short | ナノ
「あ、あの、今日も中で練習見ていっても良いかな……」


常ならば俺目的で体育館に押し寄せた女子達に睨み付けられ、罵倒され、泣きながら体育館から逃げ出す羽目になるようなその台詞を吐き出したのは、残念なイケメンとして名高い森山由孝先輩、その人の彼女だと専ら噂の女子生徒だった。
練習が始まりこそすれば相手にされないことが分かりどうにか諦めて帰る女子達だが、今はまだ部員も揃っておらず、女子達にとっては俺と話す絶好の機会である。故に未だ女子達でごった返す体育館の入口をひいひい言いながら必死に掻き分けて進み、何とか一番前にたどり着いた女子は、控え目に笠松先輩に声をかけた。


「む、お、」

「ありがとう、邪魔にならないようにするから、ごめんね」


俺に対して全くその気がないからか、それとも残念なイケメン相手に噂されているからか。女子達は黙って文句も言わずに立っているし、それどころかよくやるなーこの人、という少しばかり引き気味の視線すら向けられている。笠松先輩に至っては、おう、とも、ああ、とも答えられずに顔を真っ赤にして頷くだけだった。
しかし、これももういつものことだからすっかり見慣れた光景である。が、俺は未だに自分に対して小指の先程も興味を持ってくれない彼女に慣れない。廊下や食堂で出会っても挨拶どころか視線も合わず、こちらから呼び掛けない限りすーっと目の前を通り過ぎ、俺に黒子っちの気持ちを味わわせながらもそれに気付かずメロンパンを選ぶ彼女に、まさかこれは逆に自分の気をひく作戦では!?と思ったこともあった。それほど徹底して俺に興味を持たなかったし、見向きもしなかった。
それでも始めの頃は、まさか彼女が森山先輩と親しくしているとは思いもしなかった俺だった。疑いに疑い、ある日俺は尋ねてみることにした。どうせこの人も俺目当てに決まっている、と高を括って。


「ねえあんた、そんな回りくどいことやめたら?俺に近付きたいんでしょ?」

「え、ごめんちょっと邪魔。由孝くんが見えないんですけど」


出来るならば俺はあの時の自分を埋めたい。
さらっと言ってのけ、退いてよ、と眉をしかめて俺を避けた彼女の視線の冷たさは、俺を強くした気さえする。春の日差しが段々と夏に近付いていった、そんな日だった。
そんな彼女が今日も今日とて鞄を抱え込み、体を小さくしながら体育館の隅に置かれたスリッパをいそいそとはいて体育館の中に入ってくる。週に多くて二度、こうして放課後練習を見学にくる彼女に、いつからか俺以外の一年生は体育館の下駄箱にある来客用のスリッパを彼女のために用意するようになっていた。なんということだ。ほだされている。
森山先輩がまだ着替え終えてないことを確認した彼女はこそこそと体育館の舞台の上にのぼって、分厚いカーテンのすぐそば、舞台の一番端の定位置に腰をおろし、鞄からスマホを取り出した。俺はそれを見て、ボール片手に彼女に歩み寄った。


「みょうじせーんぱい」

「……………………」

「……みょうじ先輩ってば!」

「うっ、わ……、吃驚した、何だ、黄瀬くんか……」


まさか俺の顔を見て、何だお前かよ、とあからさまに残念な顔をする女子がいるとは。これでもモデルなんっすよ!と叫びたいが、きっと彼女には無駄なことだろう。何せ、以前三度は堪らず叫んだのだ。そしてその度に、へえ、と一言。ただ一言、溢すだけだったのだ。
スマホを眺めて嬉しそうに頬を緩めていた彼女、みょうじ先輩の名を呼べば、彼女は慌ててスマホを片付けながら俺を見る。先月のことだったか、一度だけ声をかけずに黙って近寄れば、驚きのあまり舞台から滑り落ち膝から体育館の床に彼女は着地し、それを見た森山先輩に部室へ連れ込まれたので、例え嫌な顔をされようとそれ以来俺は必ず声をかけるようにしている。因みに部室に連れ込まれた俺は延々と腕立て伏せをさせられた。舞台から滑り落ちる前に覗き見た彼女のスマホ画面の待受が森山先輩とのツーショットだったと伝えるまで、延々と。


