short | ナノ



なまえ・みょうじという小柄で獰猛過ぎる少女がそんな彼女とは対照的な長身で聡明な同期の金髪を持った少年を連れて私の班に入れてくれと直談判してきたのは、彼女等103期生が初めての壁外調査から生還し、二日後の夜のことだった。
あんなくそチビ兵長様の班なんて真っ平ごめんだ、と苦虫を噛み潰すどころかぐしゃぐしゃと噛み砕いたあげくに吐き出して火をつけてやらんばかりの憎悪と嫌悪が激しく入り混じった表情で、なまえは今日私の班に所属することが決まったばかりのアレックスという少年の半歩前で吐き捨てる。自分の班に所属することが決まった新兵のことですらまだ理解を深められていない私が、確かリヴァイの班に所属することになっていた筈の彼女の頭の中を理解出来る筈もなく、すみませんすみませんと涙目で繰り返し長身であるが故に高い位置にある筈の頭をへこへこと低く下げてしきりに謝るアレックスと彼女を見つめることしか出来なかった。


「えー、と、あの、君は確か、」

「なまえ・みょうじです、ハンジ・ゾエ分隊長」

「いや、それは分かってるよ!君は有名だから!そうじゃなくて、君はリヴァイの班に所属するようエルヴィンからも言われていたよね?確か、リヴァイ直々に君をご所望だとかで。リヴァイ班に所属出来るなんて、新兵なら誰もが喜ぶことなのに、どうして?」

「…………その誰もに、私が含まれてはいなかっただけのこと、です」


有名、という単語にぴくりと彼女が怪訝そうに眉を動かした瞬間、隣で頭を下げていたアレックスが彼女の背中をとんと小突く。良いから黙って話を聞け、という意味でも含んでいたのだろう。微かに口を開いたなまえは不機嫌さを露わにしながら隣の彼を睨んだが、口を挟むことはせずに私の言葉が全て吐き出されるのを大人しく待ったのだった。
そして、待った末に吐き出された彼女の言葉に私は黙り込む。何が気に食わないのか、彼女は調査兵団内で最も尊敬の念を向けられているであろうリヴァイの下につくことを心底嫌がっていた。睨みつけるかのように細められたなまえの瞳が、ぎらりと光る。


「す、すみません分隊長っ……!こいつ、どうしようもない我が儘でして……!」

「…………あんな兵長様の部下だなんて、死んでも願い下げだ、ですよ」

「……なかなか面白いことを言うねえ、君は」

「すみません!ほんとすみません!悪気はないんです!こいつは反りが合わないと誰にでもこうなんです……!」


果たしてそれは、悪気がないと言うのだろうか。頭を過ぎった疑問をぐっと飲み込んで、代わりに笑顔を浮かべる。しかしそれでも目の前の二人は変わらない。片や不満げに眉間に皺を寄せ瞳をぎらつかせ、片やとんでもないことをしてしまったと涙目で体を震わせ俯いている。
面白い。なまえの壁外調査での活躍を目にし、その日の夜にリヴァイが呟いた言葉が私の頭の中でくるくる回る。それは彼の声ではなく、私の声になっていて、私は腕を組みながら目の前の二人を見つめる。
嵐のような女だと、彼女の同期は言う。それはきっと、彼女と常に行動を共にしていたらしい彼、アレックスも思っていることだろう。しかしそれでも彼がなまえの側を離れないのは、嵐の中心の静けさを知っているからなのだろう。雲の切れ目の中にいれば、居心地が良いのだ。彼女という人間を知ってしまえば、離れられない魅力を見せつけられてしまうのだ。きっと、そうに違いない。


「……よし、決めた!」


それなら私は、その嵐の中に飛び込んで雲の切れ間を見てやろうじゃないか。
ぱん、と手を叩き、私は声を上げる。俯いていたアレックスがそろそろと顔を上げ、視界にかかった金の前髪を避けて私を見る。そして気遣うように隣に立つ小柄な彼女を見て、再び私を見た。なまえは相も変わらず、眉間に皺をよせたままだった。


「なまえ、君はとても面白い。リヴァイが欲しがる気持ちがよおく分かった」

「……だからなんだっていうの、です」

「だから、だ!私は君を迎え入れよう!任せてよ!私からエルヴィンとリヴァイに言っておくから!」

「…………ほんと!?」

「は、ハンジ分隊長!ほ、本当にですか!?」


目を見開いた目の前の大小に、私はこっくりと頷いて親指を立てる。途端に力が抜けたように膝に手を乗せ腰をおった者と、嬉しそうににっと歯をみせて破顔一笑した者、どちらがどちらだと言わなくても分かるだろう。なまえはすぐさま跳ねるように床を蹴って、アレックスの背中に飛び乗った。
よろ、と一歩前によろめいた彼の背中に負ぶさられ、突然のことに目を丸くする私に向かってなまえは右手を胸にあて敬礼をする。あまりにも綺麗なその動きに、エルヴィンとリヴァイの前で見せたあのやる気のない態度が嘘のようだった。


