った三郎次に、僕は一歩後ずさる。が、場所が場所なせいで、それは殆ど意味を成さなかった。あ、不味い、これは負けた。そう思い肩を落とした瞬間、僕の体がふわりと宙に浮く。
驚いて目を見開く三郎次を見下ろしている僕は、一体どういう状態なのだろうか。追いつかない頭で必死に思考を巡らせて、漸く気付いた。千影先輩が僕を片手で抱え込み、いつの間にか取り出した苦無で倉庫の壁をのぼっていたことに。


「ほら、早く屋根に!」

「あ、は、はい!」


慌てて倉庫の屋根に手を伸ばし、千影先輩の腕と膝で押し上げられながら屋根に這い上がる。そして弾かれるように振り返ってみれば、三郎次と倉庫の前で待っていた久作が、信じられないようなものを見るような目で千影先輩を見ていた。僕だって信じられない、まさか三つしか歳のかわらない、しかも女に、片手で抱き上げられるなんて。


「いよ、っと。左近、大丈夫だった?」

「あ、はい、ありがとうございました、千影先輩っ…」


苦無を懐にしまいながら笑う千影先輩に頭を下げれば、どう致しまして、と言いながら千影先輩は僕の頭を撫でてくれた。それに気恥ずかしくなっていれば、行くよ、と千影先輩に腕を掴まれる。


「い、行くって何処に、って、うわ!?」

「よっ、」


千影先輩は僕の問い掛けに答えるより早く、屋根の上を走り出し、そしてその勢いのまま屋根から飛び降りた。またも突然のことに、僕は思わず千影先輩にしがみつく。だというのに千影先輩はいとも簡単に着地してしまい、また僕の手を掴んで走り出した。


「あ、ま、待て!三郎次!追うぞ!」

「お、おう!」


僕より僅かに大きな手が、しっかりと僕の手を包み込む。前を走る千影先輩は女だというのにやけに男らしく感じて、変な気がした。


「あー、ねえ左近、今は逃げた方が良いんだよね?」

「ま、まあ…。忍は逃げ切る事が第一ですから…。場合にもよりますが」

「うん、よし、じゃあ逃げよう!」


そう言って、千影先輩は空いた手の指を口にくわえ、ぴぃ、と指笛を吹いた。逃げると言っておきながら何してるんだこの人は、と焦ったものの、千影先輩が指笛を吹いた理由は直ぐに分かった。後ろを走っていた久作と三郎次が、急降下してきた大きな鷹に威嚇され足を止めていたからだ。


「あの大鷹、千影先輩の…?」

「うん、鷹之進っていうの」


中庭を駆け抜けて、千影先輩はへらりと笑ってまた指笛を吹く。すると、鷹之進というらしい鷹は流れるような動きで僕達の上空へと飛んできた。


「…千影先輩は、くの一より忍者向きなんですね、きっと」

「え?」

「だって、獣遁の術をこんなに上手く出来る人、初めて見ました」


直ぐ上級生ともやり合えるようになりますよ、と言えば、千影先輩は走りながらも酷く驚いた顔で僕を見ていた。その顔は、戸惑っているようにも見える。
僕、何かおかしなことを言っただろうか。そう首を傾げるより早く、千影先輩はくしゃりと笑ってありがとうと呟いた。


「左近のお陰で元気出た!」

「そ、そうですか?」

「うん、ありがとう!」


そもそも元気無かったんですか、とは言わず、僕はどういたしましてと返し、千影先輩から顔を逸らす。面とむかってお礼を言われると、恥ずかしいからだ。


「お礼に頑張って逃げ切ってみせるね」

「…期待してます」


へらりと笑った千影先輩の手をしっかりと握って、僕は小さく笑い返してみせる。千影先輩は大きく頷いて、任せて、と胸を叩いた。

そして、約束通り鐘が鳴るまで逃げ切った千影先輩を見上げながら、この人、嫌いじゃないな、と、僕はそう思ったのだった。











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