「今日も森山先輩見に来たんっすか」

「……えへ」

「……みょうじ先輩って本当に男の趣味、悪い、」

「いや、めちゃくちゃ良いから」


運命の人に何をするだの許さないだの何だの言いながら笑顔で俺に腕立て伏せを煽る彼の何が良いのやら。みょうじ先輩は真顔できっぱりと言い切った。正直あんな残念な森山先輩よりかは笠松先輩の方が良い男と言うのではないか、とも思うが、彼女の視界には森山先輩しか入らないらしい。あれはどういうことなのかと他の三年生に訊いたら、彼女と森山先輩の隣のクラスらしい先輩があれはああいうものなのだ、と頷いていたので、そういうものらしい。どういうものだ。


「へえ、じゃあめちゃくちゃ男の趣味が良いみょうじ先輩、まだ森山先輩とくっつかないんっすか?」


もやっとするものを胸に、意地悪くみょうじ先輩に訊ねてみる。この質問は何度となくしてきたが、彼女も、また彼も毎回決まった答えをよこすのだ。


「……い、良いなあとは、思うけど、私はそんな。それに、そもそも私なんかじゃ……」


それも、二人とも顔を真っ赤にさせて。
彼女、みょうじ先輩は恋なのか何なのかまだ分かりあぐねているらしく、毎度毎度顔を赤く染めてはそっぽを向いてしまう。一度だけ、憧れなのかも、と付け足していたこともあったが、何をどうすれば森山先輩なんかに憧れを抱くのかさっぱり理解できない。俺はどちらかというとドン引きしてばかりだというのに。
しかし、彼女は知らないのだろう。彼女と同じく顔を真っ赤にした森山先輩が、他の女子には全く見せない反応をしてみせることに。運命だ赤い糸だと言うわりに、付き合わないのか、と訊ねた途端に恋する乙女よろしく黙りこくってしまう彼を。


「……前途多難っすね」


そっぽを向いた彼女にも聞こえないような声で呟いて、俺は時計を見上げる。部活開始時間五分前のそれにぐるりと体育館を見回せば、ちょうど森山先輩がみょうじ先輩を見つけて弾けんばかりの笑顔で駆け寄ってくるところだった。


「なまえちゃん!来てくれたのかっ!」

「あ、よ、由孝くん、さっきぶり!」

「はい!あなたの由孝くんですよ!お待たせ!」


にっこにこと気持ちの悪いことを言う彼に嫌な顔をされないうちに、俺はそろそろと二人から離れる。どうせ部活開始までの残り五分、二人は周りの目も忘れて話し込むのだろう。女子を直視出来ない笠松先輩ですらガン見してしまうくらい、二人の醸し出す空気は桃色だった。
頭の中を、水色の頭を追っかける桃色が過る。あの桃色より、目の前の二人のほうがずっと甘ったるい。


「かーさまーつせーんぱい」

「……何だ」

「あの二人、何でさっさとくっつかねえんすか?」

「おっ、俺に訊くな!ボケ!」

「いでっ!?」


ふらふらと笠松先輩に歩み寄り訊ねれば、顔を赤くした笠松先輩に思い切り脛を蹴られ、俺はその場にしゃがみこむ。バスケやモデル業に支障が出たらどうするんだ!と彼を睨み上げたが、彼が真っ赤な顔で森山先輩を睨み付けていたので、彼には既に支障をきたしていたようだ。なるほど、恋愛耐性がゼロの彼には、あの二人の空気は好きな人にフラれたばかりの男子高校生並にダメージがあるに違いない。


「そ、それよりだな、お前明日はちゃんと部活に出ろよ」

「……明日、何でしたっけ?」

「こんっの、ボケが!」

「いでっ!ちょ、すんません!すんません!」

「明日は秀徳と!合同練習!だろうがっ!忘れてんじゃねえよ!」

「あっ!ああ!思い出した!思い出したっす!すんません!」


げしげしと背中を蹴られながら叫べば、何だ何だと視線が集まってくる。すっかり忘れていたことを謝りながら四つん這いで笠松先輩から逃げるが、彼は先程とは違う感情を持った赤い顔で俺を追いかけてくる。ひいっ!と逃げながら視界に入った森山先輩は、ちょうどみょうじ先輩にまるで王子ぶるように手を差し出していたところだった。


「ねえなまえちゃん、なまえちゃんさえよければ、明日、午後からでも練習を見に来てくれないかな……。俺、なまえちゃんの応援があれば何でも出来そうな気がするんだ。由孝、とても、頑張れる」