「ではハンジ分隊長!よろしくお願いします!」

「あ、ああ、うん、こちらこそよろしくね!」

「はい!よし、アレックス!走りに行こう、そのまま走りに行こう!」

「嘘だろ……」


ばしん!いきおいよくなまえがアレックスの背中を叩き、アレックスは慌てたように失礼しますと私に向かって頭を下げ、私に背を向け走り出す。本来ならばそんな去り方をする二人を叱らねばならないのだろうが、私は腕を組み直しながら何も言わずにそんな二人を見送ったのだった。
嵐の中の雲の切れ間を、垣間見れた。そんな気がしたのだ。


「っ、なまえさんっ……!」

「ん?……あ、エレンじゃん」


そしてそれから約一年。その雲の切れ間のど真ん中に立つことを許された私は今、とても面白いものを目の前に、していた。正しくは物陰から見守っているのだが、それはさて置いておこう。
彼女、なまえ・みょうじを珍しくぶつくさと文句を言うリヴァイからどうにか自分の班に奪うことに成功してから一年経ったということは、彼女の次の代の新兵が入ってくる時期でもあるわけであり、そして今がまさにその時であった。
監視という名目と共にリヴァイ班に所属することが決まったばかりの新兵、エレン・イェーガー。彼はどうやら綺麗好きなリヴァイから言いつけられたのであろう掃除を終えたところらしく、箒を片手に廊下を歩いていたようだ。そして彼は、訓練を終え部屋へ戻ろうとしていたなまえを見つけたらしい。同じく訓練を終えなまえの後ろを歩いていた私は咄嗟に物陰に隠れ、そんな二人をこっそりと見守る。きっと勘の良いなまえには気付かれているだろうが、そんなことはどうだって良かった。ただ、何故だかやたらと嬉しそうに表情を緩めているエレンにさえ気付かれなければ、それで良いのだ。


「なに、調査兵団に入ったんだ?」

「はい!そうです!」

「そういえばそんな話してたなあ……。でも、他の104期はまだ配属決まってなかったんじゃ……」

「えっ、あの、それはですね、ほら、あのー……」


どうやらなまえはエレンが巨人になれるが故に一足早く配属先が決まったことを忘れてしまっているらしい。そしてエレンは、そんな彼女に自分が何故リヴァイ班に所属することになったのか伝えることを迷っているようだ。
箒を片手におろおろと手を動かし視線を泳がせるエレンに、妙に胸が温かくなるのを感じる。それが何故なのか分からなくて私は首を傾げたが、答えは出そうになかった。


「……あ、そうだ、忘れてた。巨人になれるからだった」

「えっ!?……あ、は、はい、そうです……」

「巨人……巨人ねえ……ふうん」

「…………あの、なまえさん……?」


ぽん、と手を叩き漸く理由を思い出したらしいなまえに、私は内心ほっと息を吐く。そもそも彼女は、エレンという巨人になれる彼を調べる為に私率いる班の一員としてこの場にいるのだ。選ばれた人間であることを忘れられては困る。困るが、彼女は自分が興味のある物事についてしか頭を働かせず、例え上司であろうと気に食わなければ命令をきくことはしない、そういう人間だ。きっと彼女にとって、研究という名目でこの場にいることは大したことではなかったのだろう。現に、彼女の頭からはすっかりエレンという巨人になれる人間のことが抜け落ちていた。この旧調査兵団本部に来る前にあれほどアレックスと共に説明したというのに、このざまである。何てことだ。彼女の頭も研究してしまいたい。


「……なまえさん…………!」


しかし、彼女はその人間がエレンであることに気付いたからか、忽ち表情を真剣なものに変えてエレンの頭の天辺からつま先までくまなく視線で調べ上げる。それが我慢ならなかったのか、エレンは仄かに顔を蒸気させてなまえを呼ぶ。その声に漸くなまえは我にかえったらしい。エレンのつま先をじっくり調べていたなまえはぱっと顔を上げ、エレンを見つめた。


「ああ、ごめんごめん。つい」

「……なまえさん、見過ぎですよ」

「だからごめんって」


申し訳無さそうな顔をするでもなく真顔のまま軽く謝るなまえに、普通ならば少しは憤慨するだろう。彼女が私の班に入って間もない頃、モブリッドにも同じ調子で謝って説教を受けていたことを思い出す。彼女はさして反省もせず何言ってんだこの男、とばかりに眉を寄せて話を聞いていたのだが、それは今思い出すべきことではない。
私が今目を向け考えるべきことは、エレンだ。拗ねたように唇を尖らせふい、とそっぽを向いた、エレンなのだ。