顔だけは良い森山先輩がそう言ってみょうじ先輩の手をとった瞬間、俺は笠松先輩に後ろから蹴り飛ばされたのであった。





「え、合同練習?」

「うん、そう。いつもの練習より見てて楽しいと思うし、もし、良かったら……!」

「うーん、そうだね、うん、午後からでも良いなら全然良いけど……」


やった!それじゃあ俺午後からめちゃくちゃ張り切っちゃう!と、ぐっと両手で拳を作り俺が宣言したのが、昨日の放課後のことである。
運命だね、と言えばそうかもね、と照れたように笑う。とっても可愛い!と誉めればそんなことないよ、と言いながら顔を赤くして、でもありがとう、と小さく呟く。クラスメイトからの冷たい視線を一身に受けながらめげずにアプローチする度に彼女は今まで俺が受けていた仕打ちが間違っていたんじゃと思わせてくれるくらいには俺が望んでいた反応を見せてくれて、その度にクラスメイト、果ては担任からまで拍手を浴びせられることになっていた。かつてこれほどまでに手応えを感じたことがあっただろうか。そしてこれほどまでに周りの他の女子に興味を持てなくなったことがあっただろうか。これはもう恋だろ!運命だろ!彼女しかいないだろ!と叫ぶ俺を、部活仲間の笠松達はいつものごとく冷たい視線で射ぬいたが、彼女、なまえちゃんが初めて恥ずかしそうに部活見学に来てくれたあの日から、彼らからも拍手を浴びることとなったのだ。


「あ、あの、よ、由孝くん、いますかっ!」

「はい!あなたの由孝くんはここにいます!……うおあ!?えっえええなまえちゃんだっ……!」


黄瀬目当ての女子の群れをかき分けて現れたなまえちゃんが天使過ぎて俺はあの日一度死んだ。
移動教室は必ず一緒に、なまえちゃんが教科書を忘れたら嬉々として机を引っ付け、購買へお昼を買いにいくときは必ずお供をする。彼女が日直の日は例え俺の番ではなかろうと二人で日誌を書いたし、授業でペアを組むときは真っ先に名乗り出た。リップクリームを変えたその日のうちに匂いを誉め、艶を誉め、流石にこれは気持ちが悪いとクラスの女子達から顰蹙を浴びたが。彼女が珍しく髪をまとめあげた日なんか神々しすぎて泣きながら写真を撮らせてもらった。家宝である。これだけ全面に押し出せば、クラスメイト、そして学年全体が俺の気持ちに気付くわけで、最近では話したことすらないサッカー部の男子にまで恋愛のアドバイスを受けるほどである。これが恋の力か……と呟けばサッカー部からはお前のそれはストーカーに近いと言われたが、これが恋の力である。


「……なんか、やけに機嫌良いな、お前んとこの」

「ああ、気にするな大坪。あれは見なかったことにしてくれ」

「そ、そうか」


恋の力があれば、他校の、秀徳の主将の怪訝そうな視線すら気になることはない。
まだだろうか。なまえちゃんはいつくるのだろうか。もうそろそろだろうか。昼休憩をとりながら、俺は部室からとってきたスマホをちらちらと確認する。もう出るよ、と連絡がきたきり返事のないそれを舞台のすみに置いて、落ち着きなく体育館の中を歩き回った。
緑色の頭が黄瀬と何やら面倒くさげに話しているのを横目に、ゴール下で大の字になっている宮地の横を通りすぎる。ああー……と彼は珍しくだれていたが、学校も違う俺が声をかけていいものか分からず、さっさと視界から彼を外した。
びよよよん。


「きた!?」


舞台の上で、スマホが気の抜ける音を鳴らした。慌てて駆け寄ってスマホをタップすると簡易画面にみょうじなまえと表示されていて、俺は直ぐ様体育館の出入り口へと向かう。
ひょっこりと顔を出したなまえちゃんのなんと可愛らしいこと!彼女か!君が未来の俺の彼女か!


「なまえちゃん!」

「由孝くん、来たよっ」

「うんっ、待ってたよっ!」


うわあ、と誰かが気味悪そうに声をもらしたが、俺は気にせずなまえちゃんに笑いかける。校内での合同練習のため彼女は見慣れた制服に身を包んでいたけれど、それでも眩しく見えるのは今日が土曜日だからだろうか。休日という補正は恐ろしいものである。


「もう午後練始まるところ?」

「ううん、いや、あー、あと十分もすれば。……ありがとう、今日は来てくれて」

「全然っ!あの、うん、呼んでくれて嬉しかったし……」

「うれっ!?」

「森山!うるせえっ!」


ばちんと勢いよく口を手で塞いでるうちに、なまえちゃんは一年が持ってきてくれた来客用のスリッパにはきかえる。はきかえるなり彼女は俺を見上げて一度視線を合わし、そっと静かに視線を落とした。彼女の耳が微かに赤いことに気付いた俺は、手で塞いだ口の中で舌を噛みそうになった。
どうだサッカー部の男子諸君!これが恋の力だ!


「あ、の、なまえちゃん、」

「あ、そうだ、あのね由孝くん、実はね、由孝くんに、渡したいものがっ……」

「はいっ、なんでしょうか!」


良ければ今日は最後まで見ていって、あわよくば家に送り届けさせてはもらえないだろうか。そう言おうと彼女の名前を呼んだとき、それよりも早く彼女はいつもの通学鞄を落ちつきなく触りだした。
ラブレターか。もしくはラブレターか。ラブレターだろうか。ラブレター一択の脳内に気付いたのか、笠松から鋭過ぎる視線が飛んでくる。しかし、あんなものは彼女どころか好きな人すらいない男の醜い嫉妬である。今の俺には笠松の視線も、ついでに凝視してくる黄瀬の視線も、そしてさらについでに訝しげに見つめてくる秀徳一年二人の視線も気にならないのだ。
なまえちゃんはいそいそと鞄を明け、一度大きく息を吐く。それからはにかむような笑顔を浮かべたかと思えば、青い蓋のラブレター、ではなく、タッパーを取り出した。
お分かりだろうか。レモンの蜂蜜漬けである。


「なまえちゃん、こ、これは……」

「え、へへ、ベタだけど、一度やってみたかったんだ」


差し入れ、迷惑だったかな?
そう言って、なまえちゃんは首を傾げる。そして俺は思わずその場に崩れ落ちながら、タッパーを受け取った。ラブレターよりも尊いものがあるなんて!


「よ、由孝くん、!?」

「ありがとう……俺、すごく大事にするからっ……!」

「えっ、食べてね?食べてくれなきゃ意味ないから……」

「…………どうしても?」

「どうしても」


こくりと頷きながら、なまえちゃんは俺からタッパーを奪い、そして白くて小さなその手でタッパーの蓋を開けた。均等な薄さに切られたレモンの、何と眩しく見えること。青春は甘酸っぱいというが、まさにこのことなのではないだろうか。
はい、と差し出されたそれに、黄瀬が緑色を引き連れて何事かと寄ってくる。俺はそんな黄瀬に勝ち誇った笑みを浮かべながら、タッパーの中に浮かぶレモンに手を伸ばした。


「うらああああっ!!!!」


その時である。
見慣れたバスケットボールが勢いよく目の前を横切り、がこん!と何かが弾かれる音が響く。そして視線の先にいた黄瀬はあろうことか頭からレモンをかぶり、呆然と立ち尽くしていた。
隣にいた緑色ともう一人の一年が、青ざめた顔で俺、ではなく俺の向こう側を見ている。何故だか、なまえちゃんの顔もタッパーの蓋の如く真っ青だった。


「なまえ!てめえ何してやがる!轢き殺す!」

「なっ、え、なん、何でここにっ……!?」

「てめえこそ何でこんな所にいやがる!秀徳はどうした!」

「いいいいやいや転校、転校したから!」

「そういう話じゃねえー!!!」

「そういう話だったでしょ!?」


何が何だか、俺にはさっぱり分からない。
気付けばなまえちゃんは泣きながら俺の後ろに隠れていて、先ほどまで大の字でだれていた宮地が大股でこちらに向かって歩いてきていた。
咄嗟になまえちゃんを庇いながら、後ろに後ずさる。あ!と声を漏らしたのは秀徳の緑色じゃない方の一年で、彼は未だ呆然としている黄瀬を置いて緑色にこそこそと話し出した。


「真ちゃん、あれってもしかして木村先輩が言ってた宮地先輩のっ……」

「何なのだよ、それは」

「えっ!?真ちゃんも聞いてたっしょ!?ほら、宮地先輩が不器用過ぎて手も出せなかった……」


不穏な会話だ。まさに不穏だ。手も出せなかった、何だ?片思いの相手か?それともまさか元彼女か?
後ずさりつつ、聞き耳を立てる俺に、なまえちゃんはしがみついてくる。黄瀬は未だ呆然と立ち尽くしていたが、見かねた秀徳の主将と笠松がタオルを持ってやってきた。そして宮地は相も変わらず大股でこちらに向かってやってくる。とても良い笑顔だった。