「……久しぶりに会えたのに、なまえさんは俺には興味ないんすね」

「は?どこが。興味しかなかったじゃん」

「巨人になれる俺に、でしょ。なまえさんの後輩の俺には、全然興味なさそうでしたよ……」

「……どういうこと?」

「…………一年ぶりなんですから、もっと、こう、身長伸びたとか、髪が伸びたとか、」


箒をぎゅっと握りしめ、エレンはぼそぼそと話す。小さな声になまえの眉間に一つ二つと皺が寄っていくが、エレンはそれに気付いていない。気付いていても、なまえという人間を知っているらしい彼ならとくに気にはしないだろう。なまえは眉間に皺を寄せるのがもはや癖になっている。そして、リヴァイが視界に入る度に彼を睨みつけることも。
エレンは一度口を閉じ、箒を握りしめたままなまえを見つめる。なまえはなまえを知らぬ者からすればどう贔屓目に見ても喧嘩を売っているかのような顔つきをしてエレンを見ていたが、それでもエレンは構わずなまえを見つめていた。頬が、随分と、赤い、気がする。


「……格好良く、なったとか、思いませんか」


眉間の皺もそのまま、なまえもエレンを見つめていた。多分彼女は今、エレンの言葉の意味を頭の中で必死にかみ砕いている。何せ彼女は実技は一番でも、座学はてんで出来ない人間だった。きっとエレンの言葉に含まれた甘酸っぱくて仕方のない感情も、理解出来ないに決まっている。


「あー、そうだ、巨人になれるとか、凄いわエレン。ほんと凄い。凄すぎて訳分からないくらいだわ」

「え……!?ええっ…………!?」


でなきゃ、あんな甘酸っぱいもくそもない言葉を赤面したエレンにかけるだなんて、出来る筈がない。
あまりの衝撃にカラーンと箒を落としたエレンに、なまえは何が不満だとばかりにエレンを睨み付けるが、エレンは口を開閉させるばかり。どんどん赤から青に変わっていくその顔色になまえは気付いているのかいないのか、気怠げに箒を拾い上げ、それで呑気に肩を叩く。女らしくないその振る舞いをアレックスやモブリッドが見ればすぐさま彼女を窘めそうなものだが、それをする彼等は今この場に居合わせていない。だからと言って、私がそれをする気にはなれないが。


「ああ、そうだ。エレン」

「……なんですか、なまえさん」


彼に犬の尻尾がついていれば、それは今間違いなく垂れ下がっているだろう。そう言い切れるほどに落ち込んだ顔をしているエレンになまえは声をかけ、相も変わらず箒で肩を叩きながら一歩エレンに歩み寄った。
小柄な彼女が、エレンを見上げる。ほんの少しだけエレンの顔から落胆の色が消えたのを、私は見逃さなかった。


「これからもよろしく、エレン」


ぽんぽん、と、なまえはエレンの肩を叩き、にっと歯を見せ破顔する。それが一年前彼女が見せたそれと重なって懐かしい気持ちになったのは、私だけだろう。彼女のその笑みを目の前で受けた彼、エレンは忽ち惚けたような表情で顔を赤らめ、気の抜けたようなゆっくりとした動きで小さく頷いたのだった。


「よし、早速やるぞ!エレン!」

「……えっ」

「訓練だよ訓練!あっ、何なら巨人になってくれたら捗るんじゃ……、それだ、良いね、良いね!最高!やっぱエレン最高!私最高!」

「えっ……?」


肩叩きに使っていた箒を投げ出して、なまえはエレンの返事も聞かずに彼の手を鷲掴み、さあ行くぞと廊下の窓を開け放しそこに足をかけた。そして、投げ出された箒の柄が私の頭に落ちてきたのと、彼女がエレンの手を引いて窓から、それも二階から飛び降りたのは同時だった。
あまりの痛みに頭をおさえながら、私は眼鏡に落ちた自分の涙を拭おうと片手で眼鏡を外す。こぶにならなければいいが、と右手で頭を撫でていれば、外からなまえの楽しげな笑い声とエレンの情けない声が聞こえてきて、私は開け放された窓に駆け寄る。
そっと下をのぞき込めば、なまえがぎらぎらとした瞳でエレンに拳を突きだしたところで、エレンは訳が分からぬままそれを必死にかわすのだった。


「いやあ、やっぱり君は面白いよ、なまえ」


あんた最高!もー大好きだわ!と叫びながら心底愉しげに蹴りを放つなまえと、そんななまえに赤面しながらも涙目でまたもかわしたエレンを見下ろしながら、私は頬をゆるめる。嵐の中の雲の切れ間から見る景色は、とても素晴らしいものだった。









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