「てめえ、彼氏を放って何他所の男に色目使ってやがんだよ……!」


まさかの現彼女ー!流石の由孝くんもダメージ!
どうどう、と木村が慣れたように宮地を後ろから羽交い締めにし、秀徳の主将がそれに続く。今や般若のような顔をした宮地は今にもなまえちゃんを睨み殺す勢いで、なまえちゃんは案の定震えながら俺の後ろに隠れていた。
しかし、なまえちゃんは何かが振り切れたのか、ごん!と教科書か小説か、何かが入っている鞄を放り出し、俺の隣に出る。ぎりぎりと宮地を睨むなまえちゃんも、それはそれで可愛らしかった。願うことなら俺もどうぞその怒り顔で睨み付けていただきたいが、まさか彼氏がいたとは、由孝くん聞いてないよ!


「何が彼氏よ!あんたなんか彼氏なんかじゃないから!」

「えっ!?なまえちゃんそれ本当!?」

「んだとこら!俺は別れるとは一言も言ってねえからな!」

「えっ!?その場合これってどうなるの!?」

「私は言ったし!ちゃんと言ったし!」

「別れてねえよ!ふざけんな!」


俺のユニフォームの裾をぎっちりと握り締めながら、なまえちゃんは宮地を睨み付ける。そして宮地は宮地で野生の猛獣のように牙を向き、何故だか俺を睨み付けていた。
なまえちゃんの言葉に一喜し、宮地の言葉に一憂していた頭をどうにか落ち着かせる。なまえちゃんの距離がえらく近いせいで俺を落ち着かせてはくれないが、どうにか必死に思考回路を巡らせた。
いつだったか、なまえちゃんは俺に言ったことがある。カップルなんか滅びれば良いと思っていたと。それはそれは親の仇とでもいうように、床を睨み付けながら。訳を詳しくは訊かなかったが、きっと何かが、あの宮地と、あったのだろう。いつか殺す。と同時にぼやいていた気もするが、それは多分俺の聞き間違いである。
しかし、なまえちゃんは言っていたのだ。滅びれば良いと思っていたと言った後に、言っていたのだ。それも由孝くんに会って、変わったけど、と。


「よ、由孝くん……?」


耳を赤くして笑ったなまえちゃんを思い出し、うっかり鼻の奥から運命の赤い糸にも負けない真っ赤な液体が出そうになりながらも、俺はなまえちゃんを庇うように前に出る。は、と息を飲んだなまえちゃんの頬が俺を見上げて一気に赤らんだので、俺は確実に勝機を感じていた。元彼女だろうと現彼女だろうと、何の関係があるのだろう。宇宙によって定められた運命の人にたった一人の男の壁があったくらいで、怖じ気付く俺ではないのだ。
お分かりだろうか、これが恋の力である、サッカー部男子諸君よ。
頭のなかで、何度クラスメイト達からおくられたか分からない拍手の音が響いている。小さく笑ってなまえちゃんの手を握れば、宮地が吠えた。まじで吠えた。あの人怖い。


「なまえちゃん、俺、なまえちゃんのこと、真剣に考えてるからね」

「え、え?えっ……!?」

「もし良ければ、俺のこと、男として見てよ。俺、すっごく頑張っちゃうから」

「まっ、待って由孝くん、待って!」

「うん、待つよ。いつまでだって待てるよ。だって、なまえちゃんは俺の運命の人だからね」


なまえちゃんの手を甲斐甲斐しくとって、膝まずく。誰からともなくうわあと声を漏らしたが、俺は気にならなかった。なまえちゃんが顔を真っ赤にして俺を見つめてくれるので、気になるはずがないのだ。
なまえちゃんの手をとりながら、俺は宮地に向き直る。妙なものでも見るかのように俺を見ていた木村に羽交い締めにされた宮地は、信じられないとばかりに目を見開いていた。


「だから、ちゃんと見ててね。俺、あいつよりも強くなるし、格好よくなるからさ」

「よ、由孝くんっ……!」

「てめえ!おいこらそこの男!てめえだけは、殴り、殺すっ……!!」

「やべえ真ちゃん宮地先輩の目が血走ってる!写真!写真撮ろうぜ!」

「やめろ高尾逃げるなら今だ、巻き込まれて死にたいのか!」


わあわあと、秀徳の一年が騒ぐのを聞きながら、俺はいたって真剣になまえちゃんの手を握り締めた。それが、宮地が執拗になまえちゃんに嫌がらせをし、俺を脅迫し、見かねて間に入ろうとした黄瀬の職業も忘れ首を締め上げることになった夏の日の出来事になろうとは、俺もなまえちゃんも、知らなかったのであった。






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